昨今の中国に対しては、脅威論と悲観論が交錯し、どれが正解なのか、どうもよく分からないところがある。そこで、日本経済新聞の記者で、中国に計8年駐在して中国総局長も務めた桃井裕理さんに、「今の中国をより深く理解するための本」を選んでもらった。第2回は中国人と中国社会について。

習近平政権の支持率は?

 前回は習近平と彼が築き上げた一強体制について取り上げましたが、「では、当の中国人民はどう思っているのか」と疑問に感じたかもしれません。デジタル技術を駆使した当局の監視は隅々まで浸透し、若年層の高い失業率が問題となっています。不動産バブルの崩壊や右肩上がりの成長の鈍化で将来不安も高まっています。人々の不満が爆発して現体制が揺らぐ恐れはないのでしょうか。そこで今回は、中国の市井の人たちや中国社会を理解する上で参考になる本を紹介します。

 その前に、よく聞かれる質問なのですが、習近平政権の「支持率」についてお話ししたいと思います。

 比較的裕福で、SNS(交流サイト)を使っているような都市部の人々の間では、支持率は低いと思われます。不動産融資の総量規制によって不動産価格が下落し、景気が後退したため、多くの人々が習近平体制に不満を抱いています。だからといって「現体制を打倒しよう」とはなりません。そんなことをやろうとしただけでも、すぐ当局に捕まったり弾圧されたりするのが分かっているからです。

 一方、本来ならば誰よりも強い不満を持っていそうな貧しい農村部の人たちほど、実は習近平の支持率は高いのではないかと感じています。習近平は、国民の貧富の差をなくす「共同富裕政策」を掲げ、福建時代から脱貧困に取り組んできました。そして中国政府は2020年末に「1人当たり年間可処分所得が約4000元(約6万3000円)以下の農村部の絶対貧困人口ゼロ」の目標を達成したと発表しました。海外メディアはこれについても疑惑の目を向けていますが、本当に絶対貧困人口がゼロになったかどうかはさておき、習政権がさまざまな貧困解消政策を打ち出してきたことは事実です。

 習近平が多用した脱貧困策に「丸ごと移住」というものがあります。私の著書『 習近平政権の権力構造 1人が14億人を統べる理由 』(桃井裕理+日本経済新聞社データビジュアルセンター著/日本経済新聞出版)でも取り上げましたが、「脱貧困」の有名な代表例である寧夏回族自治区の南部にある村は、国連から「人類が住むには適さない」と認定されるほど厳しい自然環境にありました。ひどい乾燥地帯で、井戸水をくむにも山道を延々と歩かなければならないような場所でした。

 習近平は黄河の水を引くことができる平地に新しい村をつくり、村人を集団移住させ、ワインづくりやきのこ栽培、畜産など新しい仕事も用意しました。私も現地で取材をしたのですが、村人にとって習近平は救世主です。「スイッチを押せば電気がつき、蛇口をひねれば水が出る家に移してくれた」「かつての村で飲んだ井戸の水は濁っていて苦かったけれど、水道の水は透明で甘い」と感激していました。

 中国の人口の6割は農村の人々です。中国の長い歴史を見れば、過去の王朝は農民の反乱によって滅びてきました。習近平は確実に岩盤支持層を押さえにいっているとも言えます。

著者は出版後に不審死『毛沢東の私生活』

 中国には農村から都市部まで、世代もさまざまな14億人が暮らしていますが、私自身が中国の人々の考え方や感情を理解するのに、「読んでおいてよかった」と思う2作品があります。

 1作目は『毛沢東の私生活(上)(下)』(李志綏著/新庄哲夫訳/文春文庫)。著者は毛沢東の晩年の主治医とされる人物で、毛沢東や周恩来、林彪ら中国共産党の権力者たちがどんな生活を送っていたかを書いた本です。

 「主治医とされる」としたのは、この本が出版されると「著者は主治医ではなく、医師団の下っ端のほうで毛沢東から声をかけてもらったことはない」「でたらめな内容だ」と中国国内で反論の声が上がったためです。ただ、主治医でなかったとしても、これほどリアリティーがある本は類を見ません。しかも、著者は本書の英語版出版の3カ月後に不審死を遂げた……となると、やはり真実なのでは? と思ってしまいます。

『毛沢東の私生活(上)(下)』(李志綏著)を持つ桃井裕理さん(写真:稲垣純也)
『毛沢東の私生活(上)(下)』(李志綏著)を持つ桃井裕理さん(写真:稲垣純也)

 本書によると毛沢東は辛くて油っこい食事を好み、歯も磨かず、若い女性をはべらせ、権力を脅かす者は追放しました。4番目の妻の江青は夫の浮気に悩み、その不満からわがまま放題で、室内が明るすぎたり暗すぎたり、寒すぎたり暑すぎたり、風通しが良すぎたり悪すぎたりすると、すべてお付きの者のせいにして非難し続けたそうです。

 毛沢東が進めた大躍進政策では経済が破綻し、数千万人の餓死者が出たと言われていますが、そうした惨状をよそに自分たちは特権階級で暴君のような生活を送っている。農民や労働者を救うというスローガンを掲げて革命を成し遂げたはずなのに、実際にはその守るべき人民たちを人とも思っていないことに空恐ろしさを感じます。

 本書は中国では発行禁止ですが、庶民はある程度、晩年の毛沢東のぜいたくぶりも知っていますし、大躍進政策や文化大革命で自分たちがどれほど犠牲にされたかも理解しています。今の中国の特権階級がどれほど特権的であるかも分かっています。それでもただひたすら生きていく。というより、生きていくしかない。それが中国の基層の人たちの人生なのだと思います。

