2008年10月、サトシ・ナカモトと名乗る人物がビットコインのアイデアを発表した。ゼイン・タケットはクレジットカードの決済を巡る詐欺被害の経験から、これが銀行や政府の信用を必要としない通貨になると大きな期待を持つ。だがビットコインが実際に取って代わったのは、通貨ではなく「ギャンブル」だった。『1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊』(マイケル・ルイス著/小林啓倫訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成。

既存の金融システムからの解放

 2008年10月下旬、サトシ・ナカモトと名乗る人物(信じられないことに、今日に至るまでその素性は明らかになっていない)が、ビットコインのアイデアを論文で発表した。その大部分は、後に世界初の暗号通貨となるものの技術的な説明で、以下のようなものだ。

 ビットコインは「電子コイン」である。「プルーフ・オブ・ワーク・チェーン」と呼ばれる公開台帳の上に存在する。ある人から別の人へと送金されるたびに、その真正性がプログラマーによって検証される。検証したプログラマーが、その取引を公開台帳に追記する。そうしたプログラマーたち――やがてビットコインの「マイナー(採掘者)」と呼ばれるようになる――は、この仕事の報酬として、新しいビットコインを与えられる(興味深いことに、この論文に「ブロックチェーン」という言葉は出てこない)。

 ビットコインの仕組みは主に技術者の興味を惹いたが、それが何をもたらすかについては、より幅広い人々が興味を抱くようになった。ビットコインを使えば、一般の人々は既存の金融システムから解放され、金融を動かす人間の誠実さに依存する必要がなくなるだろう。「必要なのは信用ではなく、暗号学的証明に基づく電子決済システムである」とサトシは書いている。

 サトシが誰であろうと、信用、もしくは信用の必要性が彼を悩ませていた。論文は2008年の世界的な金融危機については触れていないが、彼の発明がそれに対する反応であることは明らかだ。ビットコインがその目的を達成すれば、銀行や政府はもはや貨幣を管理することができなくなるだろう。

 ビットコインの所有や移動には、銀行は必要ない。その価値が政府によって浸食されることもない。もちろんコンピュータープログラムの完全性と設計を除いて、誰も何も信用する必要がない。それは健全な通貨を求めると同時に、不信感に訴えてもいた。金融革新であると同時に、社会的抗議でもあった。暗号通貨は、敵が同じだからという理由でできた友人のようなものだ。暗号通貨に惹かれたのは、少なくとも初期には、大手銀行や政府、および他の組織的権威に対して疑念を抱く人々だった。

ビットコインで大金持ちになったゼイン

 ゼイン・タケットはそうしたタイプの典型的な例だったが、ゼインを「タイプ」で考えると、彼の楽しい部分や重要なところを見逃してしまうだろう。ゼインはパイオニアと呼ばれることも多い。2013年4月、ビットコインの価格が100ドル前後で推移していたころ、当時コロラド大学の学生だったゼインは奇妙な雑誌記事を目にした。その記事の筆者は、これから身を隠すと宣言し、自分を見つけた人に1万ドルの賞金を出すというのだ。

 その賞金はビットコインで支払われ、ビットコインの支払いには、不可逆的で追跡不可能という利点があるとその筆者は説明していた。ゼインはその記事を読んで、なぜか筆者を探そうとするのではなく、ビットコインが何であるかを知りたいと思った。

ギャンブルの手段となったビットコイン(写真はイメージ)(写真:paulovitor/stock.adobe.com)
ギャンブルの手段となったビットコイン(写真はイメージ)(写真:paulovitor/stock.adobe.com)
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 彼は最近、詐欺の被害に遭っていた。マイケル・ジョーダンのジャージカードをオンラインで売ったところ、購入者がクレジットカードの決済を取り消し、カードも返そうとしなかったのだ。金融システムがこの詐欺を許したことに、ゼインは憤慨していた。また、彼は大学生活をあまり楽しんでおらず、大学に留まること以外の人生の選択肢を示す人々に、近しいものを感じた。「僕の祖父は、中国に行って中国語を学ぶべきだと言っていました。なぜなら彼らが世界を支配するだろうから、と」とゼインは言う。

