マーケターなら自社の製品やブランドを末永く愛してもらい、顧客と良好かつ継続的な関係を築いて利益を最大限に高めたいもの。しかし「LTV(ライフタイムバリュー=顧客生涯価値)」を正しく理解し、適切にマーケティング戦略に組み入れている企業は想像以上に少ない。本連載ではWACUL・垣内勇威氏の新刊『 LTVの罠 』(日経BP)から一部抜粋し、LTVを損なうボトルネックとその解消法について解説する。前回に続いて企業が失敗しがちな4種類の顧客の囲い込み施策「妄想四天王」から、「サブスク」と「メディア」について解説する。[日経クロストレンド 2023年7月26日付の記事を転載]

企業がLTV向上で取り組む「妄想四天王」施策。今回は「サブスク」と「メディア」の2つを取り上げる (画像/irum7、Shutterstock.com)
企業がLTV向上で取り組む「妄想四天王」施策。今回は「サブスク」と「メディア」の2つを取り上げる (画像/irum7、Shutterstock.com)
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▼前回はこちら LTVの「妄想四天王」 顧客の“囲い込み施策”は廃虚に終わる

妄想四天王その3 「サブスク」

 企業がLTV向上を目指し、顧客を囲い込もうとして失敗しがちな4種類の「妄想四天王」施策。前回は「会員プログラム」と「会員アプリ」の2つについて説明しました。3つ目は「サブスク」の失敗パターンを紹介します。LTVを伸ばそうとして、「都度購入」を「定期購入」に変えたいと思う企業は多いでしょう。定期購入にしてしまえば、何もしなくても毎月チャリンチャリンと売り上げが立つのですから。

 しかし都度購入できるものを、定期購入にしたところで、顧客側のメリットはほとんどありません。定期的に買いに行くのが面倒な商品を、定期購入にすることでわずかに割引されるくらいしか良い点はないでしょう。購入しても結局使わずに放置されたり、解約に違約金が発生したり、デメリットも大きいというのが実態です。安易なサブスクもまた、顧客に選んでもらえないのです。

 私の会社の恥ずかしい過去をさらすと、当社が提供する「AIアナリスト」という主力サービスも、安易な気持ちで都度課金から定額課金に変えて失敗しました。サービスリリース当時は、Webサイトのデータ分析から改善方針のリポートを出す機能を、1回5万円という都度課金で販売していました。しかしこれだと売り上げが安定しなかったため、当時流行し始めたSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)ブームに乗って、安易に「月額5万円」のサブスクに変更したのです。

 これによって順調に月額課金の契約は増えていったのですが、その直後から導入した顧客からのクレームが大量発生しました。Webサイトのデータはそれほど激しく変化するものではないため、毎月分析してもほぼ同じような結果しか返ってきません。さらに、分析結果を見せられても、そこから何をすればいいかが分からないのです。「月額課金にしたのに、毎月同じようなリポートがきます。何をしたらいいのでしょうか……」というクレームがほぼ全顧客から寄せられました。

 都度課金のほうが顧客にとって価値の高い商品やサービスを、無理やり企業都合で定額課金にすると、顧客満足度が落ち、むしろLTVを毀損する可能性すらあるのです。

 サブスクリプション型のビジネスは、本来、顧客側に有利なサービスとして生まれています。SaaSであれば、まだちゃんと使えるかどうか分からないシステムの開発に高額な初期費用を支払わず、気軽にトライアルできるのがメリットです。さらに、導入したら終わりではなく、世の中の変化に合わせて継続的に機能をアップデートしてくれるのも、顧客に有利な点です。

 サブスクで定額課金にするならば、それによって顧客側がメリットを享受できるような形にしなければ長続きしません。安易なサブスクは顧客に選ばれず、LTV向上にもつながりません。

23年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』
23年7月20日発売、垣内氏の新刊『LTV(ライフタイムバリュー)の罠』

妄想四天王その4 「メディア」

 最後に「メディア」の失敗パターンを紹介します。自社独自のメディアを立ち上げ、定期的に記事や動画を見てもらって、読者を囲い込もうとする施策です。前述の3つよりも手軽に始められるため、お金が余っている企業には人気の施策です。

