本には先人の知恵が凝縮されている。しかし、世界には数限りないほどの本があって、今、自分がどの本を読むべきか判断するのは難しい。

 「読みたい本を読めばいい」というのが真理ではあるが、どうせ限られた時間で読むのなら、自分にとって学びの大きい本を読みたい。そう考える人のために始めたのがこの連載だ。今、世界の先端で、波を割って進み続けているのはIT企業。特にその技術部門を統括する経営者であるCTOは、事業運営にも、組織運営にも、技術にも詳しくなければならない。そのせいか、彼らは非常に読書家で、数多くの本を読んで、貪欲に知識を身に付けている人が多い。

 トップバッターとして、今注目のAIを利用したFintech事業を推進するLayerXの松本勇気CTOにお薦めの本を聞いた。後編となる今回は、マネジメントと戦略、そして意外や意外、料理の本をお薦めいただいた。

松本勇気(LayerX CTO)
松本勇気(LayerX CTO)
株式会社Gunosy、合同会社DMM.comのCTOを経て、2021年3月よりLayerX 代表取締役CTO就任。開発や組織づくり、及びFintechとAI・LLM事業の2事業の推進を担当。2019年日本CTO協会理事に就任。

読むべき本をどうやって探す?

 エンジニアって、決してコミュニケーションが得意な人ばかりではないので、ステップアップするときに「チームで仕事するより、自分1人でコードを書きたい」という人が一定数いるんです。そういうときには「そもそも1人で作れるシステムはそれほど大きくはないので、まず誰かと会話できないと大きなものは作れませんよ」と説得します。

 エンジニアって、みんな、いいものを作りたいんです。でも「いいもの」って目の前にあるコードじゃないんですよ。

 エンジニアはいいコードを書きたいものだから、コードの美しさにこだわってしまったりする。でも、お客様が困っていて、それを解決して幸せにできる。それがいいコードだと思うんですよ。お客様の課題を解決しようと思ったら、誰かとコミュニケーションして、チームと連携しなければいけない。だから一匹狼的な人に「そのままでいいよ」とは言いません。

 そもそも、今の若い世代って、昔と違って「プログラミングをする層」がすごく広くなってきたので、うちのようなIT系の企業にもいろんな人が入ってきます。「本当にテック一筋で、人と話したくない」っていうような人は減っている気がします。昔だと、コンサルに行ったり、銀行に行ったりしていたような、コミュ力もある人がエンジニアを目指したりしています。今後、AIを使ってコードを書く割合も増えていくでしょうから、ますますコミュニケーションの大切さが増していくと思います。もちろん、AIが出したコードの良しあしを判断する能力も大切だと思いますが、比率としてはお客様と話しながら、どれが正しいチョイスかを探ることに重きが置かれるようになると思います。

 私は、薦められた本は片っ端から読む方です。友達が教えてくれることが多いですね。コミュニティにいろんな知り合いがいるので、その人たちが「この本良かったよ」と言って教えてくれたり。その本について調べていたら、また関連する本が出てきたりとか。

 あとは、好きなアニメ作品で扱われていたりとか。前回ご紹介したドネラ・H・メドウズ氏の学問のカテゴリーに近い分野の本が、『攻殻機動隊』の背景となった本だったりもしました。ネットワークや知識の構造の話を、アーサー・ケストラーっていう人が『機械の中の幽霊』っていう本で書いていたりするんです。ホロンという概念ですが、「すべての存在は部分でもあると同時に全体でもある」と。そういう本も、気になったらとりあえず買って読んでしまいます。

 本の置き場所ですか? 最近は電子書籍で読むことも多いのですが、紙の本は定期的に段ボールに詰めて貸し倉庫に収納しています。もしくは売ってしまったり。ガジェットも好きで、VRゴーグルも十数台持っていたりするんですが、それも家に置けない部分は貸し倉庫に入れています。

