新刊『 マーケティングの真実 P&G・グリコで学んだ失敗と成長の法則 』から、注目トピックを抜粋。著者の長年の消費者リサーチの経験から、コンセプトテストの誤解を語る。その一つが製品の価格やコンセプトなどを隠して実施する「ブラインドテスト」。P&Gの化粧品ブランド「SK-II」を例に解説する。[日経クロストレンド 2026年7月9日付の記事を転載]
「完璧」と言われた製品が消えていく訳
これまで、「完璧」と言われた製品が数えきれないほど静かに市場から消えていく姿を見てきました。
現場では、圧倒的に優れた製品が出来上がった瞬間に、市場での“勝利”を確信してしまう人々が後を絶ちません。彼らはこう信じて疑わないのです。「たとえコンセプトが弱く、認知度を得るのに時間がかかり、配荷の計画が甘かったとしても、この製品には魂が宿っている。消費者が一度使えば口コミは一気に広がり、熱狂的なファンに支えられ、爆発的に売れるはずだ」と。
しかし、それはあまりに危うい、根拠のない願望にすぎません。マーケティングの現実は、それとは反対にあります。たとえ製品そのものが「そこそこの出来」であったとしても、緻密な戦略によって最初のトライアル(初回購入)さえ確実に獲得できれば、その製品を市場の軌道に乗せられる可能性は高いのです。
製品の質に溺れるのか、それとも市場の力学を支配するのか。その判断の差が、ブランドの命運を分けることになります。マーケターは市場の原則を十分に理解して、自社商品の戦略を綿密に練るべきです。
そこで重要になるのが、商品発売前のコンセプトテスト、およびそれに基づいた新製品販売予測モデルの構築です。特に巨額投資を伴うリスクが高いもの、また、リスク回避だけではなく、市場導入の際に成功の確率を上げるにはどうすればよいのかを評価することも、これがベースになります。
コンセプトに合った試作品を用意して、売上予測のための「コンセプト&ユーステスト」を行うことが有効です。売上予測とセットになった調査をマーケティング支援会社に任せることもできますし、自社で売上予測のモデルを内製化して最終評価をする選択肢もあります。米ニールセン、仏イプソス、英カンターといった調査会社のサービスは、実査やモデルに違いはあるものの、提供される内容はおおよそ同じです。社内で多くのブランドや新製品企画がある場合は、内製化したモデルをつくるのも手ですが、これも一長一短があります。
内製化すれば自社の過去データとの整合性は高まり、独自の勝ちパターンを蓄積できますが、一方でモデルを最新の市場環境に合わせてアップデートし続けるメンテナンス負荷や、第三者的な客観性の担保という面で課題が出ることもあります。それぞれの長所と短所を慎重に見極める必要があるでしょう。
製品テストの誤解とブラインドテストの注意点
売上予測の精度を議論する前に、製品テストの「手法」において、多くの企業が陥る誤解について解説しましょう。多くの企業では、ブランド名、コンセプト、パッケージ、価格などの付加情報を一切排除した「ブラインドテスト」を行い、製品の中身そのものの評価を確認しようとします。
調査対象の消費者に対して、どのような商品であるかを全く示さず、いくつかのベンチマークとなる競合品と並べて使用評価を行い、製品そのものの「真の実力」を把握しようとするテストです。しかし、私は実務経験から得た確信として、マーケティングにおける「純粋なブラインドテスト」は原則として不要だと考えています。最大の理由は、消費者が体験する「製品の実力」というものは、付加されるコンセプトやブランドエクイティによって劇的に変化してしまうからです。
例えば、P&Gの高級スキンケアブランド「SK-II(エスケーツー)」を、中価格帯の競合品とブラインドテストしたと仮定しましょう。どちらが勝つでしょうか。恐らく、SK-IIが負けてしまいます。しかも、圧倒的にです。
SK-IIには、「酒造りの杜氏(とうじ)の手肌が、年齢に比して非常に美しいこと」に着目し、発酵プロセスから生まれた成分「ピテラ」が透明感のある澄んだ肌をもたらす、という極めて強力なコンセプトがあります。そして、そのストーリーを裏付ける証左として、ピテラや米の発酵を象徴する独特な強い香りが製品に備わっています。
もし、このコンセプトという背景を全く知らない状態で、製品を試したらどうなるか、想像してみてください。消費者は、それが一本1万円を軽く超えるような高価値な商品だとは夢にも思わず、ただ「臭いのきつい化粧水」だと感じてしまう可能性が高いでしょう。
結果として、香りが万人受けするように調整された、使い心地の良い中価格帯の製品の方が、圧倒的に高い評価を得ることになるはずです。つまり、コンセプトという製品の持つ「意味」がない状態では、とがった特徴を持つ製品よりも、欠点のない最大公約数的な製品が勝つ可能性が高く、それが新製品開発における判断を誤らせる大きな要因になるのです。製品に関しては、ラボでの機能テストや官能テストを行い、基本的な製品のパフォーマンスを測り、「コンセプトを付加した上での使用体験チェック」を事前にしておくことを強くお勧めします。
少量の製品評価は予測を狂わせる
製品テストにおいてもう一つ、実務上で頻繁に議論になるのが「使用量」の問題です。新製品への工場設備投資を行う前段階であることが多く、ラインを回して大量に作ることができないため、テスト用のプロトタイプは手作りや半手作りにならざるを得ません。そうなると、一つの製品を作るのに数百円から数千円以上のコストがかかることは珍しくありません。
コスト削減の観点から「数回分だけ試してもらえば十分ではないか」という誘惑に駆られますが、原則は「実際に販売するパッケージ単位」の製品を用意すべきです。消費者の通常の行動を考えると、一パッケージを使い切るプロセスの中で、次に買うかどうかの最終的な判断をしています。
例えば、オムツを2~3枚試して、たまたまその数回は漏れなかっただけかもしれません。ポッキーを1本食べてその瞬間はおいしいと感じても、実際には一袋、あるいは一箱を続けて食べる中で評価が固まるはずです。1本食べただけでは気付かなかった味のくどさや、食感のネガティブな要素に、ある程度の量を食べることで初めて気付く可能性は十分にあります。
大きな売り上げの目標を掲げ、多額の設備投資などのリスクを背負うプロジェクトであれば、コストを惜しまず、原則通り一パッケージ分の製品を用意してテストに臨んでください。逆説的に言えば、それほど大きな目標でもなく、大した投資も必要ない商品であれば、わざわざ大掛かりな販売予測テストや製品テストを行う必要はありません。ラボテストや社内の官能テストで済ませ、早期に市場に投入して反応を見る方が賢明です。
加藤巧(著)/日経BP/2200円(税込み)