 メディアが失敗する最大の原因は「集客できない」ことです。編集のプロではない、確固たる思想はない、保守的で言えることが少ない状況で、「囲い込みたい」という気持ちだけが先行しているのが企業の独自メディアです。そんなものを見たい・読みたいと思う人がいるでしょうか? 当たり前ですがつまらないメディアに人は来ません。見てくれる人がいるとすれば、それはもともとその企業のファンだった人が、お情けで訪れるくらいです。

 集客できずに焦った企業は、お金を使って人を呼び込みます。まずは広告ですが、せっかく広告を打つなら、ストレートに商品やサービスに誘導したほうが効果的です。ブランディングのためにメディアに人を呼びたいという考えもあるかもしれませんが、前述のつまらないメディアを見たところで、企業に対する印象が変わるはずもありません。あなたが本気で面白いと思えるメディアを作れているなら話は別ですが。

 次にお金を使うのはSEO(検索エンジンの最適化)です。Googleなどの検索エンジンで、検索結果を上位に表示させることで集客します。SEOは真面目に取り組めば、ある程度人数を集められますが、一般的な企業のメディアならせいぜい月間10万~50万人が限界です。自社企業に関係するキーワードで検索する人数に上限があるためです。これだけの人を集めるのに、外注リソースも使って最低でも数千万円のコストがかかります。単価が高くターゲット数の少ないBtoBや高額耐久財を扱う企業なら元が取れるかもしれませんが、単価が低くターゲット数の少ない消費財や店舗ビジネスでは相性が悪い施策です。

 最後に自社顧客リストを使ったメールマガジンです。メルマガは顧客リストが多ければ有効な集客手段になり得ます。しかし顧客と定期的に接点を持ちたいだけなら、メディアなど作らずメルマガだけ送っていればよいのです。企業の担当者が、メルマガではなく、わざわざメディアを作るのは「やった感」のある派手な仕事に見えるからです。メルマガはLTV向上のために極めて有効な施策の1つですが、地味過ぎるため企業の担当者からは不人気です。

 集客の手段は、他にも色々ありますが、いずれもうまくいきません。例えばSNSとの相性は最悪です。

 SNSは面白い情報でなければ拡散しませんので、企業視点で作られたメディアでは一切集客できません。もちろん思想性を確立し、先鋭的なスタンスでとがった情報を出し続けることができるなら、様々な手段で集客できます。しかし、一般的な企業は、ブランディング、広報、IR、コンプライアンス、社長の一声、担当者の思い込みなど様々な圧力によって、骨抜きのつまらない情報しか出せません。

 結果的に企業が作るメディアは、社内でも仕事がない人のリソースを埋めるためだけに使われる「穀潰し」媒体に成り果てるのです。

 「会員プログラム」「会員アプリ」「サブスク」「メディア」を例に、顧客を囲い込もうとする施策の愚かさを説明してきました。冒頭でもお伝えした通り、カスタマージャーニーをねじ曲げて、顧客を「囲い込む」ということ自体がそもそも無理筋なのです。

 自然に集客できるメディアとは「囲い込む」ための情報ではなく、顧客が自ら探している情報を掲載しているメディアです。顧客のニーズは多様ですから、狭いニーズに対応するコンテンツほど集客力があります。そのため、集客人数を増やすには、様々な顧客に対応する膨大な量のコンテンツが必要です。一朝一夕につくれるものではありません。

企業視点の顧客囲い込みによって「LTV(顧客生涯価値)」を損ねてしまう失敗施策の数々。企業が陥りがちなLTVの「罠」を、3万7000サイトのデータ分析と4000人を超える顧客インタビューによって浮き彫りにしました。そこから導き出した独自フレームワーク「MAST」を基に、カスタマージャーニー上の顧客が逃げ出すボトルネックを解消します。マーケターや営業、顧客担当者に向けたLTV向上の実践ガイドです。

垣内勇威(著)、日経BP、2420円(税込み)