ららぽーとや三井アウトレットパーク、三井のリフォーム、三井ガーデンホテルズなど、不動産業界で巨大な経済圏を抱える三井不動産グループ。同グループはLTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)の向上を目指し、ロイヤルティープログラムの大変革に着手した。顧客を囲い込もうとする企業視点から脱却し、顧客に愛されるブランドを目指す。巨大組織が挑むLTV改革の裏側に迫った。[日経クロストレンド 2023年7月28日付の記事を転載]

三井不動産DX本部DX二部と、WACUL代表取締役の垣内勇威氏がタッグを組んで、ロイヤルティープログラムの大改革に取り組んでいる
三井不動産DX本部DX二部と、WACUL代表取締役の垣内勇威氏がタッグを組んで、ロイヤルティープログラムの大改革に取り組んでいる
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 三井不動産グループでは現在、住宅事業の「三井のすまいLOOP」や商業施設事業の「三井ショッピングパーク メンバーズプログラム」、ホテル事業の「MGH Rewards Club」など、複数のロイヤルティープログラムを展開している。2022年10月からはそれぞれの会員IDを連携し、相互に特典の提供を開始した。

 例えば三井のすまいLOOP特典には、「新築マンション・戸建住宅等の値引き」「注文住宅の建物工事代金特別優待」「三井のリハウス特別優待」「リフォーム優待(マンション・戸建)」「インテリア特別優待」 など、手厚い印象を受ける12の特典が並ぶ。そのような特典を、商業施設やホテルのユーザーに提供し、グループ全体のLTVを高めるのが1つの狙いだ。

三井不動産グループにはさまざまなロイヤルティープログラムがあった
三井不動産グループのロイヤルティープログラムの一つ「三井のすまいLOOP特典」には、12の特典が並ぶ
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 三井のすまいLOOP特典は、住宅事業での顧客満足度が高いため、商業施設やホテルを利用する顧客にも“喜ばれる特典”になると考えていた。ところが住宅事業以外の顧客に提供を開始すると、予想に反して特典を利用する顧客は少数派だった。つまり、「良い特典を提供すれば顧客はすぐに理解し、満足してくれる」といった企業視点が先行し、深く顧客を理解しようとする顧客視点が不足していたのだ。

 一般的な顧客視点で考えれば、グループ共通の特典があったとしても、顧客は普段使っているサービスから離れず、クロスユースが自然発生することはほとんどない。クロスユースを起こしたければ、送客される側の事業についても顧客理解を深めなければならない。例えば、商業施設をよく使っているユーザーに住宅事業を利用してもらいたいなら、商業施設のロイヤルユーザーがどのような顧客で、どのような住宅に興味を持っており、どのような特典を用意すればよいか、を解明する必要があるわけだ。

 そこで企業視点の思い込みを改め、顧客視点のロイヤルティープログラムへの進化を目指した。その要の一つが、グループ全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援だ。

 三井不動産グループは、25年に向けた長期経営方針のビジョンの一つに「テクノロジーを活用し不動産業界そのものをイノベーション」を掲げている。いわゆるDX化だ。不動産業界は長らくアナログな習慣が根付いており、デジタル化が遅れていた。そこで22年、DX化を推進すべくグループ横断でマーケティング戦略を考える組織「&Marketing(アンドマーケティング)」を、三井不動産DX本部DX二部内に立ち上げた。

 三井不動産グループには大きく分けて3つのBtoC事業が存在する。1つ目は、三井ショッピングパーク ららぽーとや三井アウトレットパーク、COREDO(コレド)などを展開する「商業施設事業」。2つ目は、三井不動産のマンション販売やリフォームなどを手掛ける「住宅(すまい)事業」。3つ目が、三井ガーデンホテルズなどを運営する「ホテル事業」だ。これらが国内外にあるグループ企業や事業部門に分かれ、担当が細分化されている。

