法政大学の西川英彦教授と、早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授による“統計対談”。後編では、生成AIの急速な進化によって変わりつつあるマーケティングの未来に話題が及ぶ。AIエージェントが企画立案から検証までを担う時代に、マーケターに求められるのは単なるAI活用スキルではない。AIの提案を見極め、適切な「問い」を立て、客観的な根拠に基づいて意思決定するための統計分析の知識と判断力だ。生成AIが進化するほど、なぜ統計がマーケターの武器になるのか。AIに使われる側にならないための条件とは。[日経クロストレンド 2026年7月28日付の記事を転載]

生成AIが進化するほど、なぜ統計がマーケターの武器になるのか (画像/Keyglad/stock.adobe.com)
生成AIが進化するほど、なぜ統計がマーケターの武器になるのか (画像/Keyglad/stock.adobe.com)
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AI時代には統計分析の基礎知識が重要

及川先生がおっしゃった「統計の知識やスキルのない人がひたすら生成AI(人工知能)を使い続けると、妙に説得力はあるけれど、非常に“怪しげ”なものができてしまうリスクもある」というのは、どういうことでしょうか。

及川直彦氏(以下、及川) 生成AIも、チャットでアイデアの壁打ちをする程度の使い方なら構いません。現在、マーケティングプランを練る際に、リサーチした定量データや定性データの統計的な意味合いを解釈したり、アイデアが実現可能かをオペレーションの計画に落とし込んで検証したり、PoC(概念実証)のシナリオを作ったり、さらにPoCの結果に基づいてマーケティングプランを修正して、それをさらにオペレーションの計画の修正に反映させたりするなど、すべての段階において生成AIに「エージェント」を設定できます。

そのAIエージェントによって、人間が細かな指示を出さなくても、業務の目標を理解したAI自体が考えて、計画を立て、Web検索や外部システムなどの必要なツールを使い分けながら、自律的にタスクを実行してくれるのですね。

及川 はい。いくつかのプランが立案できたら、次は意思決定するために、予算の費用対効果が取れるかを確かめるエージェントや、社内の意思決定基準のデータを基にしてプランを選ぶエージェントなども設定できます。ただ、この場合に注意しなければならないのは、一つ一つのエージェントをつくるときの「観点」が非常に重要になることです。

及川直彦氏
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及川直彦(おいかわ なおひこ)氏
早稲田大学ビジネススクール客員教授/ネットイヤーグループ シニアフェロー
電通、ネットイヤーグループ(CMO)、マッキンゼー・アンド・カンパニー、電通コンサルティング(代表取締役社長)、アプライド・プレディクティブ・テクノロジーズ(日本代表)、Mastercardデータ&サービス(日本地区責任者)、ゼレンホールディングス(代表取締役社長)などを歴任。早稲田大学ビジネススクールの客員教授として、幅広い業界で実務の最前線に立つ学生に、学術研究の成果を活用した課題解決を支援している

「観点の設定」というのは、AIエージェントがそれぞれのタスクを実行する際、不適切に判断したり、恣意的なコードを書いたりしないよう、評価の基準や前提となる役割や制約などといった「観点」をフィルターとしてシステムに組み込むことですね。

及川 そういう側面もありますが、より正確に言うと、複数のAIエージェントにそれぞれ異なる立場や視点――例えば「財務の観点」「顧客体験の観点」「リスクの観点」など――を与えて深掘りさせ、そこから導き出された意見同士を突き合わせて「議論」させる、というイメージに近いです。それぞれの観点を担当するエージェントが出す意見の質は、観点そのものの立て方に左右されます。観点の設定はまだ自動化されていません。ですから、あまり統計的センスのない人の観点で生成AIのエージェントを設定すると、文章的な響きはいいけれど、定量的な調査や分析によって担保されていないアイデアやストーリーがたくさん出てきます。

 ヒントにする程度ならいいかもしれませんが、経営戦略やマーケティング施策などの意思決定につなげるとなると話は別です。「このケースはランダム化比較対照実験(RCT)したほうがいい」といった統計分析の知識に基づくツッコミを人間が入れて、それを検証するエージェントを設定しない限り、物語としてもっともらしく聞こえる部分ばかりがブラッシュアップされたプランが出来上がってしまいます。逆に言えば、生成AIを積極的に活用するマーケティングにおいては、マーケターに正しい「観点」を設定する能力があるかどうかが、試されるわけです。