 では、厳選した数十冊の中からさらに6冊を選んだうちの後半の3冊をご紹介しましょう。

元インテルCEOが書いた、経営に関する伝説の名著

『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』(アンドリュー・S・グローブ著、日経BP)
『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』(アンドリュー・S・グローブ著、日経BP)

 生産の原理を理解するために、仮に読者がレストランのウェイターであると想定してみよう。(中略)ウェイターの仕事は、3分間の半熟卵とバター・トーストとコーヒーの3品を同時に準備して、できたての熱いうちに客のテーブルまで運ぶことである、としよう。

 この仕事には、実は生産に関する基本的要件が含まれている。


 これはもう伝説の名著ですね。

 元の邦題は『インテル経営の秘密:世界最強企業を創ったマネジメント哲学』でした。もう40年以上前に書かれた本です。当時、最も成功したIT企業だったインテルのCEOが書いた本として、多くの経営者が愛読してきましたし、今なお非常に価値のある本だと思います。

 最初私が買ったのは『インテル経営の秘密~』の方でしたが、当時は絶版でした。タイトルを変えて再販されたということは、やはり再評価されるだけの名著なのだと思います。

 この本は、私が、マネジメントで一番悩んでいたときに、お世話になったCTOに教えてもらいました。それまでは、マネジメントって、何か仕組みを作って、そこに合わせてもらうようなイメージを持っていたんです。

 でも、そうではないとこの本で学びました。一人ひとりの意見や不満を聞きながら組織のボトルネックを特定していって、それをちゃんと解決する。納得して動いてもらうために、ちゃんと1on1をしようとか、そういう企業経営の基本がていねいに書かれています。

 もちろん、インテルはハードウエアを作っていて、われわれはソフトウエアを作っていますから多少の違いはあります。私はハードウエアの方が難しいと思っているんですよ。それは一回決めたことの後工程への影響が大きいから。われわれソフトウエア産業って、一回作ったものがちゃんと動くのかどうか、品質保証するまでのサイクルは短いと1~2週間です。なので、誤りについてはむしろ寛容な文化だと思います。ソフトウエアの負債と言われるようなことはありますが、それにしてもスピード感を考えると撤回もしやすい。

 毎日毎日みんなでコミュニケーションして、開発して、リリースして、その中でこの人はどういうパフォーマンスだったのか? 今何に困っているのか? というようなことをちゃんと解決していくことが大切ですね。

 この本は、初めてマネジメントする人に必ず読んでもらうようにしています。「初めて部下ができる人」ということですね。マネージャーの仕事は自分のチームと、その周辺のチームの生産性を最大化することです。とても教科書的で、網羅的な本ではありますが、私が最初に救われた本ですので、マネージャーの立場にある方にはぜひ読んでいただきたいです。

本当に「良い戦略』を見抜く方法を知っておこう

『良い戦略、悪い戦略』(リチャード・P・ルメルト著、日経BP・日本経済新聞出版)
『良い戦略、悪い戦略』(リチャード・P・ルメルト著、日経BP・日本経済新聞出版)

 良い戦略におのずと備わっている卓越した価値の第一は、新たな強みを生み出すことである。(中略)だが世界を見渡しても、歴史を振り返っても、このような戦略を持ち合わせている企業はそう多くない。


 これは経営者向けに選んだ1冊です。ちゃんと伝わる、意味のある戦略っていうのを知ってもらうための本です。タイトルのまんまですね(笑)。

 戦略を考えなければならないときに、なんとなく聞こえの良い戦略をみなさん作りがちです。総花的で、多方面に進出して、「未来は明るいです!」というような。

 でも、戦略ってそういうことではなくて、苦しい状況で、何を捨てて何を残すかの指針なんです。どんな事業をやっていてもリソースは有限です。これを正しい事業に割り当てないと、リソースを無駄遣いして競争優位性を失ってしまいます。

