次々に世界を驚かせるような巨額投資を発表するソフトバンクグループの孫正義氏。日本に本社を置く企業でありながら、孫氏のことを日本のジャーナリストが取材するのは非常にハードルが高いそうです。その孫氏に4回取材したフィナンシャル・タイムズ紙(FT)の前編集長による著作 『 勝負師 孫正義の冒険(上・下) 』(ライオネル・バーバー著、村井浩紀訳/日本経済新聞出版)の読みどころを、20年以上にわたり通信業界の取材を続けてきたジャーナリストの石川温さんが解説します。
仕事柄、ソフトバンクグループの孫正義会長に関する書籍を何冊か読んでいる。その中でも、今回、読み終えた『 勝負師 孫正義の冒険(上・下) 』(日本経済新聞出版)は、孫正義という人物に冷静沈着に迫っており、本当に読み応えがあった。上下巻で600ページほどになるが、1日もかからず読み終えてしまった。
著者はライオネル・バーバー氏。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)で2005年から2020年1月まで15年間、編集長を務めた人物だ。
孫氏を語る上で「錬金術」の分析は不可欠だ。
その点、FTの前編集長だけあって、孫氏の部下や関係者など、実に多くの人物に取材しているのが興味深かった。SBノーススターの責任者であるアクシェイ・ナヘタ氏、ソフトバンク・ビジョン・ファンドのトップであるラジーブ・ミスラ氏と孫氏の関係性、彼らが語る孫氏について食い入るように読んでしまった。
どんな人物が動き、どこから、どんな手法で投資先への資金を集めたのかが見えてきた。しかも、そのスキームに対しての「内部告発」の中身も理解できた。
日本で孫氏の取材をするのは実にハードルが高い。
私自身は通信業界での取材がメインであるため、孫氏をこまめに取材するようになったのはソフトバンクが携帯電話事業を検討し始めた2004年ごろからとなる。
ボーダフォンの買収、iPhoneの販売、イー・アクセスの買収、プラチナバンド獲得など孫氏が携帯電話事業にのめり込んでいるときは決算会見だけでなく、記者会見などにも登壇したため、孫氏に直接、質問する機会も多かった。
しかし、孫氏が携帯電話事業に飽き、ロボット事業である「Pepper」に注力するようになると、携帯電話関連のイベントには登壇しなくなってしまった。それでも数年前まで決算会見には出ていたが、WeWork(ウィーワーク)への投資に失敗し業績が悪化したことで2022年11月の決算会見以降は姿を消してしまった。
現在、メディアが孫氏に質問できる機会はほとんどなく、年に1回、株主総会という名の「ファン感謝デー」で、株主からのたわいもない質問に答えるだけとなってしまった。
メディアが孫氏に直接、インタビューを申し込んでも、ほとんどの場合は、門前払いされてしまう。その点、ライオネル・バーバー氏は4回も孫氏に直接、インタビューしているのだから、よほど、本人と広報担当者から信頼されているということだろう。
ライオネル・バーバー氏が信頼にたるジャーナリストだと実感するのは「孫氏の発言をうのみにしていない」という点に尽きる。
例えば、孫氏はiPhoneについて常々「自分が大きなディスプレーのiPodにアップルのOSが載ったモバイル対応機器、iPhoneの原型となるスケッチをスティーブ・ジョブズに見せた」と語り、ジョブズから「それはいらない。自分のがあるから」と断られたという経緯を語っている。
そのこともあって、実際にiPhoneが日本で発売される3年も前にジョブズがソフトバンクに独占販売権を与えたということになっている。
さらにアップルが「電話ができるiPod」を開発中だと分かっていたからこそ、ボーダフォンを買収して携帯電話事業に参入したという話になっている。
ただ、ライオネル・バーバー氏はこの有名なエピソードを「実際の経緯がどのようなものであったにせよ」とあまり信用していない書きっぷりで表現している。孫氏自身、自分のことを「オオボラ吹き」と語るだけに、話半分程度に聞いておくのがいいとバーバー氏も分かっているのだろう。
孫正義氏に「人を見る目」はあるのか
20年近く孫氏を見てきて感じるのは「孫氏は人を見る目があるのだろうか」ということだ。
スプリントの再建に貢献したマルセロ・クラウレ氏、元グーグルの幹部であったニケシュ・アローラ氏などは孫氏の後継者のように語られていたが、結局、大金を握りしめてソフトバンクグループを去ってしまった。アローラ氏は「毎晩、何時間も電話で話す仲」というほど孫氏が寵愛(ちょうあい)していた時期もあった。
私自身、孫氏が最も「人を見る目がなかった」と感じたのが、WeWorkへの投資だ。特にCEOであったアダム・ニューマン氏の本質を見抜けなかったのは孫氏にとって最大の後悔ではないだろうか。
WeWorkは一言でいってしまえばレンタルオフィスだが、孫氏は「WeWorkはAI企業だ」と決算会見で力説していた。あの発言を見て「孫氏はAIのことを何も分かっていないのではないか」と落胆した記憶がある。
目下のところ、心配なのは孫氏が、オープンAIのCEOであるサム・アルトマン氏に心酔してしまっていることである。同社とともに「クリスタル・インテリジェンス」という最先端の企業向けAIを作ろうとまい進している。
ソフトバンクグループはオープンAIに対して5兆円近い出資を行う。また、クリスタル・インテリジェンスを実現するため、年間4500億円を支払い続けるという。
クリスタル・インテリジェンスのコンセプトは理解できるが、本当に年間4500億円の価値があるのだろうか。孫氏はサム・アルトマン氏の「金づる」になってはいないのか。
まさに孫氏はオープンAIで人生最後の勝負を挑もうとしている。果たして、成功するのか失敗するのか。この本を読んでおくと、孫氏やその周りにいる関係者との構図が理解できるだけに「クリスタル・インテリジェンス」の将来がさらに面白く見えてくるはずだ。