統計的な概念がないと「問い」が立てられない

西川英彦氏(以下、西川) 生成AIには、人間にとって同じ程度の難しさに見える課題でも、得意なものと不得意なものが混在しています。研究者は、AIの能力の境界がギザギザに入り組んでいることから、この特徴を「ギザギザの技術的境界」と呼んでいます。一般的に、アイデア出しや文章作成、コード生成などは得意ですが、文脈を踏まえた戦略的判断はあまり得意でないといわれています。

 その「ギザギザの技術的境界」を明らかにしたのが、米ハーバード・ビジネス・スクールなどの研究者が、ボストン コンサルティング グループ(BCG)と共同で実施した「生成AIをコンサルティング業務に活用する実験」です。

2023年、BCGでコンサルティング業務に携わる世界各地の若手社員758人を対象に行われた実験ですね。

西川 そうです。AIの「ギザギザの技術的境界」の内側にある、新しい靴の商品企画・市場導入に関する課題では、AIを利用したグループは、利用しないグループに比べて、成果の質が30%以上高く、作業速度も25%以上速くなりました。

 一方、境界の外側にある、財務データやインタビュー記録を基に戦略を提案する課題では、反対の結果が出ました。実験の結果、AIを利用しないグループの正解率は84.5%でした。一方、AIを利用したグループは65.2%で、正解率が約19ポイントも低下しました。

 なぜ、これほど差がついたのか。AIが示したもっともらしい誤った提案に、コンサルタントが引きずられてしまったためです。研究者は、AIに過度に依存するこうした状態を「居眠り運転」に例えています。AIの限界に気付かないまま、出力に過度に依存してしまうリスクです。

 この課題では、財務データだけでなく、インタビュー記録に含まれる微妙な手掛かりも踏まえて判断する必要がありました。つまり、AIの提案をうのみにせず、その根拠や前提を複数の情報に照らして、人間が検証することが重要なのです。

西川英彦氏
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西川英彦(にしかわ ひでひこ)氏
法政大学経営学部 兼 大学院経営学研究科 教授
神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(商学)。ワールド、ムジ・ネット取締役、立命館大学経営学部准教授・教授を経て、2010年から現職。法政大学大学院経営学研究科長、日本マーケティング学会会長、複数社の社外取締役などを歴任。主な著書に『1からのデジタル・マーケティング』(共編著、碩学舎、日本マーケティング本大賞2019大賞受賞)、『1からの商品企画』(共編著、碩学舎)、『ネット・リテラシー:ソーシャルメディア利用の規定因』(共著、白桃書房)、“The Value of Marketing Crowdsourced New Products as Such: Evidence from Two Randomized Field Experiments” (共著、Journal of Marketing Research,54 (4))など。近著に『文系マーケターのためのゼロからわかる統計分析』(日経BP)がある。専門はデジタル・マーケティング、ユーザー・イノベーション

つまり、AIが得意な課題なのか、不得意な課題なのかを見極めるだけでなく、AIの提案が根拠に照らして妥当なのかを、人間が判断しなければならないのですね。でも、自分がAIに過度に依存しているかどうかなんて、簡単には分からないのでは?

及川 ですから、意思決定者、あるいは意思決定者に対して提言する人が、どれだけ定量データやその分析に対する理解を持っているか、そして定量・定性データの両方を踏まえて客観的に文脈を読み解こうとする姿勢を持っているかが問われます。統計分析は『客観的な基準』の代表格といえます。これからのマーケターは、そういった基準となる知識やスキルを持っていることが必須の条件となるでしょう。

西川 統計的な概念がないと、そもそもデータ分析の出発点となる「問い」が立てられません。これは深刻な問題です。どんな分析で何が分かるのかを知らなければ、日常の業務の中で「これはデータで調べられるかもしれない」と気付くこともできません。

 その気付きから「問い」を立て、その問いを基に仮説を立て、データ分析によって仮説が成り立つかを調べます。こうした「問い」を立てる力が、マーケターにとっては何よりも大切なのです。AIも問いの候補は出せますが、現場の課題に照らして何を問うべきかを判断するのは、人間ですから。

