2026年5月、パランティア・テクノロジーズが渋谷のホテルでミートアップを開催した。会場を取り囲むように長蛇の列をなした若者たちの前に、同社の共同創業者で『 テクノロジカル・リパブリック 国家、軍事力、テクノロジーの未来 』(アレクサンダー・C・カープ、ニコラス・W・ザミスカ著/村井章子訳/日本経済新聞出版)の著者の1人、カープ氏が登場し、本を彼らに投げ渡した。アメリカへの「愛国心」を掲げる企業を包む「高揚感」は何を意味するのか。本書に通底する「同時代を生きる私たちが共感せざるを得ない願望」を哲学者・宗教学者で関西学院大学神学部准教授の柳澤田実氏が読み解く。
公共への献身を求める個人主義者たち
2026年5月26日、『テクノロジカル・リパブリック』の著者たちが幹部を務めるテック企業、パランティア・テクノロジーズのミートアップが東京都渋谷区のホテルで開催された。
衆目を集めたのは、そこに集まった若者たちの長蛇の列だった。ビッグデータ解析およびAI(人工知能)関連のソフトウエアを、民間企業だけでなく国家に売る企業であるパランティアは、昨今、軍事計画や移民管理への関与を理由に欧米諸国では批判されることも多い。この一筋縄ではいかないビジネスを担う一企業のイベントに、いくら無料とはいえ、日本の若者が大勢集まっていた。「Business Insider」によると、ミートアップの会場では、75ドルのロゴつきバケツハットが数百個売り切れたそうだ。
このイベントには本書の共著者の1人、パランティア・テクノロジーズのCEO(最高経営責任者)、アレックス・カープ氏も駆けつけたようだ。パランティアの公式SNS(交流サイト)が発信した動画で、カープ氏が参加者たちに投げ渡していたのは、ほかでもない本書『テクノロジカル・リパブリック』である。
本書は、パランティアの立場表明である。中核を占めるのは、高度なテクノロジー産業は、国家の国防軍事のためにこそ貢献すべきだという主張で、とりわけ核に代わる抑止力としてAIが台頭する今、それが必須だと述べられている。
この主張を根拠づけるべく、本書の第1部では、もともと国防総省の支援のもとでコンピューターやインターネット事業を興したシリコンバレーのテック業界が、自らのルーツを忘却し、携帯電話のアプリなど、カスタマー向けの金儲(もう)け事業に邁進(まいしん)している状況が痛烈に批判されている。
続く第2部では、こうした状況の背景として、1960年代のリベラルな対抗運動以降、アメリカ人から愛国心や信念が失われ、事なかれ的な相対主義や物質主義が蔓延(まんえん)しているという「アメリカン・マインドの空洞化」が示される。そして第3部では、自由度が高く現実的なシリコンバレーの工学的精神の可能性が示され、第4部ではそのようなアーティスティックな工学的精神を持つテック業界こそ、愛国心を再獲得し、政府とともに技術共和国(テクノロジカル・リパブリック)を築き上げるべきだと呼びかけられている。
AIの急速な進化と重要度の上昇という流れのなか、2025年に原著が出版された本書は、間違いなく時宜に適(かな)っていた。アメリカ合衆国ではベストセラーになり、1年遅れで公刊された邦訳も広く読まれているようだ。欧米のメディアでは、本書を哲学者ユルゲン・ハーバーマス氏の指導を受けたこともあるカープ氏による思想書(実際、学術書の引用は多い)と評する意見もあれば、パランティアという一企業の単なる自己宣伝と揶揄(やゆ)する評者もいる。本書が、パランティアのマニフェストであることは間違いない。だが同時にこの本が、単なる広告にとどまらない重みを持つこともまた確かだ。
同時代を生きる私たちが共感せざるを得ない願望
本書の根底には、同時代を生きる私たちの多くが共感せざるを得ない願望がある。その願望とは、個人として自由でありたいが、同時にその欲求を社会のために生きることと両立したいという切実なものだ。集団への帰属意識を忌避した結果、金儲け以外の目的を持つことができないという、テックのみならず現代人全般に見いだされる心理的傾向への嫌悪が、本書には何度も顔を出す。
カープ氏は、ユダヤ系とアフリカ系のリベラルな両親のもとで育ち、失読症などの障害に苦しみながら勉学に勤しみ、権威的な組織に馴染(なじ)めないエリートが集まるテック業界で地位を得た。マジョリティに馴染めない彼にとって、他者のために生きる道を見いだすことは実存的な探究だったはずだ。その最適解として“愛国心”を発見した彼の高揚感が、本書の基調になっている。
この最適解としての“愛国心”は、個人の自由を守る民主的な西洋諸国においてのみ成立し得るものだ。この個人の自由のためのナショナリズムは、自称リベラルなカープ氏だけでなく、パランティアの創業者であり現会長のピーター・ティール氏らリバタリアンのテック右派たちも共有する。自由を謳歌しながら公にも貢献し、事業としても巨大な収益を生むことができるなんて最高だ! ということなのだろう。
本書の最後には以下のように書いてある。
テクノロジカル・リパブリックの再建には、共通経験、目的やアイデンティティの共有、人々の心を一つに結びつける市民的儀式といったものが欠かせないだろう。(305ページ)
渋谷区で開催されたミートアップは、彼らが築き上げようとしている技術共和国の市民的儀式だったのかもしれない。ある意味では物理的な国境を超えた“愛国心”が、共通経験、目的、アイデンティティ、そして投資を介して醸成されていく。
この会社を駆動する、単なる金儲けに尽きない“信念”は偽物ではない。しかしだからこそ、彼らの“信念”にコミットすることがどのような意味を持つのかと問うことが、アメリカ人でさえない私たちにとって一層重要であるのは間違いない。
