帝国主義と反動派はハリコの虎である。まず下級幹部に教えを請い、それから命令を下す。先に分散し孤立した敵を攻撃し、それから集中した強大な敵を攻撃する――。中華人民共和国の建国の父の言葉を集めた『毛沢東語録』は、大躍進や文化大革命で何千万人もの犠牲者を出した毛沢東自身への評価とは別に、中国の行動原理を知るうえで読み返したい一冊である。
米国は張り子の虎
「米国は張り子の虎だ。はったりなど信じるな。一突きで破裂する(But America is just a paper tiger. Don’t believe its bluff. One poke, and it’ll burst.)」。トランプ米大統領がエスカレートさせる対中関税を受けて立つように、中国外務省の報道官は2025年4月11日、毛沢東(1893~1976年)の言葉をX(旧Twitter)に英語で投稿した。
「張り子の虎」とは懐かしい言い回しである。米中の対立が激しさを増すなか、いま中国では毛沢東の発言や行動、そして著作にスポットライトが当たっている。建国の父の言葉を集めた『 毛沢東語録 』(リンクは竹内実訳/平凡社ライブラリー)を改めてひもといてみると、あった。第6章「帝国主義とすべての反動派はハリコの虎である」の冒頭である。
この『毛沢東語録』は1966年から10年に及んだ中国の文化大革命で、紅衛兵が手にして「毛沢東万歳!」を叫びながら掲げた赤いビニール装の冊子である。若い労働者や兵士、学生たちは「造反有理」、つまり反抗するものには理由があると叫び、既存の組織の幹部たちを打倒していった。日本を含む先進国の学園紛争にも造反有理のスローガンは瞬く間に広がり、『毛語録』はそのシンボルになった。
「見たところ、反動派は恐ろしい格好をしていますが、実際はたいした力はないのです」(6章1節 1946年8月の発言)。そして「真に強大な力を有するのは反動派ではなく、人民なのです」。これだけの言い回しだったら、空元気ともとられかねない。毛沢東で見逃せないのは神出鬼没なところである。
「本質的・長期的・戦略的に見るならば、帝国主義の反動派はハリコの虎」なのだが、一方で「かれらは生きた、鉄の、本物の虎であって、人を食う」。帝国主義がハリコの虎との観点のうえに中国共産党は戦略思想を打ち立てるが、戦術思想は相手方が本物の虎との観点のうえに構築される(6章2節 1958年12月1日)。緩急自在、戦略と戦術の二枚腰が『毛語録』の持ち味である。
先見性が光る、と言いたいが、そう単純ではない。「帝国主義者の寿命は長くない」(6章4節 1958年9月29日)。「東風が西風を圧倒している、つまり、社会主義勢力が帝国主義勢力に対し圧倒的優勢を占めている」(6章6節 1957年11月18日)。どっこい実際には1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、帝国主義国より早くソ連・東欧の社会主義国が総崩れとなった。
その中国でも1989年6月には、学生を中心とした自発的な体制批判である天安門事件が起こり、社会主義体制が足元から揺らいだ。毛沢東の思想も清算されるかにみえたが、時の最高指導者・鄧小平(1904~97年)の回答は、共産党の一党独裁の手綱を緩めず、経済の改革開放にアクセルを踏むことだった。この路線が成功した。中国は世界2位の経済大国となり、今や米国と覇権を争うまでになったのだ。
いったんは表舞台から退いていた毛沢東の存在に再び光が当たるのは、歴史の皮肉である。今や米中の両横綱ががっぷり組み合う。簡単には決着が付きそうもない。文化大革命時代に青春時代を過ごした習近平国家主席が、毛沢東を心の支えとするのも偶然ではない。
かくて1937年に始まった日中戦争下の『持久戦論』が、折に触れて持ち出される。毛沢東が1938年5~6月に延安で行った講演を、同年にまとめたものだ。
「政治は血を流さない戦争 戦争は血を流す政治」