 必然的に、グループ内にはさまざまな会員プログラムが乱立する。サービスの利用や商品購入ごとにポイントがたまり、さまざまな特典と交換できる会員サービスは、導入する企業からすればグループ全体のLTV(顧客生涯価値)を高めるのが主な狙いだ。加えて他社サービスへの離反を防ぐ、いわば「顧客の囲い込み」につなげる狙いもある。

 しかし、囲い込もうとしても、ユーザーが本当に満足していなければ、グループ全体のLTV向上は難しい。LTV施策は結果が出るまでに時間がかかるのがネックだが、この難題に三井不動産グループはどう挑んだのか。

「商業施設事業」「住宅(すまい)事業」「ホテル事業」で、さまざまな会員プログラムが乱立していた
「商業施設事業」「住宅(すまい)事業」「ホテル事業」で、さまざまな会員プログラムが乱立していた
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顧客の顔が見えていない施策では勝てない

 三井不動産グループの場合、抱える会員の数は膨大だ。商業施設事業のメンバーズプログラムは約1350万人、住宅事業は約30万人、ホテル事業は約69万人(いずれも23年4月時点)で、グループ全体の総会員数は1400万人を超える。だが、これだけ多くの会員を保有する一方で、グループ企業ごとの連携がなかなか取れていなかった。その結果、「(顧客の解像度が低く)顔が見えているお客さんの割合が少なかった」と、DX本部DX二部部長の塩谷義氏は打ち明ける。

 「昔ならビルを建てれば入居してもらえるし、マンションを建設すれば買っていただけるし、商業施設をつくればテナントさんが喜んで出店してくださる。三井不動産はプロダクトアウトの意識が強かったため、運営を担うグループ会社にはマーケティング組織はあったが、三井不動産自体にはマーケティング部が無かった」と塩谷氏。いわば“商品主導”の発想でも事業がうまく回っていたため、別段、会員情報などを共有しなくても、グループ内の個々の企業が個別最適でマーケティングを展開していれば、十分競争に勝てたのだ。

DX本部DX二部部長の塩谷義氏
DX本部DX二部部長の塩谷義氏
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 しかし、さまざまな商品やサービスがコモディティー化する中、企業視点のものづくりではユーザーに刺さりにくくなっている。「これまでのように不動産を売って終わりの『モノ』として捉えるのではなく、顧客視点に立ち、不動産をサービスとして提供する必要がある」と塩谷氏は話す。ユーザーと一期一会ではなく、もっと継続的に三井不動産グループと関係してもらえるよう、LTVを向上させる方向に本格的に舵(かじ)を切った。

巨大組織を巻き込む秘訣はクイックな成功事例づくり

 ところが巨大組織の文化を変えるのは一筋縄ではいかない。グループ企業ごとに独自の文化を醸成してきたため、グループ全体で意思統一を図るのが難しいためだ。そこで、WACUL代表取締役の垣内勇威氏にコンサルティングを依頼した。同氏はLTVやデジタルマーケティングの改善をはじめ、大量な顧客データの分析を通じて、マーケティングの勝ちパターンを開発するという仕事を約20年間続けている。まさに、三井不動産にとっては願ってもないパートナーだった。

WACULの垣内勇威氏
WACULの垣内勇威氏
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2023年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP)
2023年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』(日経BP)

 両者が話し合う中で、LTV向上のファーストステップに選んだのが「クイック・ウィン」施策だ。小さくても構わないので、早い段階での成功事例を目指し、LTV向上に取り組む社員のモチベーションを高めるのが狙いだ。

 デジタルマーケティングの領域には、ほぼ確実に成果を出せる施策が幾つもあると垣内氏。「一発目の施策でこけたら、もう誰も言うこと聞いてくれなくなります。だからこそ、100%勝てる施策からスタートした」(垣内氏)。&Marketingと垣内氏が行う施策であれば間違いない――グループ企業、そしてLTV施策に関わる社員たちからそう思ってもらえるよう、とにかく信頼を得るところからスタートした。

 LTVの向上を目指すこと自体は、グループ全体にとって決して悪い話ではない。ならばクイック・ウィンのような段階を踏まなくても、グループ企業に対して「カスタマージャーニーを見直すため、顧客調査をやりましょう」というストレートな提案もできたはず。だが、それをしなかったのは、個別にマーケティングを展開してきたグループ企業を困惑させてしまうからだ。従来の施策を否定しかねないような提案は避け、同じ目線に立ち、伴走していくことを重視した。

