昨今の中国に対しては、脅威論と悲観論が交錯し、どれが正解なのか、よく分からないところがある。そこで、日本経済新聞の記者で、中国に計8年駐在して中国総局長も務めた桃井裕理さんに、「今の中国をより深く理解するための本」を選んでもらった。第1回は「習近平という人物」について。
中国をひとかたまりで捉えるのは不可能
私は1995年に日本経済新聞社に入社後、2003~07年、21~25年と2度、合計8年間中国に駐在し、帰国後もずっと中国をウオッチしてきました。
現代の中国については、両極端の見方が存在しています。軍備の拡大、AI(人工知能)や半導体市場での中国企業の台頭を見れば、「中国脅威論」にくみしたくなり、不動産バブル崩壊や高失業率のニュースを聞けば、「中国悲観論」の立場を取りたくなります。では、いったいどちらの見方が正解なのでしょうか。
私の意見は「どちらも正解」です。まず大前提として「中国をひとかたまりで捉えるのはそもそも不可能だ」ということがあります。なぜなら中国の人口は14億人とも言われ、例えるなら日本が14カ国あるような状態です。さらに貧富の差、社会格差が非常に激しく、中国のどの部分を見るかによって、その評価はまったく違ってくるからです。

中国経済の報道をする際、基本的には毎月のマクロ経済指標を最も参考にしますが、これらの数字は縦にも横にも広大な14億人の経済をひとくくりで平均したもの。これだけを見て「中国は〇〇だ」と語るのは本来、難しいのです。
中国を理解するにはさまざまな入り口や側面がありますが、「習近平を分析する」という切り口は最も重要なアプローチになると思います。そこで今回は、習近平とはどんな人物なのかが分かる本を紹介していきましょう。
習近平が嫌った奇抜な建築物
1冊目に紹介するのは、かなり異色の中国本です。『 建築は不純につくられる 中国・習近平時代の建築とモニュメント 』(市川絋司著/岩波書店)です。
著者の市川絋司さんは建築史家で、中国政府から奨学金を得て清華大学建築学院に留学したことのある方です。「建築から中国と習近平体制を読み解く」というユニークな着眼点には大いに驚き、共感しました。中国に赴任していた頃、私もずっと中国の建築が気になっていたからです。
北京の中心地に卵形の国家大劇院(国立劇場)という前衛的なデザインの建物があるのですが、中国の知り合いからときどき「習近平さんはあの建物が大嫌い」と聞く機会がありました。実際、江沢民時代と習近平時代の建物はまったく違います。江沢民時代は高度成長期で、富への顕示欲をそのままデザインしたような野心的な建築物がたくさん建てられましたが、習近平政権になってからはまったく建てられなくなり、習近平が肝煎りの施設をつくる場合は、人民大会堂のような石造りで重厚な、「中国共産党の威容」を具現化したような建物になりました。こうしたことから常々、中国の建築物には時の政治家の思想信条が表れると感じてきました。
この本の第1章「習近平時代の建築・都市・政治」は、習近平が2014年10月に開いた「文芸工作座談会」の場面から始まります。江沢民時代以降、自由化や多様化が進んでしまった芸術や文化、言論を巡り、習近平は党の指導と規律を再強化する重要講話を披露しました。その中で、党の機関紙「人民日報」が独自に報じた建築を巡る習近平の発言がこれです。
「奇々怪々な建築はつくるな」
中国政府は続く2016年、建築のデザインは「適用、経済、緑色、美観(実用的で、経済的で、環境に良く、美しい)」でなければならないとする「建築八字方針」も発表しました。規律を愛する習近平が、いかに「奇々怪々な建物」を嫌いかということがにじんできます。
この本は、習近平時代を「中国の政治と建築業界の転換期」と位置づけ、習政権下の中国建築をさまざまな政策やメディア環境などとの絡み合いの中で論じています。
ちなみに「建築は不純につくられる」というタイトルですが、批評家・柄谷行人氏の「建築は最も不純な芸術である」という言葉をベースとしているそうです。建築は多大な労働力・資金・資材が必要であるため多種多様な意図や要素が入り交じりやすく、ほかの芸術とは異なり、1人の芸術家によるピュアな「表現」として完結することが難しいという視点です。著者は、中国という「政治と文化」が混然一体となる場所においては「建築の不純さはより際立つ」と指摘しています。
「中国の現代建築はおもしろい」「それは現代中国そのものがおもしろいからだ」と著者は語ります。さらに言うならば、習近平という希代の「不純さ」を通してみるからこそ、中国の建築はますますおもしろくなるのでしょう。この本は、ほかにはない視点で習近平時代を切り取った独自の中国本だと言えます。
習近平は「システムの人」
続いては手前みそで恐縮ですが、自著の『 習近平政権の権力構造 1人が14億人を統べる理由 』(桃井裕理+日本経済新聞社データビジュアルセンター著/日本経済新聞出版)です。
私は長年中国を取材する中で、「なぜ、習近平は強固な一強体制を築けたのだろうか」という疑問を抱いていました。習近平は2012年に中国共産党総書記に選ばれましたが、最初に彼を見たときに「このおとなしそうな人は誰?」という印象を持った人も多いかと思います。本書では「政治家・習近平」を分析し、一強体制の謎に迫っています。
彼が党総書記に選ばれた背景には、江沢民派閥と胡錦濤派閥の争いがありました。胡錦濤は中国共青団(中国共産主義青年団)という14~28歳の若手エリート集団からえりすぐりの候補者として李克強を立てましたが、対する江沢民派閥にはめぼしい候補者がいませんでした。
