2010年代のビジネス界に大きな影響を与えた『リーン・スタートアップ』の新装版(エリック・リース著、井口耕二訳、福島良典解説、日経BP)が今年6月に発売され、改めて注目を集めています。日本における完全栄養食のパイオニアであるベースフードCEOの橋本舜さんも、その考え方に影響を受けたと言います。連載3回目は、橋本さんの経営哲学と、ビジネス・起業論の必読書を聞きました。
国家も、企業も、スタートアップも挑むのは「始めること」
国家をつくった人たちは、後に国家を運営している人たちから尊敬されていると思います。なぜなら彼らは、暗中模索や紆余曲折の連続、経済的な苦難でさえも乗り越えてきた、と想像がつくはずだからです。
現在の大企業の多くも、創業当初は同じような状態だったと思います。それでも、未来の市場をつくって世の中を前に進めるために尽力してきた。スタートアップが挑んでいるのもそういう世界観で、だから僕は「始めること」の価値が高いと思っています。
そうした思いからも新規事業に携わりたいと考え、2012年にDeNAに入社しました。就職先をIT企業にしたのは、ITは前例のない業界だったから。若い人でもいきなり前線に立てることに魅力を感じました。
「ITは手段」だと捉えるところから始まった
純粋なIT――Google、Apple、Amazonなどの巨大ITプラットフォーマーなどの業態では、アメリカに勝つのは難しいと認識していました。世界中の優秀な人材が集まることや、多様な文化や言語、価値観がすでに交わっていることから、最初からグローバル市場を前提にして設計しやすいはずだからです。一方、日本は言語も市場規模も国内に閉じがちなため、同じ土俵で戦うには不利な面があると思っていたんですよね。
では、どうすれば勝負できるのか。
それはITを、物理世界をより良くする「手段」として使うことです。例えば、ITで世界をより良くしている例に、移動があります。配車サービスアプリは、利用者の利便性が上がるだけではなくて、空車率の低減や配車効率の向上、ドライバーの収益改善など、タクシー業界が抱える課題を解決するための手段としても有効です。少し極端かもしれませんが、ITは物理世界に対して貢献しない限り、アプローチする余地はあまりないようにも思います。
DeNA時代に、スマートフォン向けゲーム事業や、駐車場シェアリングサービス、自動運転関連などの新規事業に携わりながら、ITの強みと弱みを常に感じていました。最大の強みは、コピーが容易かつ物理的な工場も不要で、素早くつくれることです。しかしそれは一方で、参入障壁が低く、似たような会社が増えて生存確率が下がるという弱みでもあると思います。そういうことが経験的にわかっていたので、自分が起業するときにはITを手段にして、既存産業や社会課題を改善する事業に自然と目が向きました。
「食」に目を向けたのは、会社員時代に食と健康について疑問を感じたことがきっかけです。忙しく働いていると、毎日規則正しく、栄養バランスが取れた食事をするのは難しい。でも、人生100年時代には、健康がQOLに大きく関わります。人々が手軽に、健康的な食事を取れることは社会貢献になると考え、「完全栄養食×IT」というフードテック企業を創業しました。創業から10年たった今も、ベースフードのような会社は、当社以外にない状態を維持できていると自負しています。
自分のやりたいこと、意味あることを見つけるための2冊
第1回でも話したので繰り返しになりますが、本を読む効能は人間の本能や直感では選ばない選択肢を手に入れて、損失を回避したりリターンを得られることだと僕は考えています。同時に、本を通じて勇気をもらえることや、時には鼓舞されたりする効能もあると思っています。
『リーン・スタートアップ』とあわせて、ビジネスパーソンに読んでもらいたい2冊は、『 ミッションからはじめよう! 』(並木裕太著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)と『 ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか 』(ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ著、関美和訳、瀧本哲史序文、NHK出版)です。
この2冊を紹介する理由は、『リーン・スタートアップ』はそれ単体で実行してもあまり意味がないから。つまり、リーン・スタートアップは「手法」だということです。手法を使うには、そもそも何ができるか、何がやりたいかが必要になります。これらの点がわからない人に読んでもらいたい本を選んでみました。
『ミッションからはじめよう!』の著者は、元・マッキンゼー最年少役員です。本の中では、「経験がなくても、やりたいことを実現していく」ための手順や方法を丁寧に教えてくれます。常に問いかけられるのが、「あなたが本当にやりたいことはなんですか?」というストレートな質問です。
ビジネスで大事なのは自分のやりたいことという大きなメッセージを、実話ベースの物語形式で描いているのが特徴で、読むたびに勇気が湧きます。
『ゼロ・トゥ・ワン』は、元・ペイパルの共同創業者で、現・パランティア・テクノロジーズの会長を務める投資家のピーター・ティールが、母校スタンフォード大学で行った起業講義録です。世の中に新しい価値をいかにしてつくりだすかを突きつめた内容になっています。読むと、著者の「大きなことをやれ」というメッセージをひしひしと感じます。
このゼロ・トゥ・ワンはリーン・スタートアップとの比較対象としてよく引き合いに出されます。ただ本の中で著者のピーター・ティールは「リーンであることは手段であって、目的じゃない」と言っています。これは先述しました。
より具体的に言えば、ピーター・ティールは「ゼロからイチを生みだすこと」を重視したのに対して、『リーン・スタートアップ』のエリック・リースは「生みだした価値をどう検証して、育てるか」を重視している、と区別できると考えます。対立関係にはないと思いますし、実際に、両者の考え方を組み合わせている起業家や経営者は多いと言われています。僕もその一人です。
ピーター・ティールの問いを自問する
『ゼロ・トゥ・ワン』では、ピーター・ティールが起業家との面談でもっとも重視する質問が紹介されています。それが「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?」です。
それに対する僕なりの答えは、「主食が、主の食であるためには、栄養と食材のバランスが良いほうがいい」でした。これはベースフードを創業するきっかけでもあります。
よくよく考えるとおかしい、もしくは、今ある形が最適ではないかもしれないものって、実は山ほどあると思うんです。車だってパソコンだって、机や椅子、ノートや本も、きっともっといい形があるかもしれない。ただ、そう考えるのは圧倒的に少数で、不自然な考え方として一蹴されがちです。僕たちは、みんなが信じるものを信じるようにできている、と思うので。
ピーター・ティールが前述の質問をするのは、みんなが信じるものを信じるタイプか、それとも疑いの眼差しを向けるタイプか、どちらかを見抜くためだと思います。そういう眼差しの存在が、新しいビジネスや製品、サービスにつながる可能性になります。
ビジネスパーソンの皆さんが、そういった視点を持てるようになればなるほど、アンラーニングができて、世の中は変わっていきます。ぜひ本を読んで、自分だけの問いの答えを探してみてください。
構成/茅島奈緒深 写真/尾関裕治
エリック・リース著/井口耕二訳/福島良典解説/日経BP/2640円(税込み)




