希代の経営者であるサイバーエージェント会長 藤田晋氏と一緒に、日本のインターネット勃興期の激動の時代を駆け抜けて来た長瀬氏。長瀬氏はアメーバブログ、ABEMAなど、時代を大きく変えたサービスを裏側で支えてきた。
 会社が急成長する中、いろいろ悩みながら会社経営に携わってきた長瀬氏が参考にした本とは?

エヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現:NTTテクノクロス)で通信に関する経験を積んだのち、広がりつつあったインターネットの世界に引かれ2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバブログの立ち上げ、ABEMA(旧AbemaTV)のローンチを技術面で支え続けた。2015年に執行役員に就任し、現在はサイバーエージェントの専務執行役員とAbemaTVの取締役を兼任する。
長瀬慶重(株式会社サイバーエージェント専務執行役員 技術担当)
エヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現:NTTテクノクロス)で通信に関する経験を積んだのち、広がりつつあったインターネットの世界に引かれ2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバブログの立ち上げ、ABEMA(旧AbemaTV)のローンチを技術面で支え続けた。2015年に執行役員に就任し、現在はサイバーエージェントの専務執行役員とAbemaTVの取締役を兼任する。

採用では「素直でいいやつ」を重視する

 私は熊本で生まれ、高校までは熊本で育ちました。大学入学のために東京に出て来て、情報系の学部で修士まで6年勉強しました。ちょうどJavaというプログラミング言語が登場した頃で、大学院ではそのJava言語を勉強していました。

 大学院を出て、新卒で大手通信会社に入社しました。そこでは研究開発などに携わりました。そこで5年ほど働いて、サイバーエージェントにエンジニアとして中途入社しました。僕が入社したのは2005年なので、創業から7年目ですね。サイバーエージェントは急速に成長していて、当時600人ぐらいの社員がいたと記憶しています。

 当時のサイバーエージェントは、インターネット広告事業が中心となる会社で、社内にはまだ20人ぐらいしかエンジニアがおらず、その20人のチームがいろんな部署の案件を受けている状態でした。僕が入社してからしばらくして、代表の藤田が「技術のサイバーエージェントを作る」と宣言して、そこからエンジニアの採用や組織づくりを、僕が中心になってやってきました。

 2008年からは新卒のエンジニアも採用し始めました。組織の文化というのは、やっぱり新卒で入社して長い間いる人がつくり出していくものですから。技術力を高めて高度なシステムを作るなら、中途入社の即戦力を持った人のほうがいいんですが、組織の文化をつくるためには新卒で色に染まってない人も必要です。彼らと、サイバーエージェントの組織やカルチャーをつくっていくわけです。それを両方、同時に進めていった感じですね。

 エンジニアに限った話ではありませんが、人を採用する際には「素直でいいやつ」ということをすごく大事にしています。能力と同じぐらい、「明日から隣で一緒に働きたい」と感じる人であることを大切にしています。

シリコンバレーの有名経営者たちを育てた名コーチの教え

『1兆ドルコーチ』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)
『1兆ドルコーチ』(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)
人は職場の協力的なコミュニティの一員だと感じると、仕事に対する意欲が高まり、生産性が上がることが、研究により示されている。逆に、職場にそうしたコミュニティが欠落していることは、仕事での燃え尽き(バーンアウト)の主な要因になる。

 世の中に数多あるマネジメントの本の中でも、この『1兆ドルコーチ』が、一番のお薦めです。スティーブ・ジョブズ、エリック・シュミット、ラリー・ペイジなど、シリコンバレーの名だたる経営者を育てた、アメフトのコーチ出身のビル・キャンベルの教えをまとめた本です。

 いろんなエピソードが入っているので、「これが良かった」と一つに集約するのは難しいのですが、本書を通じて語られているのは、「優れたリーダーや優れたマネージャーであるためには、優れたコーチでなくてはならない」ということなんです。要は、コーチングを通じて素晴らしいチームをつくり、チームのパフォーマンスを最大化することが重要であると。そうしたチームをつくれることが大切であり、その根底にはコーチングがあるということを、この本は伝えています。

 チームのメンバーとの関わりについての話ですが、どんな人にも愛、家族、お金、注目、力、意味、目的など、何を重視しているかという価値観があるんですね。それを理解した上で、その人と対話をしているかと問いかけてきます。すごくないですか?

 今は個人情報の問題もあって聞きにくくなってますけど、多くの人は家族がいて、家族を支えるために仕事をしているわけじゃないですか。例えば、うちの子はこの間中学受験が終わったんですけど、そういう話をチームの人と共有したり。そういう家族のことって、本当は仕事と同じくらい大事ですよね。

 もちろんそれ以外に実践的な話で言えば、例えば「言いづらいことはとにかく率直に話せ」とか、「どれだけ有能な人でも、チームのことを考えないやつはすぐ辞めさせろ」とか。日本人だとふわっと対処しそうなことも、「絶対にダメだ」って書いてあるんですよね。

 これからの時代、AIをどんどん使うようになっても、人と人の関係性や、チームでいい仕事をすること自体がより際立つ世界になっていくと思います。そういう意味では、みんながコーチングという技能を身につけておかなければならないと思います。

 この本は、いろんな立場の人にお薦めなんですけれども、自分の立場によって刺激を受ける部分が変わってくると思います。まず若いときに読んで、その後マネージャーになって読んでみると、感動する箇所が異なると思います。僕も、今回企画をもらって久しぶりに読み直してみたのですが、自分が気になるポイントはやはり少し変わっていましたね。