 彼はかつてそのアドバイスに従って、高校を卒業してすぐに1年間中国に行き、そのあとコロラド大学に通うために帰国していた。そして今回、彼はいくらかのビットコインを買ってコロラド大学を中退し、北京に移り住んだ。そこで彼は、オーケーエックスという暗号資産取引所に就職した。彼はこの取引所に雇われた最初の非中国人だった。

 中国の企業は帝国のような存在で、従業員は貴重な資産というより家臣として扱われた。「従業員はひどい目にも遭います。ひどい目に遭っても、何もできないからです。何の保護もありません」。

 彼の祖父は、ゼインが中国語を流暢に話すようになったことを評価したが、両親は彼が何か悪いことに巻き込まれているのではないかと心配した。ゼインはビットコインを増やし続け、ビットコインの価格は上昇し続け、ある日ゼインは大金持ちになった。「僕は面白いカネを手に入れ、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で取り上げられ、両親は僕が大丈夫そうだと判断しました」

 2016年にはビットコインの価格は400ドルを超え、ゼインは裕福になっただけでなく尊敬されるようになり、様々な暗号資産取引所と契約して世界中どこでも好きな場所で働けるようになった。暗号資産業界の誰もがゼインを知っており、誰もが彼を信頼していた。

 彼は西部劇に出てくるガンマンのような名前と体つきをしていて、開拓時代の米西部を放浪したガンマンのように、何にも誰にも縛られず、あちこちを放浪して回った。ある月はインドネシアにいて、翌月はアルゼンチンにいる。ゼインはビットコインのように、場所を持たない存在となった。

 原則的に、彼は経済生活のすべてをビットコインで送った。ビットコインで報酬を受け取り、支払いもビットコインだけ。暗号通貨という運動に参加しながら、それを支持する行動を楽しんでいたのだ。「政府からカネの力を奪いたいという気持ちがありました」と彼は言う。ビットコインがコード(プログラム)からできていたように、ゼインにもコード(行動規範)があった。

価格高騰が引き寄せる投機家

 2017年には、彼が参加する運動の精神に変化が生じていた。ビットコインの熱狂的なファンは、ビットコインは政府の保証する通貨に取って代わるものと信じていたが、ビットコインが最も簡単に取って代わったのは、政府の保証する通貨ではなくギャンブルだった。

 2017年のビットコイン価格の狂乱的な高騰は、新しい世代の投機家を引き寄せた。株式市場と異なり、コンピューターの使い方さえ知っていれば、誰でも世界中から、曜日を問わずいつでも暗号通貨を取引することができた。投機対象としての新たな需要により、何百もの新たな暗号通貨が生まれた。

 そうした暗号通貨は一般的に、新たな企業への投資として投機家向けに販売されたが、その企業に実際の価値があることはめったになかった。EOSと名づけられた新たな暗号通貨は、ICOで44億ドルを調達した。EOSの創業者たちは集めたカネの有効な用途を思いつかず、それを「資産運用」に使うと発表した。このカネ集めはゼインを悩ませた。「おいおい、何かプロジェクトを立ち上げると言えばカネが集まって、そのプロジェクトを立ち上げなくてもカネは返さなくていいのか? と思いました」

 そうしたカネ集めには、おそらくサトシも困惑しただろう。それは暗号資産取引所という概念についても同様だ。ビットコインのもともとの売りは、金融仲介者が不要になることだった。取引から信用を取り除いたのだ。スイスフランやアップル株、あるいは生きた牛などと異なり、ビットコインは他の人々と直接的に、しかも簡単に取引できる。しかし結局、金融仲介者を排除しようとした人々は、自ら新たな仲介者を創出することになった。2019年初頭には、254もの暗号資産取引所が登場していた。

世界最年少の億万長者になった暗号資産(仮想通貨)取引所FTXの創業者サム・バンクマン・フリード。巨額の富を集めた時代の寵児は、いかにして破滅へと向かったのか。FTX破綻の真相と謎に満ちた創業者を描いたベストセラー作家マイケル・ルイスの最高傑作。

マイケル・ルイス著/小林啓倫訳/日本経済新聞出版/2200円(税込み)