そこで指名されたのが、派閥に属さず廈門副市長、福建省長、浙江省の党委員会書記、上海市党委員会書記などのキャリアを積み重ねてきた習近平でした。彼の父・習仲勲は中国共産党革命の志士ですから、習近平はまさに「プリンス」。江沢民にしてみれば「派閥の顔として座りが良く、おとなしくて言うことも聞きそうだ」と踏んだのでしょう。
しかし、習近平は中国共産党総書記になると、傀儡(かいらい)になるどころか、数年のうちに江沢民派閥の主要メンバーを粛清していきました。その後、さまざまな制度改革を重ね、「国家主席を務めるのは2期まで」という憲法を改正、自ら3期目を手中に収めました。
なぜ、彼が一強体制を築けたかというと、第1には誰もが想像するように粛清があります。就任以来、政府・党幹部の汚職などによる立件数は380万件、省部級以上・庁局級の立件は2万2392人にものぼります。
一方、あまり着目されていないのですが、権力掌握の中核を成した重要な手段に制度改革があります。習近平が就任以来の2期10年で実施した制度や法の改革、改正は膨大なうえに細かすぎて、改革が始まった当時は、我々もこれが実はどういった意義を持つものかを理解することができず、多くがたいしたニュースにもなりませんでした。
ところが、習近平の2期10年の改革をさかのぼり、つぶさに検証してみたところ、発表された当時はバラバラに見えた一つ一つの小さな改革が、すべて意味を持つ「布石」であることが見えてきました。それらの改革をすべて並べ直してみたところ、まるでパズルのピースが合うように「一強体制」という1枚の絵が完成したのです。
つまり、習近平が一強体制を築き上げたのは偶然の産物ではありません。彼は組織の意思決定権や権力がどうすれば1人に集中するかという手法を熟知していました。そして、10年前の時点で現在の政権のグランドデザインを明確に描き、誰も反対しないような小さなところからコツコツと布石を積み上げ、今の権力を完成させたのです。
習近平というと「権力闘争の人」と思われがちですが、実はそれ以上に「システムの人」だと私は考えています。もちろん冗談ですが、経営者の方などには「もしも権力を一手に握りたければ、この本ですべてのノウハウが分かります」とおすすめしています。本書には、習近平の生い立ちや習近平ゆかりの地をリポートしながら「政治家・習近平の源流」を探った章もあるので、読んでいただければ幸いです。
幼い頃から権力闘争を知る
習近平がなぜ組織をうまく操れるか。その背景には、彼が幼い頃から中南海(中国共産党や政府の中枢機関が立ち並ぶ地域)で暮らし、権力闘争というものを目の当たりにしてきた、という生い立ちがあると思います。
父の習仲勲は革命の英雄ですが、文化大革命時代には「反党分子」として迫害されました。まだ10代前半だった習近平も「反党分子の子」ということで紅衛兵に弾圧され、非常に苦しい子ども時代を送りました。「党内の権力闘争に負ければ命すら危うい」ということを、身をもって学んできたのです。
そんな習近平の思考を理解する上で役立つのが『 派閥の中国政治 毛沢東から習近平まで 』(李昊著/名古屋大学出版会)です。
この本に書かれた中国共産党の過去のあらゆる派閥とその闘争の中身は、間違いなく、習近平の頭の中に詳細にインプットされているデータと言えます。それらを学ぶことは、習近平の人生の追体験になるとともに、彼の思考パターンを理解するのにも役立つと思います。
同書によれば、派閥の役割や権力者との関係は時代によって変遷してきました。毛沢東は派閥には依存せず、派閥を操作することで権力を確立しました。江沢民や胡錦濤の時代にはトップ自身も派閥を形成しつつ、複数派閥の存在が「チェック・アンド・バランス」の役割を果たしてきました。
そして習近平時代になると対立派閥は徹底的に排除され、政権内はオール習派になってしまいました。この本は、派閥は体制の脆弱性ではなく、むしろ柔軟性の源泉でもあったという視点も提供しています。「派閥がもたらす柔軟性」を失いつつある習近平体制は非常に脆弱な状態にあるのかもしれません。
習近平研究の集大成
最後に紹介するのは『 習近平研究 支配体制と指導者の実像 』(鈴木隆著/東京大学出版会)です。
この本が出版されたときは「習近平研究の集大成」と話題になりました。習近平の演説や論文など膨大な資料を基に、彼の実像と中国共産党の現在の支配体制に迫った1冊です。
2012年11月に習近平が中国共産党総書記に就任した当初、彼がどんな人物なのかが分かる情報が少なく、彼が改革開放期における最初の経済特区である厦門市に赴任していたことから、「市場に理解があり、開かれた思想を持つ人ではないか」とも報道されました。ところが、蓋を開けてみるとゴリゴリの権威主義的政治を展開したことから、最初に期待を高めた人たちほど理想と現実のギャップに驚かされることになりました。
しかし、この本において著者は福建省時代の習近平の発言や論文をつぶさに分析し、その当時から彼が市場開放を実施するならば、体制転覆防止のため「一般大衆には思想統制を、党と政府の幹部には反腐敗と業務態度の改善を」それぞれ強化するよう訴えていたと説明しています。つまり、彼自身は最初から何一つ変わっていないのです。著者はこう名づけています。「支配体制の申し子」。それが習近平なのです。
次回は習近平が君臨する「中国」の社会の形を考える本を紹介します。
文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
3期目がスタートした中国の習近平政権。米中の対立が深まるなか、その毛沢東、韓非子流の統治スタイルはどこに向かうのか――。習氏の幼少期から文革期の下放時代、福建省、浙江省、上海市などでの地方幹部時代を丹念に追い、今後を占う。
桃井裕理+日本経済新聞社データビジュアルセンター著/日本経済新聞出版/2860円(税込み)



