2012年の創業から、日本を代表するFinTech企業に駆け上がったマネーフォワードのCTOを務める中出匠哉氏。その急速な成長の途中にはいろいろな課題に直面した時期もあった。

 マネージャーが集まる「経営合宿」で読んだ本が、そんなときの経営陣の参考になったという。後編では、経営論よりも考え方・マインドの部分で参考になったという3冊の本をご紹介する。

テレビ通販会社でITマネージャーとしてシステム開発・保守・運用を統括。その後、証券会社向けの株式トレーディングシステムの開発・運用・保守に注力。2015年にマネーフォワードに入社し、Financialシステムの開発に従事。2016年にCTOに就任し、2018年に取締役執行役員CTOに就任した。
中出匠哉(株式会社マネーフォワード 取締役執行役員グループCTO)
テレビ通販会社でITマネージャーとしてシステム開発・保守・運用を統括。その後、証券会社向けの株式トレーディングシステムの開発・運用・保守に注力。2015年にマネーフォワードに入社し、Financialシステムの開発に従事。2016年にCTOに就任し、2018年に取締役執行役員CTOに就任した。
画像のクリックで拡大表示

「急激な成長」を味わいたいから、挑戦し続ける

 私自身は、石川県の出身です。大学入学のタイミングで東京に出てきて、もう30年ぐらい東京にいることになります。タイミングとしては就職氷河期ですね。

 大学には1995年に入りました。もともと機械工学系だったのですが、ちょうどWindows 95が出て、日本でもインターネットが普及し始めた年で、そちらのほうに熱中しました。大学2年生の夏ぐらいからプログラマーとしてアルバイトを始めたのですが、没頭し過ぎてしまい、大学を中退してそのまま働き始めました。

 その会社に5年ぐらいいた後、取引先の人に誘われて、テレビ通販会社に行きました。入社したときは年商70億ぐらいの会社だったのですが、6年ぐらい在籍している間に年商が1000億ぐらいになって。私が入ったときは24歳で一番若手だったのに、6年後には開発メンバーで一番社歴の長い人間になっていました。200人ぐらいの組織だったのですが、30歳くらいで3~40人ぐらいのチームのマネージャーになりました。

画像のクリックで拡大表示

 次の会社には年俸を下げて入っています。中途採用のページに「ストレス耐性のある人を求む」と堂々と書いてあって(笑)。「きっと優秀な人が切磋琢磨(せっさたくま)しているんだろうな」と思って入りました。

 これまでを振り返ると、いつも会社が成長する前に入って、その後に急激な成長を体験しています。「この会社の成長を止めたくない!」とは思うのですが、やっぱり大きくなると会社の成長速度は遅くなるし、政治っぽいものも出てきてしまう。そうなると自分でも「環境を変えないと、これ以上成長できない」と感じてしまうんです。そこで、給料を下げてでも挑戦できそうな会社に行くということを繰り返しています。

 後編はそんな中で、考え方や気持ちの部分で参考になった3冊です。

スタートアップに起こる「ハード・シングス(困難)」に立ち向かう

『HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』(ベン・ホロウィッツ著、滑川海彦、高橋信夫訳、日経BP)
『HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか』(ベン・ホロウィッツ著、滑川海彦、高橋信夫訳、日経BP)
 完全に資金が底をついたら何が起こるかを考えていると――あれだけ注意深く選んで雇った社員を全員解雇し、投資家の金をすべて失い、われわれを言じてビジネスを託してくれた顧客を危険にさらす――将来の可能性に集中することなど困難だった。

 この本はすごく面白かったです。語り口としては、自己啓発的な本ではなく、スタートアップを起業して起こった「ハード・シングス(困難)」を教えるよ……という本です。著者のベン・ホロウィッツは、元スタートアップ創業者で、その後a16zというシリコンバレーで最も影響力があるベンチャーキャピタルを立ち上げ、多くの企業に投資してきた人物です。その人が、自分が起業して辛かったことを赤裸々に書いています。