及川 その「問い」を立てる力は、先ほど私がお話ししたAIエージェントの「観点」を設定する力にもつながりますね。今回書かれた『文系マーケターのためのゼロからわかる統計分析』(日経BP)は、学生へのPDCA(計画、実行、評価、改善)や試行錯誤に関する知見を盛り込みながら、「問い」が生まれるバックボーンである統計分析の知識やスキルについて紹介しています。

 私もビジネススクールで学生の修士論文を手伝うたびに思うことがあります。実際に仕事で関わったビジネスの「問い」に対して、統計分析できちんと検証している学術論文を見ると、「実務の課題にも、この統計的に裏付けられたモデルが活用できる」「この統計分析を使えば、あの案件の問題点も客観的に検証できる」などのヒントが得られて、大いに役立つことがあります。どんなケースも、仮説を立てて検証する限り、統計分析が一番の基礎になります。

西川 「分析結果を説明できる力」も大事ですね。例えば上司に「この『有意』って何?」と尋ねられたとき、きちんと腹落ちした形で答えられるか。ビジネスの現場では、自分が理解するだけでなく、他人に説明できる能力も求められます。

 上司から「この分析結果を意思決定の参考にしていいか」と問われたとき、「p 値だけでなく、効果量や95%信頼区間も確認しており、統計的にも一定の根拠があります」と統計用語の簡単な意味も添えながら説明できれば、職場での信頼性も高まります。

 そのためにも、統計分析ソフト「R」を使って自分で分析し、データから結果が導かれるまでの流れを体感することが大切です。その経験があるからこそ、生成AIが示した分析結果を自分の頭で確かめ、その意味を自らの言葉で、自信を持って他人に説明できるようになります。

及川 この本は、各章が「基礎編」「Rで実践」「より深く」という構成に分かれていて、とにかく統計分析を実務で使えるようになりたい人は、「基礎編」と「Rで実践」を読むだけでいい、という話でした。

 しかし、生成AIによるマーケティングが進化すればするほど、誰でも一見説得力のあるプランや提案書をつくれるようになります。そうなると差がつくのは、その説得力をうのみにせず、定量データや定性データを使いながら、客観的に中身を見極められるかどうかです。だからこそ、これからのマーケターには、そういう「見極める力」の土台になる「より深く」のパートを、きちんと理解しておく必要があるのかもしれません。

創発的なAIマーケティングを進化させる

西川 生成AIの急速な進歩によって、現在、マーケティングは大きな転換点に差し掛かっています。単にアイデアのヒントを得るだけではなく、最終的な成果物まで生成AIに自律的につくらせることができます。このままだと、生成AIが利用できないマーケターと使いこなせるマーケターの差があっという間に広がると考えられます。

及川 以前なら、プランナーやコンサルタントが3カ月かけて合意形成まで至っていた事業計画も、生成AIを使えば1週間でそれらしい形に仕上がります。そのプロセスで、的確なツッコミができる人が何度もブラッシュアップをしていくならば、以前より質の高いものができてしまう……。それが今のマーケティングの現実です。

西川 生成AIの活用について、スウェーデンのハルムスタード大学などの研究者が、62本の実証研究を分析し、大きく3つの活用方法に分類した論文があります。1つは「代替」。人間の代わりに業務を行い、効率化を図る活用方法です。2つ目は「強化」。人間の能力をさらに高める活用方法です。あと1つは「創発」です。

及川 それ、よく分かります。

西川 実は、論文では、3つ目を「発見」と呼んでいます。ただ、現在の生成AIは、これまで人間には見つけられなかった可能性を見いだすだけでなく、これまで人間にはできなかったことを実現することもできます。そこで、私は3つ目を「創発」と定義し直しています。

 例えば、「ネット上で消費者によってどのような画像が実際にどれくらいクリックされたか」という膨大なデータを調べて、何十万、何百万もの画像要素を組み合わせることで、消費者に最もクリックされる率の高い画像を生成することもできるでしょう。これは人間のカメラマンには不可能です。こうした創発的な活用も、生成AIの進歩とともに広がっています。

及川 生成AIの創発の機能はすごく大事ですね。私はビジネススクールのシラバス(講義概要)を作るとき、以前は長い時間を割いて考えて、やっと1つのシラバスを作り終えて、ほっとしていました。今は生成AIを使っているので、1時間で何十ものバージョンが作れます。