 さらに三井不動産では人事異動があり、4~5年で部署を移るのが一般的だ。事業を幅広い視点で見るために必要な人事ローテーションだが、「事業の有識者が異動し、マーケティングの経験やノウハウを引き継ぎにくいのも事実。だからこそ、短期間で成果が出るクイック・ウィンが効果的だった」と&MarketingをまとめるDX二部DXグループの高橋正和氏は語る。

DX二部DXグループの高橋正和氏
DX二部DXグループの高橋正和氏
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簡単な施策で予約数が41倍に

 クイック・ウィン施策では、実装が簡単ですぐに数字が伸びるものを選択した。例えば、三井ガーデンホテルズはメールマガジンの頻度や内容を改善し、22年5月のメルマガ経由の宿泊予約数が前年同月の41倍と大幅に伸長した。こうしたスモールステップを繰り返しながら、結果が出るまでに少し時間がかかるWebサイトや、SEO(検索エンジンの最適化)の改善などの領域に踏み込んでいった。

 注文住宅を扱う三井ホームでは、ランディングページの改善や広告運用の見直しなどを進めつつ、インサイドセールス(架電やメールを用いてリモートでセールスすること)を実施している。商談に至るまでのどこで顧客の離脱が発生しているのか数字で確認し、プロセスの改善を進めているところだ。

 現在は「クイック・ウィンが成功した事例を各事業部やグループ会社のマーケティング担当者に共有することで、少しずつ事業の課題に関しても相談を受けるようになってきた」(高橋氏)。「ここまで来て、ようやく顧客調査を伴うカスタマージャーニーの見直しという話ができ、LTVを改善する取り組みが始まる」と垣内氏。

 現在、議論の真っただ中にあるのは、グループ横断のロイヤルティープログラムを顧客視点で構築する取り組みだ。「ロイヤルティープログラムは、顧客視点が欠如すると大失敗する施策」と垣内氏は明言する。企業側の思惑とは裏腹に、顧客にとっての魅力が低く、失敗に陥りやすいのだ。

 まず着手したのは、グループ企業ごとのロイヤル顧客へのデプスインタビューだ。前述の通り、三井不動産グループにはさまざまな会員プログラムがある。「それぞれに会員特典が付与されるため、どれがユーザーにとって重要なのかが分かりにくくなっていた」(高橋氏)。

 そこで、下図のように個々に顧客ピラミッドをつくり、それぞれのロイヤル顧客にどんな会員特典が心に刺さったかのインタビューを進めている。例えば、ホテルのヘビーユーザーお薦めの特典を、商業施設や住宅事業のユーザーに提供すれば、ホテルを利用するきっかけになるかもしれない。そうしたグループを横断したロイヤルティープログラムの完成を目指している。

三井不動産グループが目指すロイヤルティープログラムの全貌
三井不動産グループが目指すロイヤルティープログラムの全貌
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 同社がロイヤルティープログラム改革の先に見据えるのは、各事業会社でばらばらに登録していた顧客情報の連携高度化だ。顧客視点を忘れず、持続的にLTVを向上させる三井不動産の取り組みは、今始まったばかりだ。次回は、三井ガーデンホテルズや三井ホームで実施した、クイック・ウィンの具体的な施策について詳述する。

(写真/古立 康三)

企業視点の顧客囲い込みによって「LTV(顧客生涯価値)」を損ねてしまう失敗施策の数々。企業が陥りがちなLTVの「罠」を、3万7000サイトのデータ分析と4000人を超える顧客インタビューによって浮き彫りにしました。そこから導き出した独自フレームワーク「MAST」を基に、カスタマージャーニー上の顧客が逃げ出すボトルネックを解消します。マーケターや営業、顧客担当者に向けたLTV向上の実践ガイドです。

垣内勇威(著)、日経BP、2420円(税込み)