暗号資産取引所FTXが破綻したあと、できるだけ多くのカネを見つけ、債権者に返す任務を託されたジョン・レイ。何をすべきか、いつまで続けるべきか、すべてが不明確な状況で奔走する。だが破産の経緯を調べ尽くすうち、レイは、FTXの創設者であるサム・バンクマン・フリードは一体何者なのか? という疑問にたどり着く。FTX破綻の真相に迫る『1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊』(マイケル・ルイス著/小林啓倫訳)から抜粋・再構成。

企業倒産を扱う一匹狼、ジョン・レイ

 サリバン&クロムウェルの弁護士から、大きな仕事が舞い込むかもしれないので待機しているようにとのメッセージを受け取ったとき、ジョン・レイはその「大きな仕事」が何なのかまったく見当もつかなかった。分かっていたのは、どんな仕事が自分に回ってくるにせよ、それは「死に体」だということだけだ。

 彼は暗号資産やその文化について何も知らなかった。ビットコインについて説明できるようになりたいとも思わなかった。FTXについてもまったく知識がなく、サリバン&クロムウェルの弁護士が「SBF」(サム・バンクマン・フリードの略)と言っても、それが誰なのか、それとも何のことなのかさっぱりだった。

 「『フォードの小型ボックスカー(small box Ford)』のことかと思ったよ」とレイは後に言っている。2022年11月8日火曜日夜の電話のあと、サリバン&クロムウェルから追って指示はなく、水曜日の深夜になってようやく、テキストメッセージを受け取った。「とんでもないことになっている。あとで連絡する」

 しかし次に連絡が来たのは11月11日金曜日の午前0時33分だ。そんな非常識な時間に、レイは再びテキストメッセージを受け取った。「彼らはまだ、君がその仕事に適任かどうか検討している」。次のメッセージが届いたのは2時間後だ。「SBFが姿を消した」。ジョン・レイの頭に、自分はこの手の仕事を受けるには歳を取りすぎているのではないか、という考えがよぎった。

 しかし、このゲームにはジョン・レイが必要だった。米国の企業倒産を扱うという荒々しくて面白い世界は、大手の法律事務所に支配されつつあったが、レイのように山師の役割を果たす一匹狼も少数ながら残っていた。法律事務所が山師を引き入れ、破綻した会社のCEO(最高経営責任者)に就任させ、その山師が今度は法律事務所を雇うという構図だった。

人間は3種類に分類できる

 法的には、2022年11月11日金曜日の午前4時30分、サム・バンクマン・フリードが電子署名してFTXの破産申請をし、ジョン・レイをFTXの新しいCEOに指名した。実際には、サリバン&クロムウェルがサムの後任としてジョン・レイをFTXのCEOに据え、その後ジョン・レイが大規模破産の弁護士としてサリバン&クロムウェルを雇った。

 サリバン&クロムウェルがなぜそこにいたのかというと、世間がサムを持ち上げていたころ、彼のために様々な仕事をしたからだ。実際、FTXが米国の規制当局の前で質問(「FTXとアラメダ・リサーチの間に利益相反はあるか」といった質問)に答えた際、FTXの弁護士を務めたのは彼らだ。

FTXは2022年11月に経営破綻した(写真:maurice norbert/stock.adobe.com)
FTXは2022年11月に経営破綻した(写真:maurice norbert/stock.adobe.com)
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 サムはジョン・レイという人物を知らなかったし、破産関連の書類にも署名したくなかった。厳密に言うと、11月11日の朝、2時間ほどは書類に署名する気になった。それまで、サリバン&クロムウェルの弁護士や父親の話を聞いていた――無関心と慇懃(いんぎん)な懐疑心の混じったような態度で。それは、「普通の大人がすることをしろ」と言ってくる大人たちに、彼がいつも見せる態度だ。

 弁護士と父親は、署名しなければ野蛮な国々から破産を迫られるだろう、彼とFTXにとって米国のほうが他の国々より安全だ、と話していた。しかしサムには、そうなのか確信が持てなかった。

