新刊『 マーケティングの真実 P&G・グリコで学んだ失敗と成長の法則 』から、注目トピックを抜粋。P&Gの「ボールド」は発売後に独自の立ち位置を打ち出すことで、劇的な成長を果たした。ブランド投入後の成長には、ブランドの定期的な「健康診断」が必要だと著者の加藤巧氏は説く。その実践法を解説する。[日経クロストレンド 2026年7月2日付の記事を転載]

著者の加藤氏がブランドの「健康診断」の重要性を解説する(画像/jetcityimage/stock.adobe.com)
著者の加藤氏がブランドの「健康診断」の重要性を解説する(画像/jetcityimage/stock.adobe.com)
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戦略ブランド「ボールド」の投入

 2002年にテスト販売を開始し、03年に全国発売された柔軟剤入り洗濯用洗剤「ボールド」は、P&Gにとって極めて重要な戦略的ブランドでした。当時、私はファブリック&ホームケア部門の市場調査シニアマネジャーを務めていました。P&Gは洗濯洗剤「アリエール」を単独ブランドとして洗剤市場を戦っていましたが、競合他社に対抗するためには、アリエールに次ぐ第二の柱の確立が急務となっていました。

 背景には、日本の洗剤市場における競合各社の盤石な二段構えの戦略がありました。花王は「アタック」と「ニュービーズ」、ライオンは「トップ」と「ブルーダイヤ」を擁していました。特に競合各社は、セカンドブランドに価格優位性を持たせつつ、旗艦ブランドとは異なるポジショニングを確立させることで、市場シェアの1位と2位を独占していたのです。P&Gがアリエール一本でこの牙城を崩すには、限界がありました。

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 このような状況下で投入されたのが「ボールド」です。当初のボールドは、優れた洗浄力を持ちながら、柔軟剤なしで衣類を柔らかくするという、新しいポジショニングを掲げていました。当時、P&Gにとって、日本市場の柔軟剤ビジネスは非常に小さかった(レノアの投入は04年)という背景もあり、柔軟剤要らずという利便性の価値を前面に押し出しました。

 しかし、洗剤の本質的な便益である洗浄力と、衣類を柔らかくするという便益の両立は、消費者にとってトレードオフの関係に見えやすく、それをどう伝えるかが大きな挑戦でした。そのため、初期のコミュニケーションでは徹底して洗浄力の高さを担保した上で、付加価値として柔軟剤機能を訴求する形をとりました。

「死の谷」の後の壁をどう乗り越えるか

 ボールドは事前調査やテストマーケットをクリアし、全国発売後の最初の6カ月という死の谷を無事に乗り越え、安定したセカンドブランドの地位を手にしました。しかし、競合のセカンドブランドとは互角に渡り合えたものの、各社の旗艦ブランド(100億円超の売り上げ規模)には届かない状態が続きました。洗濯洗剤市場におけるP&G全体のシェアも、万年3位に甘んじておりボールドにはさらなる飛躍が期待されました。

 そこで、ポジショニングを進化させるために徹底した市場調査を実施しました。繰り返し定性調査を行って顧客の生の声を拾い、同時にブランドを認知していても未購入の消費者に対しては、トライアルを阻害している要因と、逆に促進し得る要因を仮説立てました。これらをU&A(使用実態調査)で検証し、さらにブランドエクイティ(ブランド資産)調査などの定量調査を重ねることで、ブランドを劇的に成長させるための新たな方向性を模索しました。

 結果、ボールドは現在に至るポジショニング「香りを軸とした楽しさ」へとリニューアルを敢行しました。衣類を柔らかくすることではなく、柔軟剤のもう一つの基本価値である「香り」に軸足を移したのです。そこに「楽しさ」や「癒やし」といった感情価値を加え、独自の立ち位置を明確にしました。

 この戦略を強化するため、当時人気を博していたP&Gの柔軟剤の海外輸入ブランド「ダウニー」とのコラボレーションも実施しました。限定品としてダウニーの香りを採用したボールドを発売したのです。このようなリポジショニングを断行し、一連の施策を展開した結果、ボールドは劇的な成長を遂げました。これを通じてP&Gはついにライオンを抜き去り、業界シェア2位を獲得しました。絶対王者である花王に肉薄するまでの企業へと成長を遂げたのです。

 市場投入が成功した後も、ブランドのビジネス目標は絶えず見直す必要があります。100億円規模の安定したブランドへと成長させるためには、一過性のブームで終わらせず、継続的な施策を打ち続けなければなりません。そのためには、常に消費者から学び、自らのSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)が現在のビジネス目標を達成するのに十分なものであるか、試行錯誤を続けることが不可欠です。

 洗剤市場のケースでは、ボールドが登場したことにより、ターゲットの二極化が明確に進んでいました。各社の旗艦ブランドは「ロジカル消費者(機能重視)」へ、セカンドブランドは「センサリー消費者(感性重視)」へと収斂されていったのです。