『毛語録』にそのエッセンスが紹介されている。例えば、クラウゼヴィッツの『戦争論』に出てくる戦争の定義。「戦争は別の手段による政治の継続である」。毛沢東が『持久戦論』で示した解釈はこうだ。
「政治が一定の段階まで発展して、もはや今までどおりに前進できなくなる。そこで、政治の途上の障害を一掃しようとして、戦争が勃発する。…障害が一掃され、政治の目的が達成されると、戦争は終結する」(5章2節)。政治と戦争の関係はずばり、「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治である」(同)。
米中の関税戦争はまさに「血を流さない戦争」なのである。習近平主席が台湾の統一実現に武力行使の可能性を否定しないのも、「血を流す政治」を肯定しているからだ。
そして戦争には、正義の戦争と不正な戦争が存在する。「進歩のための戦争は正義の戦争」であり、「進歩をはばむ戦争は不正な戦争」である。そして「可能性さえあれば、戦争によって戦争に反対する。正義の戦争によって不正な戦争に反対する」。いずれも5章3節、『持久戦論』からの引用である。
毛沢東が「革命戦争」を積極的に位置づけていることから目を背けてはなるまい。5章4節は『矛盾論』(1937年8月)を引く。「革命と革命戦争は不可避である。これなしには、社会発展の飛躍を完成させることはできず、…人民に政権を獲得させることはできない」。そう「鉄砲から政治権力が生まれる」(5章6節 1938年11月6日)。
毛沢東が復権したいま、中国が米国に対して心を許すことはあるまい。「滅亡するまで、帝国主義者はけっして肉切り包丁をすてることを承知しないし、悟(さとり)をひらくこともできない」(5章17節 1949年8月14日)からだ。「たとえ何年であろうと、アメリカ帝国主義がやめたくなるまで、…われわれは戦いつづける用意をする」(7章7節 1953年2月7日)
組織や経営の指南書として
米中対立の一方の当事者である中国を読み解くうえで、『毛語録』は貴重なテキストとなる。だが、そればかりではない。兵士向けの格言集だったこともあって、組織や経営の指南書として読むことも十分に可能なのである。「先に分散し孤立した敵を攻撃し、それから集中した強大な敵を攻撃する」で始まる10の軍事原則(8章9節 1947年12月25日)などは、営業現場の手引きともなる。
取り組むべき課題が多くあり錯綜(さくそう)している場合でも、「かならず一つ、主要なものがあって、指導的・決定的な役割をする」「この主要矛盾をつかめば、あらゆる問題はやすやすと解決できる」(22章33節 1937年8月)。『実践論』のこの言葉は組織を率いるリーダーの心得だ。そのためには「調査なくして発言権なし」(23章1節 1941年3月および4月)。
「理解できないことや知らないことは、してはならない。…まず下級幹部に教えを請い、それから命令をくだす」(10章5節 1949年3月13日)。「胸に『数』あり。すなわち、状況と問題について、かならずその量的側面に注意し、基本的な数量の分析をすべきである」(10章8節 同)。この辺はマネジメントの教科書ともなる。そして重要なのはタイミングだ。
「大衆が目覚めていないのに、われわれが進撃するなら、それは冒険主義である」「大衆が前進を要求しているのに、われわれが前進しないなら、それは右翼日和見主義である」(11章11節 1948年4月2日)。「せっかち病も誤り、追随主義という「のろま病」も誤りなのだ」(11章12節 1945年4月24日)
共産党政権を誕生させてからの毛沢東は、大躍進政策や文化大革命で何千万人もの犠牲者を出した。にもかかわらず、彼の肖像はいまだに天安門広場に掲げられている。それは現在の中国が毛沢東の作品だからであろう。中国が存在感を増す中で、『毛語録』に接することは、彼らの行動原理の一端に触れることでもある。
写真/スタジオキャスパー
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