日本経済新聞の記者で、中国に計8年駐在して中国総局長も務めた桃井裕理さんが選ぶ「今の中国をより深く理解するための本」第3回は「殺到する経済」について。計画経済の国である中国は、当局が号令を鳴らした分野への投資が殺到する。EV(電気自動車)も半導体もAI(人工知能)もしかり。しかし、それは大きなリスクと表裏一体であることを忘れてはならない。
中国経済は良いのか、悪いのか
これまで習近平の人物像と、習近平体制における中国の人々についてお話ししてきました。今回は中国経済の行方を読み解く本を紹介します。
中国関連のニュースを見ると、報道が二極化しているように感じます。「若年層の失業率が最悪に」「中国国内で閉店ラッシュ」など中国経済が破綻寸前のような報道が相次ぐ一方、「中国EVが欧州で存在感拡大」「ヒト型ロボットは中国が先行」と報道される。プラスとマイナス、どちらのニュースも同時並行で目に入るため、「中国の景気はいいのか悪いのか、どっち?」と、とまどう人もいるのではないでしょうか。
では、どちらが真実かといえば、どちらも真実です。第1回「 中国14億人を統べる習近平とは何者か 「一強体制」の謎を解く 」でもお話ししたように、中国は人口14億人の巨大な国で、角度によってさまざまな評価が可能です。確かに金融や不動産、社会保障などのマクロ面は問題山積で解決の糸口も見えない状態ですが、中国政府は富国強兵、科学技術立国を掲げ、ロボットやAI技術の開発に莫大な資金を投じ、各産業は成長しています。どれも中国国内で起きていることなのです。
そうした中国経済の成り立ちを理解する上で役立つのが、『 ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界 』(梶谷懐、高口康太著/文春新書)です。
本書はサブタイトルが秀逸で、「殺到する経済」はまさに中国経済の特徴です。どういう意味かというと、中国は計画経済の国ですから、まずは国が、例えば「今後5年間でEVをこれぐらい発展させる」と大きな計画を示します。それが大号令となり、地方の省の目標が出る。次に補助金や税制優遇措置を見込んだ投資が始まる。そして起業ラッシュになるという「殺到」が起き、競争が始まります。
地方のトップは、GDP(国内総生産)をどれだけ成長させたかで評価されますから必死です。習近平もそうでしたが、共産党員は小さな村の幹部から市、省を経て、最後は中央の官僚や政治家になるのが人生のゴールなのです。
本書の特徴は、中国経済を巡る楽観論と悲観論のどちらにもくみせず、中国経済の「光」と「影」を同じ構造から説明しようとした点にあります。著者たちは冒頭で、不動産危機とEV産業の躍進という一見矛盾する現象について、「これら二つの問題はいずれも『供給能力が過剰で、消費需要が不足しがちである』という中国経済の宿痾(しゅくあ)とも言うべき性質に起因」と指摘し、「『光』と『影』は同じ問題から発しているのだ」と分析しています。
「影」の象徴として取り上げられている不動産では、「1999年の着工以来、四半世紀も未完成のマンション」「陸の孤島にそびえ立つ巨大幽霊タワマン」など現場で見た中国の風景から「不動産危機によるチャイニーズドリームの終焉(しゅうえん)」を浮き彫りにしました。その結果、中国人の日常も変化しました。本書では「楽観ムードが消え、人々は借金返済と貯蓄に邁進(まいしん)」し、「スタバからコンビニコーヒーへ……消費ダウングレードが加速」している厳しい現実が市井の人々の姿から描かれます。
ただし、中国は衰退一色ではありません。本書には「『殺到する経済』が原動力となり、価格競争力をもつメーカーが誕生」した様子も描かれています。
本書が指摘した「ピークアウト」とは決して中国経済の終わりを指すものではなく、不動産主導の時代が終わり「殺到する経済」と巨大な過剰供給が生み出す新たな段階への移行を示す言葉なのだと思います。習近平時代以降の中国経済を占う1冊でもあります。
米中チキンレースはトランプの敗北
