シリーズ累計33万部の『 マンガ ビジネスモデル全史〔新装合本版〕 』(画・飛高翔/シナリオ・星井博文)の発売を記念し、著者である三谷宏治・KIT虎ノ門大学院教授による刊行記念講演「ビジネスモデルの本当の意味」が行われました。その内容の一部をお届けします。今回はイノベーションという現象について解説。

イノベーションをどんな線で描きますか

 皆さんは、イノベーションをどのような現象だと思われているでしょうか。そして、それを部下や同僚に説明する際、どのような線を描くでしょうか。横軸は時間にしましょう。そして、縦軸は成果や性能です。皆さんは、時間とともにどのように成果や性能が変わっていくことをイノベーションと考え、説明するでしょうか。

 まずはご自身で考えて、必ず描いてください。頭の中は駄目です。頭の中で描くと、必ず正解を見たときに「そう思っていたのだ」となってしまいます。

(作成)三谷宏治
(作成)三谷宏治
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新しいPLCが前のPLCを滅ぼす

 さあ皆さんは、どんな線を描いたでしょうか。イノベーションは二重のS字曲線だといわれています。あるものが生まれ、成長していきます。プロダクトライフサイクル(PLC)と言ってもいいでしょう。能力を上げていき、どこかでこの技術ではこれ以上は行かないという段階で成熟が訪れます。そして、次のものが生まれて性能を上げていき、前のものを滅ぼす。これが「イノベーション」という現象です。

 こういった論を唱えたのは、リチャード・フォスターというマッキンゼーのコンサルタントです。1986年に『イノベーション 限界突破の経営戦略』(大前研一訳/阪急コミュニケーションズ)という書籍で、イノベーションは二重のS字曲線だと主張しました。

 この本で挙がっていた事例に、真空管とトランジスタの関係性があります。真空管が生まれ、性能を上げていき、これ以上は上がらないというところまで行きました。それでコンピューターが発明され、暗号解読器もできました。しかし、その後、トランジスタというものが生まれて、真空管を滅ぼした。新しいプロダクトライフサイクルが、前のプロダクトライフサイクルを滅ぼしたのです。なぜでしょうか。

(作成)三谷宏治
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イノベーションはNASAが導いた

 後続のトランジスタが生まれた瞬間には、真空管よりも性能があるわけではありません。トランジスタの初期段階では、振動を与えたら終わりで、成熟した真空管に及びません。しかし、このトランジスタがどうしても必要な、イノベーティブなお客さんがいました。イノベーションは、イノベーティブなお客さんに導かれて成立するものでもあります。当時でいえば、それがNASA(米航空宇宙局)でした。NASAはアポロ計画を背負っていました。「我々は人類を1960年代に月に送る」と、大統領が約束してしまっていたのです。

 ロケットの中のコンピューターを真空管などで作ると、重過ぎて人が乗れません。もしくは振動に弱過ぎて、信頼性がありません。だから、なんとしてでも安定的な、かつ軽い素子が必要でした。そのためにトランジスタが必要で、NASAは多額の資金を投入してくれました。当時、トランジスタの市場の3分の1はNASAが発注したものだといわれるぐらいのお金を投じていたのです。

 イノベーティブなお客さまと共に、イノベーションは成長していきます。トランジスタは作り方が変わり、接合型というものも生まれて、性能をぐっと上げていきました。

大企業がイノベーションを起こせない原因

 イノベーションによって変わったものは、プロダクトライフサイクルだけではありません。もう1つ、プロダクトを提供する企業も変わりました。実際、真空管を作っていたメーカーはトランジスタのメーカーとしては成功せず、提供する企業も革新されていったのです。究極的には、お客さまは半導体素子、電子回路素子が必要で、これまでと求めているものは一緒であるにもかかわらず、真空管メーカーの1社もトランジスタのメーカーとしては成功しませんでした。イノベーションとは二重の非連続です。プロダクトライフサイクルと、そしてプロダクトを提供する企業も、なのです。

 こういったイノベーションが、なぜ大企業では難しいのでしょうか。そのことを真正面から研究した学者の1人が、クレイトン・クリステンセンです。クリステンセンは3年前に亡くなってしまいましたが、1997年に『 イノベーションのジレンマ 』(現在は増補改訂版が販売中。玉田俊平太監修/伊豆原弓訳)という本の中で、彼はとても面白い答えを出しました。

 それは、既存の大企業がとても顧客志向であるがゆえに、イノベーションを起こせないということです。残念ながら、今のお客さまは、次のイノベーションが起きた際のお客さまではありません。現在は顧客志向の優良企業ほど、別のところで育っていく将来顧客と共に育っていく会社になれないのです。既存の大企業は、新しいテクノロジーに負けるわけではなく、顧客志向であるがゆえに、逆説的にイノベーションに対応することができないのです。クリステンセンは、このように「顧客という視点」でイノベーションという現象を説明したわけです。

既存の大企業はとても顧客志向であるがゆえに、イノベーションを起こせない(写真/Shutterstock)
既存の大企業はとても顧客志向であるがゆえに、イノベーションを起こせない(写真/Shutterstock)
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「イノベーター」のジレンマ

 ちなみに『イノベーションのジレンマ』は邦題で、原著のタイトルは“The Innovator’s Dilemma”です。「イノベーション」にジレンマがあるわけではありません。「イノベーター」にジレンマがあるのです。

 ここで言っているイノベーターとは、既存の大企業のことです。大企業は、イノベーションを起こし、成功したから大きくなっています。しかし、一緒に育ってきた、育ててもらった昔からのお客さまが大事なのです。だから、ずっとその顧客を見続け、その半歩先を歩もうとします。そのため、遠くに離れた顧客を無視してしまい、そこに力を割けないから失敗する。顧客志向の優良企業ほど敗れ去ってしまうのです。

構成/永野裕章(日経BOOKSユニット)

『経営戦略全史』に続く第2弾

シリーズ累計33万部のベストセラー『経営戦略全史』『ビジネスモデル全史』シリーズの新装マンガ版が発売! 14世紀イタリア・メディチ家から21世紀のテック企業まで世界の歴史を変えたビジネスモデルを一気読み。

三谷宏治・著/星井博文・シナリオ/飛高翔・画/日本経済新聞出版/2090円(税込み)