孫正義(通称「マサ」)はウィーワークに計44億ドルを投じた。ウーバーとエアビーアンドビーに次ぐ企業価値があると見込んだ賭けだった。創業者アダム・ニューマンにマサは説いた。闘いに勝つのはクレイジーガイだ。だが、君はまだ十分にクレイジーではない――マサの投資判断が垣間見えるニューマンとのやりとりを、『勝負師 孫正義の冒険(上)(下)』(ライオネル・バーバー著/村井浩紀訳/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

わずか12分間の本社視察で巨額投資を決断

 2016年12月6日、マサはニューヨーク市のチェルシー地区にあるウィーワークの本社を訪ねることになっていた。しかし、例によって遅刻してしまい、次期大統領トランプとの面会時間が迫っていた。予定では2時間の本社視察だったが、わずか12分間歩き回っただけで終わった。

 体裁を気にしないマサは、ウィーワークの創業者アダム・ニューマンに北に38ブロック進んだ先にあるトランプ・タワーに着くまでの間、自分のSUVに同乗するよう誘った。後部座席が空いていた(*1)。

 ニューマンはプレゼンテーション資料をプリントしたものを持参していた。これからの仕事場はどうあるべきか、その様子を描いたものだった。格好良く、ハイテクで装備されたオフィス・スペースには、クッションやペロトン[レッスン動画の表示機能が付いたフィットネス機器]、たっぷりの無料のアルコール飲料が用意され、それぞれの立地は最先端のテクノロジーを利用して選ばれていた。

 マサは手を振って説明を打ち切らせた。常に持ち歩いている自分のiPadを取り出すと、その画面にソフトバンクとビジョン・ファンドからウィーワークに計44億ドル[約4800億円]を投資するという計画の概要を記した。永遠の強気派のニューマンでさえ一瞬言葉を失うほど多額だった。

 30分後、マサはデジタル版の「ナプキン契約書」の画像データを送付した。そこにはグローバルなパートナーシップの概要が示され、走り書きされたニューマンの青い署名と、その横には大文字のマサの赤い署名が並んでいた。

 ソフトバンクからの投資はウィーワークの企業価値をヒルトンのホテル・グループと同等の200億ドルと見積もっていた。これを上回る注目のスタートアップ企業はウーバーとエアビーアンドビーだけだった。

 38歳のニューマンは天にも昇る気分だった。ソフトバンクからの新たな資金注入は不動産の大手企業を築き上げるのに役立つ。もっとうれしいことに、彼の持ち株の価値は紙の上では10億ドルに達していた。

 幹部たちが抱き合い、ハイタッチを交わす中、元ゴールドマン・サックスの投資銀行家でウィーワークの取締役会に加わることになったマーク・シュワルツが注意を促した。

 マサは熱しやすく冷めやすい。今はウィーワークに大いに情熱を注いでいる。しかし、彼が冷め始めたときには用心せよ、という警告だった(*2)。

マスク、ベゾス、ゲイツが一つになったような人物

 マサがアダム・ニューマンの姿を初めて目にしたのは2016年1月、ニューデリーで開かれたスタートアップ・インディアというイベントでだった。主役は首相のナレンドラ・モディだったが、身長6フィート5インチ[196センチ]、彫りの深い頬骨、流れるような黒髪、そしてイエス・キリストのような容貌のニューマンが話題をさらってしまった。

 アダム・ニューマンはこれまでの人生の多くを困難との闘いに費やしてきた。彼は失読症だった。医師の両親は彼が7歳のときに離婚した。イスラエルの海軍兵学校を卒業して士官となり、ハイファを母港とするミサイル艇に乗り込んだ後に除隊した。

 軍役についてははっきりしない部分がある。ニューマンは一部の友人たちに、自分は従順とは言えない下っ端だったと話し、ほかの友人たちは彼からペルシャ湾で戦艦を指揮していたと聞いたという(*3)。

 ニューデリーでこの日、ニューマンはまるでこの亜大陸でずっと暮らしてきたかのように、インドの精神的遺産について語った。起業に関与する人々が資金調達や企業としての評価額、バブルのリスクについてばかり話していることに疑問を呈した。

 「それらはゴールではありません。ゴールは本当に愛情を傾ける対象を見つけることです」と強調した。「そこに意志が込められているかを確認してください。この世界をより良い場所にすることを確認してください」

 その晩、マサがスニル・ミタルの自宅で夕食をともにしていると、ニューマンが30分ほど遅れたものの、軽快な足取りで入ってきた。住所がよく分からなくて探していました、と警備員を無視しながらニューマンは言った。見つけられなくて諦めかけたが、この区画で最も大きな邸宅に賭けたところ、正解だった(*4)。

 これがアダム・ニューマンだった。見るからに誠実だが、型破りな性格で無謀に限りなく近かった。マサと同じく、別の惑星で活動している印象があった。そこでは、すべてが可能で、お金は大した問題ではなかった。それが他人のものであればなおさらだった。

マサはウィーワーク本社をわずか12分間視察しただけで、計44億ドル[約4800億円]を投資した(写真:nmann77/stock.adobe.com)
マサはウィーワーク本社をわずか12分間視察しただけで、計44億ドル[約4800億円]を投資した(写真:nmann77/stock.adobe.com)
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 「マサはアダム・ニューマンを(キリストの)再臨と考えていました」。当時ソフトバンクのニューヨーク拠点でベンチャー企業向け投資を担当していたジョーディ・レヴィはこのように振り返った。