 近年、中国のネットスラングで「ニラ刈り」という言葉が流行しました。中国国民は自らを「ニラ」と呼びます。ニラは生命力が強く、刈り取られてもすぐに生えてくる。自分たちも上層部に経済的に搾取され、刈り取られても、いくらでも代わりがいる存在なのだと自嘲しているのです。人口が多すぎるゆえ、一人ひとりの命が軽く扱われがちな中国ならではのスラングだと思います。

文化大革命で人心が崩壊

 2作目はこちらも中国では発行禁止となった『ワイルド・スワン(上)(中)(下)』(ユン・チアン著/土屋京子訳/講談社文庫)。著者の祖母、母、自らの人生をつづった自伝的小説です。ユン・チアンは文化大革命の最中に14歳で紅衛兵となり、農村に下放されました。その後、苦学の末、英国のヨーク大学で言語学の博士号を取得しました。

 本書を読むと、文化大革命がいかにひどい時代だったかが分かります。私も若い頃に読んで衝撃を受け、何度も読み返してきました。

『ワイルド・スワン』(ユン・チアン著)(写真:稲垣純也)
『ワイルド・スワン』(ユン・チアン著)(写真:稲垣純也)

 そして、中国に赴任して感じたのは、文化大革命を直接経験したり、親や祖父母から伝え聞いたりしている世代は心に大きな欠落を抱えているということです。昨日までの隣人が敵になり、生徒が先生を迫害し、親子で裏切り合い、時には殺し合う。そんな激動の時代を過ごした結果、誰もが喪失感を抱えています。多くの人がそうした痛みを抱えていると理解した上で、中国の人たちと向き合う必要があります。

 また、中国の庶民の政治に対する姿勢も日本人とはまったく違います。政治に不満があったとしても、普通は直接的に批判しません。SNSで隠喩を駆使してつぶやくことはしますが、当局からにらまれれば最悪は命に関わるということが骨身に染みています。日本国民と比べると、政治に対する忍耐のレベルが圧倒的に高いのです。

 習近平政権下では、「小区」による住民の監視・管理体制が強まっています。小区とは日本でいう町内会のようなものです。日常においてはゴミ出しなど生活面での責任を分担するとともに監視もし合う江戸時代の「五人組」に似た存在ですが、2023年からは「反スパイ法」が導入され、住民同士の「反党」や「売国」を監視する性格がより強まっていると言えます。

 日本人の感覚からすれば、「隣人同士で告発したりする、そんな環境ではとても暮らせない」となると思いますが、文化大革命を経験してきた中国の人々にとっては、それは受け入れざるを得ない現実です。

 そんな環境の一方で、政治的なことから距離を置けば、ほかは意外とノータッチ。「変な自由さ」があるのも今の中国の特徴です。その特徴が良い方向で発揮されているのが、起業ラッシュや加速するイノベーションなのでしょう。それも行き過ぎると規制されますが。

 中国の人たちの多くは、政治的な方面では「見ざる言わざる聞かざる」を徹底しつつ、自分たちは自分たちの生活を守りながら好きに生きていこうと割り切っています。そんな割り切りが1つの逃げ道になっているからこそ、中国共産党体制は存続しているとも言えます。

 そのように抑圧された社会の中で、人々はどのようなことを考えながら生活しているのか。統計や制度論では捉えきれない現代中国人の思考と行動様式を浮かび上がらせた1冊が『 シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち 』(斎藤淳子著/ちくま新書)です。中国本は数多くありますが、これほど市井の人々の声や姿を描ききった本はなかなかないと思います。

『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』(ちくま新書)(写真提供:桃井裕理さん)。画像クリックでAmazonページへ
『シン・中国人 激変する社会と悩める若者たち』(ちくま新書)(写真提供:桃井裕理さん)。画像クリックでAmazonページへ

 特に印象深かったのが、中国の人たちの合理性と功利性です。西側からは「監視の手段」と非難されるデジタルサービスも、「便利であるならば多少の監視は受け入れる」としてすぐに使いこなしてしまいます。生き生きとした数々の事例からは、国家やイデオロギーに従うだけでも、完全に対抗するのでもない、「状況に応じて合理的に態度を変える柔軟な主体」としての中国人像が浮かび上がります。そして、紹介される中国の人々の姿はどこまでもパワフルでバイタリティーにあふれており、とても楽しく読める1冊でもあります。

中国全土に張り巡らされた神経系

 最後に、学術書になりますが、『 中国共産党の神経系 情報システムの起源・構造・機能 』(周俊著/名古屋大学出版会)をご紹介します。中国社会が抑圧的である最大の要因は、中国共産党の情報統制と監視にあります。中国を理解するためには最も重要な要素でありながら、中国共産党の分厚い秘密のベールに包まれ、これまでほとんど体系的かつ実証的な研究はありませんでした。著者はその情報システムを党の「神経系」と名づけ、毛沢東の時代からどのように構築され、発展してきたかを膨大な資料から描き出しています。中国を理解する本の上級編としておすすめします。

『中国共産党の神経系 情報システムの起源・構造・機能』(周俊著)。画像クリックでAmazonページへ
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 先ほどもお話しした「反スパイ法」は海外のスパイだけでなく、むしろ国内のスパイを捕まえることを目的にしています。北京市には一般市民が市民の監視に当たる「朝陽群衆」という組織も存在します。

 その人数は北京朝陽区に住む約19万人。最近でも朝陽群衆は有名ピアニストの買春摘発や有名人の薬物使用などを通報するなど数々の「手柄」を立てており、中国国内では朝陽群衆を見習った組織が各地にできるほど。デジタル技術を使った監視だけでなく、人海戦術も健在なのです。

 次回は中国経済に関する本を紹介します。

文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集)