 成功した企業の武勇伝は語られやすいですが、逆はそうではありません。ホロウィッツによると、本当に難しいのは「目標を達成し損なったときに、社員をレイオフすること」であり、「面接で採用した優秀な人たちが不当な要求をするようになったときに対処すること」であり、「夢が悪夢に変わって冷や汗を流しながら夜中に目覚めるときにそれに対処すること」だそうです。

画像のクリックで拡大表示

 読んでみると、本当に「ハード・シングス」の連続なんです。私も経営者ですので、いろいろと大変なことに直面してきました。だから、やっぱり読んでいて励まされますよね。

 マネーフォワードは良いカルチャーを持つ会社だと言っていただくことも多いのですが、上場直後にはいろいろと課題もありました。

 特に上場前後は、会社のカルチャーがブレやすい時期です。上場前は、上場の利益を期待する人が入ってきたり、上場した後は「大企業だ」と思って、挑戦心が少ない安定志向な人が入ってきたりします。そこをどう乗り越えていくのかは、多くの経営者が悩まれているのではないかと思います。

 さまざまな問題で心がくじけそうなときも、この本を読むと、「この人ほどではない」と思えます。本当に大変な状態を学べて、勇気づけられる一冊です。

日本ラグビーから学ぶ「どうせ無理」から脱却するマインドセット

『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(中竹竜二著、ダイヤモンド社)
『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』(中竹竜二著、ダイヤモンド社)

 引き金となったのは、当時の主将・廣瀬俊朗選手が語った試合の総括でした。このとき、廣瀬選手は日本人特有の照れ笑いを浮かべながら、試合の感想を語りました。当人にとっては何気ない、さして意味のない表情だったはずです。同じく会場にいたほとんどの記者たちも違和感を覚えませんでした。

 しかし、それを横目で見たエディ監督は、顔を真っ赤にして叱り飛ばしました。

 「おかしいことなんて何もないぞ! これこそが日本ラグビーの問題なんだ」


 とあるカンファレンスで、この著者の中竹竜二さんが登壇してお話をされているのを聞いて感銘を受けて読んだ本です。

 中竹さんは、早稲田大学のラグビー蹴球部監督の後に、日本ラグビーフットボール協会の運営に携わった人です。1995年、日本代表はワールドカップのときに17対145でニュージーランドに大敗したほど、世界との間に距離がありました。そして「体格が違うから勝てなくてもしょうがない」「プロじゃないから仕方ない」「勝つことより良い試合をすることに意義がある」という、いわゆる「負け犬根性」が染みついていたといいます。

 それが、2012年にエディ・ジョーンズ監督が就任してから激変して、「ウィニングカルチャー」を身に付けるための試練が始まります。世界中のどこよりもハードな練習をして、本気で勝つためにはなんでもする。そういう試練が実を結び、2015年に世界トップクラスの強豪国南アフリカに勝利し、さらに2019年には開催国として、決勝トーナメントに進出、ベスト8に名を連ねます。

画像のクリックで拡大表示

 「どうせ無理」というカルチャーでは当然結果は出ませんし、リーダーが1人ポンと入っても、ガラリと変わることは少ないと思います。一方で、サッカーのFCバルセロナとか、ラグビーのオールブラックス(ニュージーランド代表)のように、伝統的に脈々とウィニングカルチャーが根付いているチームもあります。そういう「勝ち癖」というか、勝ちにこだわる企業文化を作ることこそ成功の秘訣、というようなことが書かれている本です。

 私たちの仕事でいうなら、例えば今は画面表示に1秒かかっていて、それでいいと言われているけれど、0.5秒で表示されるように努力する、より良いものを作るという姿勢が根付いている文化、ということでしょうか。自分たちの中に高い水準があって「これじゃ納得できない」「もっと上を目指す」と、全員が思っていることが大事だと思うんです。

