「異なるブロックチェーン同士の相互運用性がないという課題を解決し、世界をつなぎたい」と強い情熱をもってWeb3.0(Web3)の実現に挑む起業家の渡辺創太さん。「法人が期末に仮想通貨を持っているだけで課税される」ので、シンガポールに移住せざるを得ませんでした。その背景やWeb3の未来を、『 仮想通貨とWeb3.0革命 』(日本経済新聞出版)の著者、千野剛司さんと語り合いました。本書から抜粋、再構成してお届け。
未来の若者への投資
日本に帰国したけれども、シンガポールで起業されたんですね。それはなぜですか?
渡辺創太さん(以下、渡辺) いっぱい問題はあったんですが、やっぱり法人の期末課税ですね。法人が期末に仮想通貨を持っているだけで、課税されるんです。我々はアスタートークンを自社で発行しています。
例えばその時価総額が2000億円で、我々が半分の1000億円を持っているとします。今年の期末である12月をまたぐと、0円から1000億円持っていることになり、この1000億円に対して課税されます。税率が約30%なので、払わなくてはいけない税金が約300億円。無理ですよね、破産します。それがシンガポールでは税金がかかりません。
千野剛司さん(以下、千野) 転売して実際に損益が確定した段階で税金を払うのはまだしも、仮想通貨を持っているだけで払わないといけないと。最初から夢をつぶされるようなものですね。この税制では日本での起業はかなり難しいですね。
起業するにはシンガポールが第1候補だったのですか。
渡辺 場所に関しては、どこでもいいかな、と。シンガポール、スイス、ドバイ……と考えましたが、シンガポールは日本人が住みやすいと思います。でも、僕はミニマリストなので、「明日ドバイに行け」と言われたら行けます。
千野 本当は日本に住んで、日本で起業したいですか。
渡辺 いい質問ですね。食事や住環境、ストレスのなさで言うとやっぱり日本が断トツです。仮想通貨の業界は“get rich quick”、若くして一攫(いっかく)千金できるんですね。でも、僕はそこには情熱がなくて、服はもらいものやユニクロ、車の免許も持っていないです。
だから、仕事をしているのもやりがい的な部分です。もし、日本政府が国家ファンドを1兆円ぐらいつくって、本当にWeb3の覇権を取りにいくんだったら、僕は戻ります。でも、「Web3を国策にするまで2~3年かかります」となったら、その間にゲームセットしてしまう。アメリカに覇権を取られるから、日本でWeb3をやるテンションが上がらないですよね。
千野 アメリカを含め、他国は国家単位でWeb3の覇権を取りに来ている印象はありますか。
渡辺 取りに来ています。アメリカは2022年3月にバイデン大統領が、「180日以内に仮想通貨のリスク評価と、そのポテンシャルの見解を示せ」と大統領令を出しました。
これでアメリカの意気込みが変わったと思います。シンガポール、ドバイに関しては本当にWeb3を次の大きな産業にするという決意を感じます。シンガポールは、「Web3のDeFi(分散型金融)やDAO(自律分散型組織)が金融の未来になる可能性がある。仮想通貨にリスクがあるのは承知をしている。ただ、そのリスクを恐れるほうが国として大きな損失になる可能性がある。我々は仮想通貨とDeFiを推進する」ということを言っています。
もう、その意気込みがかっこいいなと。もっと税金を払いたくなりますよ。
千野 日本にはメリットがないですもんね。安心・安全ぐらいしかない。
渡辺 やっぱり、未来を向いている国で生きたいじゃないですか。僕は今、26歳ですが、日本の「失われた30年」で生きてきたので、人生がそのまま失われた時間です。もう、ぶっちゃけ希望もない(笑)。
だからこそ、ここで日本政府が、「Web2では負けたけれども、Web3は国策として本腰を入れてやる、予算も用意する」というのは未来の若者への投資なんです。日本政府がビットコインを1000億円、2000億円分買う、となったら世界から注目が集まります。新しいテクノロジーへの意気込みもみせられる。確実にアメリカを抜けますよ。
柔軟な発想ができないと道を誤る
渡辺 Web3もそうですが、新しい技術が出てきたときに柔軟な発想ができないと、道を誤るんですよね。例えばパーソナルコンピュータが出てきたときに、IBMの社長が、「パーソナルコンピュータは世界で売れても5台ぐらいだ」と言ったとか、アイフォーンが発売されたときに、ひろゆきさんが「1カ月後にアイフォーンを使っている人なんていない」と言ったとか。
僕は、新技術の本質を見極めるのが大事だと思っています。例えば、アイフォーンを「電話機」として考えると、ガラケーのほうが便利ですが、アイフォーンにはGPSやカメラ、アプリケーションストアがあっていろんな使い方ができるじゃないですか。