 「イーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、そしてビル・ゲイツが一つになったような人物と見なしていました(*5)」

何かを視覚化できたなら、それは真実に違いない

 それまでほとんど話し合ったこともない創業者に衝撃的な額のお金を大胆に投じる。この非合理に見える決断のパターンに、マサのウィーワークに対する何十億ドルもの投資の約束は当てはまっていた。

 しかも、ある意味で今回の決断は、マサに「変容の瞬間」が訪れていたことを示していた。自分の判断と投資対象の創業者の可能性に揺るぎない自信を持つ。そのような場面が大きなリスクを取って大きな報酬を狙うベンチャーキャピタルの活動に必ず到来する。業界用語で言うところの「ムーンショット」型の投資に踏み出すときである。

 ただし、マサの場合には、より深い心理的な作用が働いていた。何かを視覚化できたなら、それは真実に違いないと受け止める、というのが彼のビジネスと人生全般における基本姿勢だった。一方で、このアプローチには自分と同類の夢想家や、ビジネスにおける帝国建設、世界征服について語る巨大なエゴを持った個人の影響を受けやすい面があった。

 あるソフトバンクの同僚は、ロナルド・レーガンと彼が抱いた「スター・ウォーズ」ミサイル防衛システムへの確固たる信念の組み合わせが、喩(たと)えとして最も近いと述べている。

 冷戦の真っただ中、レーガンは自らの戦略防衛構想(SDI)がソ連を交渉のテーブルに着かせ、最終的には世界から核兵器を一掃させると考えた。専門家たちはレーガンに宇宙配備型のミサイル防御は実現困難だと解説した。しかし、レーガンは聞き入れなかった。自分の目で見て確かめると突っぱねた。

 マサは同じ基準をウィーワークのニューマンを含め、自己肯定感が過大な創業者たちに適用した。彼らがはったり屋であろうと、浪費家であろうと、重要なのは彼らが夢を持ち、目標を高く掲げたことだった。

 現実の世界では、アダム・ニューマンは仲介者に過ぎなかった。オフィス・スペースを大量に仕入れて、顧客に柔軟なリース契約、おしゃれなデザイン、そしてインターネットへの接続や受付業務、郵便の受け取りなどのサービスを提供して、より高い料金で貸し出した(*6)。

 ウィーワークがほかの不動産会社とどのような点で違うのか首をかしげる人々に、ニューマンは一言、文化だと答えた。彼はウォール街に、イスラエルのキブツ[農業共同体]に似た楽しい共同生活という幻想を起業家的なひねりを加えて売り込んだ(*7)。

「君はまだ十分にクレイジーではない」

 2017年3月、ニューマンは東京に赴き、ソフトバンクによる44億ドルの投資計画に謝意を表した。ニューデリーでのイベントで目的を持って利益を得ようと訴えた彼は、ソフトバンク側との合意によって多額の含み益を手にすることになった。その後の持ち株の売却は、新興企業のCEOによるものとしては、最高額の事例の一つとなった。

 必要書類への署名が終わると、マサによる驚きの演出が待っていた。ニューマンがマサに導かれてダイニングルームに進むと、中国の配車サービスの最大手であるディディ(滴滴出行)の創業者、チェン・ウェイ(程維)がいた。ディディはアメリカのライバル企業のウーバーを熾烈(しれつ)な料金競争の末に打ち負かした。

 双方を支援してきたマサだったが、ディディの世界的な野望を後押しするために60億ドル[約6600億円]を追加投資すると約束していた。父親のような指南役のマサは、ニューマンには中国での激戦から学ぶべきことがあると説いた。

 「闘いに勝つのは、スマートガイとクレイジーガイのどちらだろう?」
 マサはニューマンをじっと見つめながら尋ねた。

 「クレイジーなほうです」とニューマンは答えた。

 「そのとおりだ」としながらもマサは「君はまだ十分にクレイジーではない」と注文をつけた(*8)。

*1 Eliot Brown and Maureen Farrell, The Cult of We: WeWork, Adam Neumann, and the Great Start-Up Delusion, HarperCollins, 2021, pp. 166‒167.
*2 Ibid.
*3 Reeves Wiedeman, Billion Dollar Loser: The Epic Rise and Spectacular Fall of Adam Neumann and WeWork, Hodder & Stoughton, 2021, pp. 16‒17.
*4 筆者によるスニル・バーティ・ミタルへのインタビュー。2022年9月8日。
*5 筆者によるジョーダン・レヴィへのインタビュー。2022年4月28日。
*6 Brown and Farrell, The Cult of We, pp. 212‒213.
*7  Jewish Currents, 5 November 2020.
*8 Brown and Farrell, The Cult of We, p. 216.
希代の勝負師、孫正義。東洋と西洋をつなぎ、世界の常識を破壊した男の原点とは? フィナンシャル・タイムズ(FT)前編集長が膨大な取材を元に描いた決定版伝記。日本から決して見えない「マサ」の真実。

ライオネル・バーバー著/村井浩紀訳/日本経済新聞出版