決めたことをやる、やり遂げる

『経営12カ条――経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日本経済新聞出版)
『経営12カ条――経営者として貫くべきこと』(稲盛和夫著、日本経済新聞出版)
「経営とは、経営者が持てる全能力を傾け、従業員が物心両面で幸福になれるよう最善を尽くすことであり、企業は、経営者の私心を離れた大義名分を持たなくてはならない」

 これは京セラの創業者で、その後、電気通信事業の自由化が始まったときに第二電電、今のKDDIを設立して、さらに経営が傾いたJALの会長に就任し、それを立て直した経営者の稲盛和夫さんが書いた本ですね。

 僕がABEMAの経営に参加することになったときに、いろいろなことをあらためて考えていて、そのタイミングでいろんな人が「この稲盛さんの本、すごくいいよ」って薦めてくれて、それで手に取った本なのですが、12カ条あるうちの半分以上が気持ちの話なんですよね。「たゆまぬ努力をしろ」とか、「絶対目標を達成するんだ」とか。凡事徹底じゃないですが、「決めたことをやる、やり遂げる」というそのメンタリティが大事だっていう話ですね。

 稲盛さんは、従業員の人たちの生活をすごく考えています。「常に明るく」とか、ある意味ちょっと昭和的な理想論という感じもするんですけど、それがあらためて大事だなと思います。

 AIの時代になってくると、意思決定がより大切になります。AIが選択肢を出してくれたとしても、それを採用するかしないか、どれを選ぶかというのは人間の仕事です。意思決定をすることが、人間の仕事になってくると思います。

 その意思決定が、もちろん自分個人のパフォーマンス、仕事の成果につながります。ポジションが上がれば、より大勢の人に関わる影響力の大きな意思決定をしなきゃいけなくなる。そうなると、無責任ではいられない。ここに書かれているように、徹底して、自分たちが実現したいビジョンに向かって、どういう努力をするべきか、どういう目標を掲げるべきかっていう基本的なことをしっかりやることが大事だと思います。

 エンジニアも「経営は自分と関係ない」っていう時代ではなくて、顧客の話を聞いて「この人はコストをいかに抑えて、どう売り上げを上げたいか考えているから、こういうシステムを開発しなきゃいけないんだ」っていうような仕事をする時代だと思います。だから、そういう準備をしていくほうが、これから面白いと思うんですよね。経営に関わっていくエンジニアもいれば、プロダクトに従事していく人もいる。ABEMAでも、営業とエンジニアが一緒に仕事をする事案がどんどん増えています。

横で見てきた「勝負眼」の真実

『勝負眼――「押し引き」を見極める思考と技術』(藤田晋著、文芸春秋)
『勝負眼――「押し引き」を見極める思考と技術』(藤田晋著、文芸春秋)
これまでありとあらゆる重大局面で勝負に挑んできた。チャンスと見て大胆に攻めるばかりではない。必死で守ることもあった。組織のリーダーとして、むしろ守る場面のほうが多いかもしれない。麻雀では、細かなスキルや読みも大事だけど、結局は押すべき局面で押せるか、引くべき局面で引けるか、その「押し引き」が勝敗の9割を決めると言っても過言ではない。これは、ビジネスの世界にも通じるものがあると思う。

 サイバーエージェントの藤田の本なのですが、これ、いい本なんですよ(笑)。

 藤田と20年間一緒に仕事してきて、ずっと真横でその「勝負眼」を見てきました。この本も立場によって感銘を受けるポイントが全然違うと思うんです。この本は「社長を2代目に引き継ぐ際に、藤田が経験した社長としての経営で大事なことを言語化するプロセスの中で、彼が『勝負眼』として判断してきたことを残したい」ということで生まれました。

 社長という立場において大事なものが書かれていると思います。いくつかのチャプターに分かれているんですけど、特にこのチャプター7の「組織を見極める眼」には、組織を見ていく上ですごく大事なことが書かれてます。自分も経営や事業を見てきて、それを感じます。

 経営する上で、すごく複雑ないろんなことを考えたり、言ったりするんですけれど、案外最終的にはシンプルに考えたほうがいい。そのほうが核心的なことを捉えられるし、シンプルに言ったほうが人に伝わって、「そうだよね」って思ってもらえるんです。

 この本にも書かれていますが、ABEMA開局1周年企画として放送した「亀田興毅に勝ったら1000万円」では、試合開始のゴングが鳴った途端にアクセスが殺到し、サーバーが落ちるという事件がありました。
 リングサイドに藤田がいたのですが、亀田さんが戦っている間、ずっと現場でユーザー対応をしながら陣頭指揮を執っていましたね。僕は自分の担当部署ですから、もう猛烈に大変です。今までの人生で、一番戻りたくない場面ですね。藤田に「いつ復旧する?」って聞かれて、「いや、全然分からないです」って答えて。もう地獄でした。でも、その経験がその後の世界的なスポーツ大会の生中継などにもつながったと思っています。

 これを読んでいると懐かしくもあり……。この本には、サイバーエージェントの考え方が詰まっています。ルールをあまり作らないとか、社員を大人として扱おうとか、性善説で組織をマネジメントしますとか。こうした独自のカルチャーがあるからこそ、さまざまな局面を乗り越え、今があるのだと確信しています。サイバーエージェントの強さの源泉を、ぜひこの本から感じ取ってみてください。

取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部