 一度シラバスができると、また新しいアイデアが浮かんで、「こう変えたら、どうなるか」という生成AIとのやり取りもできるので、本当に効率的です。

西川 そのような段階に入ったからこそ、これからのマーケターにとっては、AIの進歩をウオッチングし、どのような創発的な使い方ができるのかを考える想像力が必要なのだと思います。

 その際、より重要になるのが、「生成AIを創発的に使えたかどうかを、それによって生まれたマーケティング施策が顧客に真の価値をもたらすものかどうかで、見極めること」です。生成AIによる創発的なマーケティングを実施して、消費者の反応をリサーチし、その結果をフィードバックし、施策をさらに顧客価値を高めるものへと進化させていくことが大切だと私は考えています。

生成AIで二極化するマーケターの未来

及川 予測・分析のAIは、インターネット広告配信のメディアプランニングにおいて、運用広告の8~9割近くを占めるまでになっています。広告のクリエイティブに関しても、「購買意図や購買行動などの反応に対しては、どのクリエイティブが効果的か」などは、かなり自動化されています。一方、生成AIを活用した自動化はどんどん進んで、ある程度までは効果が上がります。しかし、いつか、どこかの時点で限界は来ます。そのとき、客観的な視点からのユニークな解釈をどれだけ思いつけるかで、マーケティングに差がつくことになるでしょう。

西川 そうですね。

及川 マーケターにとっては「決してAIに使われることなく、AIを使いこなすこと」が重要です。AIがヒントはくれるけれど、結局、エビデンスの強いデータと、長年の経験を通じて体得してきた「勘」と呼ばれる多次元的なモデルの組み合わせで対応しながら、意思決定する必要があるということです。

西川 同時に、複雑な判断は人間がしなければならないということも忘れてはダメですね。そのあたりの知識がないまま、無防備に生成AIを使っていると、いつしか人間のほうが使われて、生成AIの部下になってしまいます。

 いろんな意思決定において、生成AIの言う通りに動くようになってしまう。そんな悲劇が起こらないように、マーケターのみなさんには、生成AIの提案をうのみにせず、自分で判断するための客観的な基準となる統計分析をしっかり学んでほしいと思います。

及川 これからの時代、研究者でも、ビジネスパーソンでも、「何でもAIに任せっきりで『居眠り運転』に陥って、誰にも信用されない人」と「AIをどんどん活用するけれど、最後は自分で考えて、周りの人に説明して巻き込みながら問題を解決することで、誰からも信用される人」に二極化していくのではないかと思います。

 AIを活用するマーケティングリサーチャーやプロデューサーには、これまで以上に客観的なデータに基づいた説明が求められます。そんな説明力を向上させるためにも、ぜひ、統計分析に関する基本的な知識やスキルを身に付けていただきたいです。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

及川 西川先生、ありがとうございました。

西川 こちらこそ、ありがとうございます。

【参考文献】

  • Dell’Acqua, F., McFowland III, E., Mollick, E., Lifshitz, H., Kellogg, K. C., Rajendran, S., Krayer, L., Candelon, F., & Lakhani, K. R.(2026)“Navigating the Jagged Technological Frontier: Field Experimental Evidence of the Effects of Artificial Intelligence on Knowledge Worker Productivity and Quality.” Organization Science, 37 (2), 403–423.
  • Gama, F., & Magistretti, S.(2025)“Artificial Intelligence in Innovation Management: A Review of Innovation Capabilities and a Taxonomy of AI Applications.” Journal of Product Innovation Management, 42 (1), 76–111.
法政大学経営学部の西川英彦教授(写真右)と、早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授(同左)
法政大学経営学部の西川英彦教授(写真右)と、早稲田大学ビジネススクールの及川直彦客員教授(同左)
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(文・構成/佐保 圭、写真/志田彩香)

本書は統計や数式に苦手意識を持つ文系マーケターに向けて、データを正しく読み解き、意思決定に生かすための統計分析の基礎を、ゼロからやさしく解説した入門書です。本文は軽妙な対話形式で、難解な数式の理解に偏ることなく「なぜその分析をするのか」「どのように結果を解釈するのか」という実務での活用を念頭に置き、統計分析の本質にフォーカスしています。

西川英彦、佐保圭(著)、日経BP、2420円(税込み)