山本七平氏の著書『 日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条 』(角川oneテーマ21)では、太平洋戦争での日本軍の敗因の1つとして「思想的徹底」がなかったことを挙げています。それはどういうことなのか。この名著を、ベイン・アンド・カンパニー日本法人会長、パートナーの奥野慎太郎氏が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。

「思想的徹底」がなかった

 戦前の思想教育とその巧拙は広く論じられるところです。小松真一氏は『 虜人日記 』(ちくま学芸文庫)で敗因21カ条の1つに「思想的に徹底したものがなかった事」を挙げます。ここで言う「思想的徹底」とは、自らの思想的基盤を徹底的に考え抜き、批評にも正面から向き合い、自ら律するための土台とすることです。

 当時の日本では標語的な思想はあっても体系化されておらず、批判を許さず、物理的・社会的暴力で律していました。日本国内や暴力が及ぶ環境にいれば統率がとれる。ところが、海外で、責任を自覚しなければ無責任でいられるという位置におかれると極めてもろくなった。山本七平氏はそう分析します。

 また、陸軍では白兵戦を戦闘の根本に据えつつ、その強みが最大限発揮できるゲリラ戦に注力せずに、一大会戦をやろうとしました。自らの本当の強みやよって立つべきものが一体何なのかが組織として徹底されていないことも、各地での惨敗につながっていきます。

 思想的不徹底は「基礎科学の研究をしなかった事」「兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事」といった、他の敗因にも影響しました。思想的基盤や客観的な自己認識なく、虚構の上に議論を展開することは、基礎科学への軽視・無関心を生みます。基礎科学におけるギャップの認識の甘さがさらなる虚構を助長するという悪循環に陥り、米国のような兵器・兵力の飛躍的発展を阻害します。

 一方で前線では兵器の劣悪・不足は明らかです。徐々に負け癖がつき、「大決戦」などと銘打っても戦いの端緒で戦意を喪失して敗走する、といった展開が各地で見られるようになります。

 太平洋各地に分散させた戦力が個別撃破され、兵士は生き残るためにジャングルに潜伏する。後半戦に至ってもなお、日本のエリートが戦争終結の具体的方策を打ち出すことができなかったのも、思想的基盤の弱さに起因しているのです。

アップル、グーグルなどの強み

 企業経営における「思想的徹底」とは、企業文化・組織風土に加えて、自社が本当の強みとして磨き続けるべきもの(「コアケイパビリティ」と呼びます)がどこにあるのか、それを生かして自社が絶対にリーダーシップをとるべき事業・市場はどこかについて、共通理解と遂行を徹底することにあります。

 残念ながらかつての日本軍と同様に、これらの不徹底が業績の不振につながっている企業の例を見ることは、日本企業はもとよりグローバルにも少なくありません。

 自社の本当の強みを理解し、それを中心に戦略を組み立てる企業には迷いがなく、戦略は極めてシンプルでわかりやすく、そのシンプルさが戦略の現場への浸透やさらなる強みにつながります。そこで強みとされるものは決して時代遅れのひとりよがりではなく、その時点において最先端を行くものであり、かつ常にその点においてリーダーであるべく妥協なき進化が追求されています。

自社が本当の強みとして磨き続けるべきものがどこにあるのか、共通理解と遂行を徹底することが必要(写真/Shutterstock)
自社が本当の強みとして磨き続けるべきものがどこにあるのか、共通理解と遂行を徹底することが必要(写真/Shutterstock)
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 例えば、米グーグルは自らをテクノロジーとイノベーションによる問題解決の企業であるとシンプルに定義し、エンジニアを価値創造の中心に置き、検索や音声認識などの基礎研究に膨大な労力を投じます。

 米アップルは顧客からの示唆の収集・研究を最重視し、マーケティング機能を最高経営責任者(CEO)直轄にしています。

 中国の大手携帯電話メーカー、小米(シャオミ)はインターネットを通じた直販網と顧客からのフィードバックを通じた製品の継続的改良がコアであり、それが圧倒的なコスト競争力を生み出しています。

YKK――品質と顧客との距離がコア

 自社が本当の強みとして磨き続けるべきものが明確である企業は、どういった市場あるいは顧客セグメントにおいて絶対にナンバーワンであるべきかが明確で、そこでの勝利に向けて妥協がありません。

 世界のファスナー市場で圧倒的トップシェアを維持し続けるYKKは、シェアを維持・拡大するためにユーザーである縫製工場の世界各地への展開に伴って一途に拡大を続け、その進出先は今や世界数十カ国に上ります。

 アパレル製品にとっては小さいながらもコアパーツであるファスナーを、高品質を維持しつつリーズナブルな価格で顧客の需要に合わせて提供し続ける。自社の強みや使命が世界各国の拠点に徹底されており、本社から箸の上げ下げに至るような細かい指示・命令がなくとも、各現場が自律的に動くと言われています。

 一方で、コアケイパビリティやコア事業の明確な認識と徹底なく、いたずらに多角化を繰り返した企業は、おのおのの事業で基礎研究への投資が不十分になってしまいます。本気でナンバーワンになれる、ならなければならないと思っていないこともあり、特に現場社員を中心に競合に対して負け癖がついてしまいます。そして、シェアが低いことにも、事業計画が未達に終わることにも何となく慣れてしまい、自身の前年対比でしか業績を見なくなります。

勝つには明確な問題意識と思想が必要

 そうした企業は経営陣や本社から業績へのプレッシャーがかかると多少対応しますが、プレッシャーがなければ各事業や現場を律する思想的基盤がありません。それどころか、こんな事業はやっていても意味がない、といった声が社内で公然と出始めるようになり、現場社員の士気は下がる一方です。

 事業だけでなく、海外拠点への展開も同じです。展開した先で必ずナンバーワンシェアを獲得する、という明確な意思とそのための投資計画を持って進出するのであればよいのですが、5%でも10%でもシェアをとって利益が出ればよいではないか、といった目線で進出すると、現地ではろくな人材が集まらないばかりか、負け癖がついてしまい、なかなか業績は上がってきません。

 圧倒的な戦力でも持たない限り、戦線を拡大しすぎると個別撃破されて価値につながらないというのは戦いの基本であり、先の戦争からの明確な教訓の1つでもあります。ところが実際には、この轍(てつ)を踏んでしまっている日本企業が今日でも非常に多いのは、大変残念な事実です。

 多くの企業は創業の折、現状に対する何か明確な問題意識や、思想的なものを持っていたはずです。経営陣から現場にまで共有された「思想的に徹底したもの」を再構築・再獲得することが、戦線が伸びきって閉塞感に陥りがちな企業の再活性化につながるのではないでしょうか。

『日本はなぜ敗れるのか』の名言
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