 サムがぐだぐだ言っているころ、ジョン・レイはサムと彼がつくり出した会社について調べるのに没頭していた。「一体何なんだこれは、という感じだったよ」とレイは言う。「今はただの破産した会社だけど、前は何かしらのビジネスだったはずだ。君たちは何をしていたんだ? 今どういう状況にあるんだ? なぜこんなに早く破産する羽目になったんだ? ってね」。彼は一瞬、会社には罪がない可能性も考えた――ハッキングされただけとか。「それから、あの坊やに目が行った」とレイは言う。

 あの坊やとはサムのことだ。「写真を見て、彼には何かまずいところがあると感じた」。レイは即断即決を自負していた。人を10分間見ればその人物を評価でき、一度下した評価は覆らない。彼はだいたい人間を「善人」「世間知らず」「悪党」の3種類に分類していた。サムは明らかに「善人」ではない。しかし「世間知らず」にも見えない。

できるだけ多くのカネを見つける任務

 後任のCEOが誰になるにせよ、行方不明のカネを探すために、自分を少なくとも情報源として使うだろう、とサムは思っていた。しかしそうはならなかった。1990年代、破産処理の世界で働き始めたころ、ジョン・レイは苦い教訓を得た。彼が後を引き継いだある「悪党」が、自分から話をしてきた後で、その内容に関して嘘をついたのだ。サムは会社をレイに引き渡してからの数日間、哀れっぽいメールを何度もレイに送りつけた。「なあジョン、本当に話がしたいんだ」。レイはメールを一瞥(いちべつ)して思った。「まっぴらだね」

 レイはサムと一切コミュニケーションを取らなかったため、当然ながら、サムが何をしたのか、なぜそうしたのかを解明するのはより難しくなった。「ジグソーパズルをしようとしたら、欠けているピースがいくつかあって、しかもパズルの製作者とは話せないという状態だ」。サムの側近たちについても、話した時間の長さは、彼らが何者かを評価するのに十分な程度にすぎない。

 ニシャド・シンはレイから見ると「世間知らず」だった。「視野が狭いんだ。テクノロジー、テクノロジー、テクノロジー。自分に解決できない問題はないと思ってる。カネは盗まないし、悪いことは何もしないだろう。しかし自分の周りがどうなってるかまったく理解していない。彼にステーキを頼んだら、牛の尻に頭を突っ込むだろうよ」

 破産処理チームは、レイがFTXの新CEOに就任した直後の土曜日に、電話でキャロライン・エリソンと連絡が取れた。彼女は少なくとも、一部の暗号資産が保管されているウォレットの場所を説明することができた。しかしそれ以外は大して役に立たなかった。

 「彼女はすごく冷たい。ちょっとした言葉から情報を引き出さなくちゃならない。どっからみても変人だよ」。キャロラインと話しながら、レイは彼女の居場所を突き止めようとした。彼女はボストンにいると言ったが、レイにはそれが嘘だと分かっていた。彼は本題とは関係のない、表面上は他愛のない会話をした。香港からのフライトは長かった? そちらの天気はどんな感じ? FBI(米連邦捜査局)はキャロラインを探しており、レイは捜査に協力するつもりだったのだ。

 彼に託された任務は明確でピンポイントだった――「できるだけ多くのカネを見つけ、それを債権者に返すこと」だ。しかしFTXの新CEOに就任するとすぐに、別の、あまり明確でない任務も引き受けることになった――サム・バンクマン・フリードに対する米国連邦検察当局の訴訟を支援することだ。

 「生まれながらの犯罪者という人間もいれば、生まれた後で犯罪者になる人間もいる。彼は犯罪者になったほうだと思う。なぜ、どうやって犯罪者になったのかは分からない。おそらく、あの坊やと両親を理解する必要があるんだろう」

世界最年少の億万長者になった暗号資産(仮想通貨)取引所FTXの創業者サム・バンクマン・フリード。巨額の富を集めた時代の寵児は、いかにして破滅へと向かったのか。FTX破綻の真相と謎に満ちた創業者を描いたベストセラー作家マイケル・ルイスの最高傑作。

マイケル・ルイス著/小林啓倫訳/日本経済新聞出版/2200円(税込み)