世界の企業や工場を対象に業務改善の指導を続ける豊田エンジニアリング代表取締役の堀切俊雄氏が、書籍『トヨタ流原価マネジメント』(日経BP)を著した。実際にトヨタ流原価マネジメントを導入した企業がどのような効果を得られたのか、また習得する上でのポイントは何かについて聞いた。(聞き手は近岡 裕=日経クロステック)

2000億円プロジェクトで原価マネジメントを体感

堀切さん自身は、トヨタ自動車におけるキャリアの中で、どのようにして原価マネジメントを習得したのでしょうか。

堀切氏:私はトヨタ自動車の中で、かなり幅広い業務を経験しました。生産技術から始まり、海外工場の企画・計画を担当した後、海外に駐在して生産・開発設計の業務を担いました。その後、海外事業部で市場調査・商品企画、中国の新会社における事業の採算性を検討する業務も担当しました。こうした様々な業務を通じて、常に原価を確認する姿勢が身に付きました。

 なにしろ、1つのプロジェクトにかかる金額は1000億円や2000億円に達することも珍しくありませんでした。これほどの莫大な投資を行っているのに、儲からないことなど、許されるわけがありません。

 しかも、影響はトヨタ自動車にとどまらず、何十社もの部品メーカーにも及ぶのです。そうした企業が全て利益を得られるようにして、事業を成立させなければなりません。特に中国事業のリーダー役を務めていた時は、トヨタ自動車の原価マネジメントそのものを体現していたと思います。常に原価に目を光らせ、利益を確保する重要性を痛感していました。

 そして、そうした業務を担いながら、同時に私はトヨタ自動車の原価マネジメントのすごさを体感していました。同社の原価マネジメントでは、各組織を横からマネジメントする原価会議を構築します。そのため、実質的に経理部が各組織の仕事を操っているとも感じていました。

 なお、トヨタ自動車では「原価企画」や「原価管理」、「原価低減」などと呼び、それぞれの活動が行われていますが、「原価マネジメント」という呼び方はしていません。それらの活動を全てまとめて、私が「原価マネジメント」と名付けました。もちろん、その内容自体はトヨタ自動車が実践しています。

 新入社員用の冊子や、開発設計や生産技術、工場など部門別の原価低減に関する教育資料、あるいは経理部門が各部門に指導する資料はありますが、本としてまとまったものはないと思います。これは前工程から後工程まで、すなわち、商品企画、製品企画、開発設計、設備・工程計画、生産、販売という一連の工程を担った人が少ないからではないでしょうか。実際、一連の工程をある程度知っていないと、体系的にまとめることはできないと思います。

堀切俊雄(ほりきり・としお)氏 豊田エンジニアリング代表取締役
堀切俊雄(ほりきり・としお)氏 豊田エンジニアリング代表取締役
1966年にトヨタ自動車入社以後、約36年にわたって生産技術部、海外生産企画部、海外技術部、GPC、中国部などに在籍。海外では、台湾の国瑞汽車(トヨタの海外工場)の技術部兼製造部部長を務める。定年時は中国主査。同社退職後、トヨタ生産方式などのコンサルティングを手掛ける豊田エンジニアリングを設立し、代表取締役として活躍。2008年に豊田マネージメント研究所を設立。日本はもとより、海外でも積極的に指導を行っている。著書に『新しいトヨタ生産方式「トータルTPS」』(日経BP)、『トヨタの原価』(かんき出版)などがある。(写真:上野 英和)

倒産寸前の会社を立て直した

原価マネジメントを導入した会社で成果が出た事例を教えてください。

堀切氏:倒産寸前の会社から業績の立て直しを依頼されたことがあります。10年間、毎年1億円の赤字を計上しており、銀行から融資を打ち切られた状態になってから、「なんとかしてほしい」と連絡がありました。

 もちろん、社長も何もしていなかったわけではありません。各マネジャーに対して「20%の原価低減をせよ」と命じていました。ところが、マネジャーは何をしたらよいかが分からない。原価に関する教育を受けたことがなかったからです。

 そこで、マネジャーが何をしたかと言えば、部下に対して「原価を20%低減せよ」と指示しました。しかし、当然ながら部下も何をしたらよいかが分からない。結果、現場は何もしていないというのが、この会社を調べて最初に分かったことでした。

野球のスコアラーではなく監督

 続いて、経理部長に尋ねると、お決まりの文句が返ってきました。「私の仕事は財務会計です。原価低減は経理部の仕事ではありません」と。

 こうした状態の会社に、原価マネジメントを導入しました。会社では、全部署が協力して付加価値を高めることが仕事であるという基本的な考えから教え、代表的な部署を対象に原価マネジメントの具体的な進め方を指導しました。

 不良を減らし、ムダなものは造らないという、トヨタ生産方式(TPS)による生産性の向上は当然、行いつつ、こうしたら原価が下がる、こうしたら利益が増えると、1つひとつ指導していったのです。その結果、約1年半で黒字転換しました。

 存亡の危機に直面していたので、経営トップは必死でした。そして、その危機感はマネジャークラスにも浸透していたため、比較的原価マネジメントを受け入れやすい状態になっていたと感じます。

 赤字体質の典型的なこうした会社が原価マネジメントを導入する際には、これまでの仕事の考え方や進め方を大きく変える必要があります。すると、いろいろな面で抵抗勢力が生まれるものです。そのため、会社としての意思決定、すなわち覚悟が必要となります。この会社の場合、経営危機に直面したことで覚悟が決まったといえるかもしれません。

原価マネジメントを習得する際に気を付けるべきポイントはありますか。

堀切氏:まずは、財務会計と原価マネジメントの違いを理解することが大切です。財務会計は結果を集計するだけであるのに対し、原価マネジメントでは結果を作る。野球で言うところのスコアラーと監督の違いがあることを理解しなければなりません。

 原価マネジメントでは、費用の集計や分類を財務会計とは別に原価マネジメント用に進めるべきです。ある程度リンクはしているのですが、財務会計では法的な用語が決められています。これに対し、原価マネジメントでは原価低減や利益創出のためのマネジメントを行うので、専用に決めて実行したほうが、より大きな成果を得られます。

 分かりやすい例で言えば、円と米ドルの為替でも、1米ドル=145~146円の時に、どうも円高が進みそうだと思ったら1米ドル=135円と決めて製品を造っていけばよいのです。しかし、財務会計ではその時の為替できっちりと計算する必要があります。このように、各部署で前向きになるように決めてよいのです。

 注意してほしいのは、商品企画の業務の上流になるほど原価を重視し、綿密に原価の企画や計画を立てる必要があることです。上流工程なので、原価を推定したり検討したりするのは困難を伴います。しかし、全体の原価の大部分がこの段階で決まるのです。

 業務の上流工程のスタッフと下流工程のスタッフの意見交換(コミュニケーション)や、原価の中枢である原価会議が全体のかじ取り役を担うということが重要であることも忘れてはなりません。私がまとめた書籍『トヨタ流原価マネジメント』では、業務の上流から下流にわたる原価マネジメントを説明しています。どの章も欠けてはならない内容だと自負しています。

日経クロステック 2025年8月6日付の記事を転載]

本書は、トヨタ流「原価マネジメント」の指南書です。原価マネジメントとは、トヨタ自動車が高い収益を生み出すために活用しているQCDのうちのC、すなわちコスト(原価)を低減するためのマネジメントのこと。200点を超える豊富な図表を用意し、かつ成功事例を盛り込んで、分かりやすく解説しました。

堀切俊雄著/日経BP/1万1000円(税込み)