そして今、「殺到する経済」の最前線にある産業の代表例が半導体です。中国の「自立自強」を実現する上でも不可欠な存在です。その半導体を巡り世界で何が起きているのかを描いたのが、『 半導体覇権 国家に翻弄される巨大企業 』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)です。シリコンバレー、台北、ソウル、北京、東京で取材する日経新聞記者が、現地ルポを交えて書き上げたものです。
副題に「国家に翻弄される巨大企業」とあるように、本書ではエヌビディア、TSMC(台湾積体電路製造)、インテル、サムスン、中国企業、ラピダスなどの企業の動きを「国家戦略・安全保障・サプライチェーン」の視点で読み解いています。ビジネスの本でありつつ、「21世紀の地政学の教科書」でもあると言えるのではないかと感じました。
第5章「『自立自強』を推進する中国の半導体供給網」で特に興味深く読んだのが、華為技術(ファーウェイ)が黒子となって構築しつつある中国独自のサプライチェーンについてのくだりです。
2025年9月、ファーウェイが開いた中核技術に関する説明会で、同社幹部は「我々のAIは半導体からすべてのソフトウエア、ハードウエアまで西側の技術に依存せず、自らのエコシステムを構築していく」と宣言したそうです。さらに、ファーウェイを創業した任正非CEO(最高経営責任者)は西側の技術を入れたシステムを「継ぎはぎの服」と表現し、継ぎはぎではないピカピカの「中国版エルメス」と言えるシステムをゼロからつくり上げるとの意気込みを示しているといいます。
本書は最後に日本企業を取り上げていますが、ファーウェイほどの覚悟を示せるわけでもない日本が、どこまで戦略資産の「仁義なき争奪戦」で生き残っていけるのか……。容易ではないとつくづく思いました。
米中の覇権争いを見ると、最近はトランプのオウンゴールが目立ちます。トランプは第1期、第2期政権で関税戦争を仕掛けましたが、「レアアース」の切り札がある中国は一歩も引きませんでした。
中国の強気の背景には、レアアースという切り札があっただけではありません。習近平はそもそも米国に依存しない中国経済をつくろうとしていますから、仮にトランプの高関税により足元の対米輸出がゼロになったとしても「いずれ来る事態」が前倒しになるだけだという開き直りがあったと思います。もちろん関連する企業やそこで働く人民には大きな痛手にはなりますが、常に優先されるのは国家的課題ですし、もともとトレンドとして米国以外への輸出が急拡大していました。
関税戦争はいわば習近平とトランプのチキンレースです。「ゼロになってもいい」という姿勢で臨まれてしまったら、トランプに勝ち目はありません。

では、中国が盤石かといえば、そうとは言えません。中国経済を確固たるものにするには消費を強くすべきですが、庶民の財布の紐(ひも)を固くしている根本原因である将来不安を取り除く施策(医療や年金の充実など)は後手に回っており、消費はずっと弱いままです。人口減で、国内市場が小さくなっていくという弱点もあります。さらに習近平体制にもいつかは終わりが訪れます。これだけの一強体制の後の政権交代には混乱が伴う可能性もあり、その場合、世界経済も無風ではいられないでしょう。
日本と中国はよく「引っ越しのできない隣人」と言われます。今回ご紹介した本をきっかけに、「ダイナミックではあるが、リスクのとても大きな隣国」への理解を深め、次なる戦略への糧としていただければ幸いです。
文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
株式投資やビジネス判断に役立つ知識として、半導体産業を網羅的に把握したい人のための「日本と世界の行方を読むためのガイド本」。米政府によるインテル支援、TSMC誘致合戦、ラピダスの日本復活構想――これらの底流で各組織の思惑がどう絡み合っているのかを立体的に解き明かします。
日本経済新聞社編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)