 このリソースの効率性を極限まで高めていくのが「良い戦略」です。私も日々この本に書いてあった指針を大切にしています。社内に「われわれの戦略とは何か」というスライドがあるんですよ。その中には、5つの優先すべき事柄がシンプルに書いてあるんです。5つでも3つでもいいのですが、要は「数の決まった戦略を、重要性の優先順位を決めて記しておくこと」が大事で「あれもこれも同じぐらい重要」っていうのは絶対に許さない。それは伝わらない戦略だから。

 「迷ったら、どっち?」と常に決断できるように、明確に優先順位を決めておく。それを決めておくことで「申し訳ないけど、こっちを優先しなければいけないから、このリソースは移動します」というのが成立する。そのすべての責任は経営陣にあるということが明確になります。その点が明確に伝わる戦略を作らなければならない。そういう観点で、とても参考になった本なので、いつもお薦めの本として挙げています。

 「あれもこれも大事」というのは、ある意味何も考えていないのと同じです。精神論として「みんな大事」はとても正しいし、並べた目標すべてを達成するというのはプロとして素晴らしいことですが、一方で「どれを優先するかを決めない」のは経営の怠慢であると私は思っています。迷ったら、どちらかを決めるのは経営陣で、マネージャーです。そこが明確に示されていないのは、戦略として不適当なんです。

 CTOにとっても重要な本ですね。どの技術にリソースをそそぐか、優先順位をどう付けるのか。逆に若い人が読むことで「なるほど、今僕がやってるプロジェクトが中止になったのは、僕のことが嫌いだからではなく、戦略のためにほかを優先したんだな」ということが理解できるようになるかもしれません。

料理は科学。元Microsoft CTOが書いた現代料理の本

『Modernist Cuisine at Home 現代料理のすべて』(ネイサン・マイアーボールド著、KADOKAWA)
『Modernist Cuisine at Home 現代料理のすべて』(ネイサン・マイアーボールド著、KADOKAWA)

 次のページの写真で、ほとんど生の状態から非常に固く砕けやすい状態まで、ゆでた卵の変化を示している。卵黄は62℃以上になると凝固しはじめ、およそ80℃で固ゆでの状態になるまで徐々に固くなっていくのがわかる。


 この本だけはちょっと異色なのですが……30cm四方ぐらいある大判で、456ページもあって、1万8700円もする本。大きな本ですが、それでも本来6冊組で作られた本を家庭用にコンパクトにまとめたものなんです。最新の調理法で「どんな素材にどのぐらいの温度を何分加えると、どういう性質になる」というようなことが克明に記されています。

 料理の本ですが、この本を書いたのもCTOです。それも元MicrosoftのCTOなんです。最初の経歴は、物理学者で、それからMicrosoftのCTOになって、その後料理人になりました。不思議な経歴ですが、でも料理をしていると、いろいろなところでエンジニアリングと通じるものを感じるんですよね。例えば工程設計とか。

 私も、たくさんの人を家に呼んで料理を作ったりすることがあるので、例えば12人の人がいれば「どういう順番で、どうサービスすれば美味しいタイミングで食べてもらえるか」と考えるわけです。そうすると、事前に下ごしらえをしておかなきゃならないものとか「これを待っているうちにこの作業ができるよね」「でも、これをやろうとしたらオーブンが空いてないじゃん」とか、手順を組み立てる必要がある。これは製造工程のエクササイズとしても非常に興味深い。

 私はお弁当も自分で作っているんです。これは肉体改造用なんですけど「トレーニングのパフォーマンスを伸ばすために、なるべく良質な脂質と、大量のたんぱく質、少なめの炭水化物をとりたい。その上で、美味しくて、運搬しても衛生的に問題ない。そういうものを1週間分作り置きしよう」という制約条件下でいろいろ考えるわけです。スーパーにある旬のものを見ながらそういうことを考える。そういう意味でとても勉強になります。

 もちろん、ビジネスも大切ですが、いろいろな趣味もあるし、趣味から学んで、またビジネスにフィードバックできることもある。そういう意味で挙げさせていただきました。

取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部