  • ロジカル消費者:
    圧倒的な洗浄力や除菌性能を最優先する層
  • センサリー消費者:
    洗浄力は一定水準あれば十分で、香りやパッケージの可愛さ、広告の世界観などを重視する層

 香りやパッケージの重要性は競合各社も認識していましたが、P&Gは一歩踏み込み、「どうせやらなければならない家事なら、楽しくやりたい」という情緒的価値を打ち出すことにしました。

 これまでの洗濯洗剤のテレビCMといえば、真っ白な洗濯物を映し、主婦がその香りを嗅ぐといったお決まりの演出ばかりでした。一方、ボールドは当時は珍しかった男性タレントを起用し、楽しくコミカルな広告キャンペーンを展開しました。これにより、新たなポジショニングを開拓し、競合との明確な差別化を図りながら、新規顧客の獲得に成功したのです。

ブランドの健康診断(BHT)の実施

 では、具体的にどのようにして戦略の正しさを検証するのでしょうか。ブランドには定期的な定量調査が必要です。名称は「ブランド・ヘルス・トラッキング(BHT)」や「ブランド・エクイティ・モニター(BEM)」など様々ですが、人間と同じように、ブランドにも定期的な「健康診断」が欠かせません。

 現在の健康状態を正確に把握し、もし問題が見つかれば「どのような治療方針(戦略変更)を検討すべきか」を判断します。ブランドを世に送り出した以上、この定点観測は必須のプロセスとなります。調査では、認知度やブランドエクイティを補足し、次の指標をチェックします。

  • POD(ポイント・オブ・ディファレンス=差別化ポイント)の確立 自社独自の強みとして、目標としていたポジショニングを獲得できているか。
  • POP(ポイント・オブ・パリティー=同等ポイント)の獲得 そのカテゴリーで戦う上で最低限必要な要素において、競合に劣りすぎていないか。

 BHTの内容は調査会社のパッケージを利用することも、自社で設計することも可能です。ここで重要なのは、最終的に獲得したいエクイティをどうすれば高められるかを見極めることです。ボールドの例で言えば、定量的な検証を通じて「衣類を柔らかくする」という項目よりも、「衣類を良い香りに仕上げる」や「楽しく洗濯できる」といった属性イメージを向上させることが、より確実に購入意向を押し上げるドライバー(要因)になる、ということを確認します。

 具体的な調査手法では、認知度などの表面的な数値だけでなく、PODやPOPが正しく機能しているかを確認するために、次の3つのアプローチを組み合わせることが一般的です。

  1. 定量調査(BHT)
    市場全体における自社の「立ち位置」を数値化するために行います。
    実施方法:インターネットパネルを用いた数百人規模のアンケート。
    チェック内容:
    ● 属性イメージ:「香りが良い」「洗浄力が高い」「楽しい」といった項目ごとに、自社と競合を5段階評価や、当てはまるものをすべて選ぶピックエニー方式などで比較します。
    ● PODの検証:自社が狙った独自の強み(例:ボールドなら「香りの良さ」)のスコアが、競合を圧倒できているかを確認します。
    ● POPの確認:カテゴリーの必須条件(例:洗剤なら「汚れが落ちる」)において、競合と比較して「許容範囲内」にあるかを確認します。
  2. 購買動機分析(ドライバー分析)
    どのイメージが「購入」に最も寄与しているかを統計的に導き出します。
    手法:重回帰分析や共分散構造分析。
    目的:認知度が高くても売れない場合、どのイメージ(属性)が欠けているのか、あるいはどのイメージを強化すれば購入意向が上がるのかという「要因」を特定します。
  3. 定性調査(インデプス・インタビュー/ホームビジット)
    定量調査で得られた「数字」の背景にある「理由」を深掘りします。
    手法:1対1の対面インタビューや家庭訪問。
    チェック内容:
    ● 消費者がPODを「自分へのメリット」としてどのように解釈しているか。
    ● POPにおいて、競合に劣っていると感じる具体的な状況や感覚は何か。
    価値:「数値上はPOPを満たしているが、実際の使用感では実は物足りない」といった、アンケートでは表れにくい微細な不満や期待を抽出します。

 調査結果を分析する際は、下表の視点で指標をチェックし、戦略をブラッシュアップします。

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マーケティング業界に賛否両論を巻き起こした『ブランディングの科学』シリーズ監訳者が、P&G、江崎グリコでの経験を基に"本当の"マーケティング理論実践法を解説。「STPは本当に使えない?」「CEPは万能か」「コトラーvsシャープどちらが正しい?」――。好き勝手な曲解があふれるマーケティング理論の"真実"を指南する。

加藤巧(著)/日経BP/2200円(税込み)