それと同じで、ブロックチェーンが新しくできることは何かというと、ユニバーサルな価値の移転、二重支払いの防止、取引の信頼コストを下げること。これは全部パブリックブロックチェーン(誰でも取引の承認に参加できるブロックチェーン)の特性なんですね。
どういうことですか。
渡辺 ブロックチェーンを使うことで、価値の複製と二重支払いがオンラインでできなくなりました。NFT(非代替性トークン)にしてもビットコインにしても、誰でもつくれるアカウントさえあれば、“Peer to Peer”(個人同士の取引)で数分で価値を送ることができます。
今まで大企業や国に頼らざるを得なかった取引が、ビットコインやイーサリアムを信用すること、もしくはそれらを信用している人を信用することで成り立つようになってきている。信用によって取引コストが低下しているのです。
今、パブリックブロックチェーンを使わない人たちは、「遅い」「プライバシーがない」という理由です。でも、それは技術の問題だからいつかは解決するし、パブリックブロックチェーンの技術的な課題と向き合い続けたほうが、将来的に明るいんじゃないかなと思います。アメリカがすごいなと思うのは、VISAやテスラ、ツイッターといった大企業がパブリックブロックチェーンに取り組もうとしているところですね。
千野 技術の本質的なところを見誤ると、結果が大変になると。今後は、特定の企業などが参加者を管理するようなプライベートブロックチェーンではなく、誰もが参加可能なパブリックブロックチェーンが重要になりますね。それでも日本企業で実用に向けたブロックチェーンの話題が盛り上がらないのは、基本的にパブリックブロックチェーンという発想がないから。
どうしてかというと、やっぱり自分たちの経済圏を守るため。要は新しい技術っていうのは、彼らにとっては脅威なんですよ。プライベートブロックチェーンを前提とすると「今まで通り○○ポイントでいいじゃん」となりますよね。
渡辺 アメリカでプライベートブロックチェーンに力を入れようとしている会社は、僕は知らないですね。
千野 そうすると、日本はどうしたらいいんでしょうね。別の対談でも悲観的な内容になってしまったんですが。日本のWeb3に未来はありますか。
日本がWeb3で勝つ秘策は「カイゼン」
すでに出遅れている日本が、Web3で他国に勝てるのでしょうか。
渡辺 今後のブロックチェーン領域でビジネス的に勝つためには、イノベーターである必要はないんですよ。エコシステム内の主要なネットワークであるレイヤー1ブロックチェーンだけを見ても、もうソラナ、アバランチ、バイナンス、イーサリアムとかたくさんあります。我々の強みは、それを改善する速度と粒度。
でも、実はゼロから開発するよりもラクです。我々がつくっているアスターネットワークがレイヤー1ブロックチェーンとして成長するために、他のブロックチェーンのデータを分析・解析して、戦略を立てています。そして、「今週この数字を達成できたけれど、この数字はできていない」「ここにもうちょっと予算を割くべきでは」といった課題を毎日ディスカッションしています。こういうところは、日本人の得意分野。
イノベーターとしては弱いけれど、フォロワーとして「カイゼン」して、結局イノベーターよりもいいものをつくるのは上手です。車でも、トヨタは故障せずに長く走れる、安くする、とカイゼンを重ねた結果、世界販売台数で1位を取った。そういうプレーは日本人が強いですよ。
特にWeb3の業界は、これから伸びていくから、やりやすいのですか。
渡辺 いや、伸びているからではなく、Web2と違って全部データが取れるからなんです。すべてオープンです。
千野 今までの企業の発想は囲い込みですよね。何か技術を開発したら、それを特許申請して囲い込む、先行者利益を得るというモデルでしたが、Web3やブロックチェーンの発想は基本的にすべてオープン、透明性があるんですよね。
渡辺 そうです。ただ、いくらデータがオープンになっている、そこから全部、数字と戦略を学べるといっても、みんなが成功できるわけではありません。なぜ分散型取引所のユニスワップやレイヤー1ブロックチェーンのソラナが伸びたのか、そこをしっかり言語化する、仮説を立てられる人は世界でも少ない。後発だからできる戦い方もあります。
文/三浦香代子 構成/雨宮百子(日経BOOKプラス編集部) 写真/小野さやか
DAO(分散型自律組織)、NFT(非代替性トークン)、ステーブルコインほか、仮想通貨とWeb3.0をめぐる最新の動向を解説。米大手暗号資産取引所の日本代表だから語れる、金融とITの未来!
千野剛司(著)/日本経済新聞出版/1980円(税込み)