 社内にもいろんなチームがあって、チームごとに少しずつカルチャーは違います。でも、細部にこだわる水準の高さが文化としてあると、やっぱり結果は変わってくると思います。

楽天の「英語公用語化」に学んで採用を強化

『たかが英語!』(三木谷浩史著、講談社)
『たかが英語!』(三木谷浩史著、講談社)

 「来週から会議は英語で行う」

 さらに、その後の朝会で、僕ははじめて、全社員に社内公用語英語化を宣言した。

 「グローバルな開発体制、ビジネス展開を遮るものは『言葉の壁』にほかなりません。

 しっかりとした英語でなくてもかまいません。つたない英語でもかまいません。認識してほしいのは、今後の国際展開を見すえた際の重要なファクターが、英語でのコミュニケーションスキルだという点です。サービスの国際化に向けて、楽天内部の国際化にも着手したいと思います。


 この本もすごく面白くて、楽天の「英語公用語化」の話を三木谷さんが書いている一冊ですね。

 楽天の英語公用語化は世間でも話題になりましたが、三木谷さんは「これから人口減とともに縮小していく日本のマーケットだけでは、会社を成長させることができなくなる」ということに気付くんですね。全員が日常的に英語を話せば、世界をマーケットにできる。そこで「たかが英語じゃないか!」と、英語公用語化にチャレンジするんです。

 最初は「会社が決めたら勝手に勉強するだろう」と思っていたら、それではなかなか進まなかったそうです。あの三木谷さんの会社でさえ、そう簡単ではなかったと。結局、会社がサポートして、最後は規定の点数に至らない人は勤務の一部の時間を英語の勉強に充ててもらう(つまり業務時間は減り、チームにも負担がかかる)ということまでして、英語を勉強してもらうんですね。

 その徹底ぶりはすごいなと思いましたし、逆に「そこまでやらないと英語化できないんだ」という学びもあったので、私たちも参考にさせていただきました。

画像のクリックで拡大表示

 マネーフォワードでも、2021年に「エンジニア組織のコミュニケーションを英語化する」と決めて、チーム単位で3年ぐらいかけて組織の英語化を進めました。TOEICでみんな700点はとってほしいとか、TOEICだとスピーキング能力が測れないので、国際指標であるCEFRに準拠したPROGOS(プロゴス)という試験で測ったり。

 チーム内のミーティングを英語化すると、海外から来たエンジニアが働きやすくなるんですね。仕事の言語が日本語だと、海外から来たエンジニアは日本語も勉強する必要があります。でも、業務の言語を英語にすると、アジアをはじめとした諸外国のトップクラスの大学を出た優秀なエンジニアを採用できるんです。「日本で働きたいけれど、日本語がハードルになっている」という人は実はすごく多くて、英語化を進めてから、世界中から優秀な人材が集まるようになり、採用の需給のバランスが変わったぐらいです。

 英語化しているのは、まずはエンジニアだけですが、デザイナーやプロダクトマネージャーなど、エンジニアと密接に関わる人たちも英語化を進めています。

 当初は「本当に自分にできるのだろうか」と不安を持つ人もいましたが、基本的には「エンジニアとしてのキャリアアップにもつながる」と好意的に受け止めてくれました。ITエンジニアとして生きていくなら、情報の入手しやすさもあり、「英語はできたほうがいいよね」と思っていた人も多かったんだと思います。何より私自身が英語ができないところから勉強を始めた姿を見て、会社が背中を押してくれることを、むしろ福利厚生のように感じてくれた人もいるようです。

 社内でも英語の会議が増えましたし、仕事で日常的に使うようになると、さらに英語の能力が上がります。社内にいるだけで毎日英語の勉強になる感じですね。そういう意味でも、非常に学びが多く、今のマネーフォワードに大きな影響を与えた一冊です。

取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部