ウォルマートが世界的な大企業へと成長しながらも、創業者のサム・ウォルトンは「小さく考えることは一種の生き方である」と主張し続けました。ウォルトンの自伝『 私のウォルマート商法 すべて小さく考えよ 』(渥美俊一、桜井多恵子監訳/講談社+α文庫)を、コーン・フェリー・ジャパン前会長の高野研一さんが読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
業界最大手にも屈しない競争力
1970年代半ばには、業界最大手のKマートが、ウォルマートに戦いを挑んできたこともありました。ファイエットビルやロジャーズなど、ウォルマートの本拠地にある4つの町に出店してきたのです。「まるで、わが家の裏庭に弾丸を撃ち込まれたようなものだった」。
当時Kマートは、ディスカウントストア業界のチンギス・ハンとみなされ、中小のディスカウントストアはどこも戦々恐々としていました。当時ウォルマートの売上高は、Kマートの5%しかありませんでした。しかし、ウォルトンは「正面から立ち向かえ。競争はわが社を鍛えてくれる」とひるむところがなかったといいます。
ウォルマートはKマートに対して応戦し、値下げ競争が展開されましたが、最後は規模の大きいKマートの方が引き下がったといいます。20倍のスケールメリットを持つKマートよりも、地方の小都市で利益をあげる体力を磨いてきたウォルマートの方に分があったということになります。
これによって「ウォルマートは簡単には屈しない」という印象を与えることになりました。また、ウォルトンたちは、「お客がウォルマートを見捨てなかった」と自信を深めることにつながりました。ピンチの後にチャンスありといいますが、この後、ウォルマートおよび小売業の歴史において、最も急速な成長の時期が到来することになります。
ウォルトンはディスカウントストアのウォルマートの他にも、メンバーシップ・ホールセール・クラブ(会員制の大型店で、食品や日用品を卸売価格で販売する業態。コストコがその一例)のサムズクラブを成功させています。サムズクラブは、小規模の小売業者やまとめ買いする一般消費者を対象とした、倉庫型の大型店です。会費を払えば、ネクタイやカメラ、事務機器から、おつまみ用ソーセージやソフトドリンクまで、ナショナル・ブランド商品や高級品も卸値で買えました。
80年代初頭、ディスカウントストア・ビジネスが始まっておよそ20年たっていましたが、この間に、売価も粗利益率もどんどん下がって、効率の上昇に努めた者だけが業界で生き残っていました。そんなとき、ディスカウントストアの22%の粗利率よりさらに低い、5〜7%の粗利益率で売っている新しいタイプのビジネスが存在することにウォルトンは気づきました。「エブリデイ・ロープライス」を掲げてまい進してきたウォルトンにとって、ここでチャレンジ・スピリットに火がつきます。
ウォルトンはオクラホマシティーへ行き、そこで古い建物を借りると、その店の営業クルーとして、ウォルマートであまり評価されていない一匹狼的な連中を選び出しました。そして、83年には最初のサムズクラブを開店したのです。ウォルトンは最初から、サムズクラブの企業文化をウォルマートのそれとは切り離しておきました。このクルーに選抜されたひとりがロブ・ボスですが、彼はウォルマートでは役員になれる人材とはみなされていませんでした。いつも大勢に逆らっていたからだといいます。どこか『イノベーションのジレンマ』に出てくるような話です。
この事業を始めてみて、ウォルトンはその面白さと妙味に気づきました。それではここで、あなたにもその妙味について考えてもらいましょう。
この事業は、小規模の小売業者に対して、年間25ドルで倉庫を貸すという効果があります。しかも、彼らは大手企業が仕入れているのと同じ商品を同じ価格で入手できます。仕入れ・物流・小売りというウォルマートの持つ機能のうち、仕入れと物流機能だけを外販する形です。こうすることによって、仕入れと物流機能においてさらにスケールメリットを享受し、コストダウンを追求できたのです。
日本企業から学んだ戦略
こうして事業を拡大し、大企業へと成長しながらも、ウォルトンは「小さく考えることは一種の生き方である」と主張し続けました。大企業になると、中央集権的チェーン企業らしく運営しろという圧力が方々からかかってきます。しかし、そうした組織には、創造性や、かつてのウォルトンのような一匹狼的商人が入る余地がなくなります。ウォルトンはウォルマートがそうなることを心配していたのです。
ウォルトンが求めたのは、顧客との触れ合いを大事にしながら、効率的で庶民感覚を持った会社をつくることでした。ウォルトンは、ウォルマートが成長できたのは、自分たちが賢いからでも、大企業だからでもなく、顧客が支持してくれたからだと考えています。顧客がそっぽを向いたら、たちまち会社は立ち行かなくなります。そこで、「1店ごとに考える」というウォルマートの考え方が重要になるのです。
たとえば、フロリダ州のパナマシティ店とパナマシティ・ビーチ店のケースを見てみよう。この二つの店は、わずか五マイルしか離れていないが、品揃(ぞろ)えや客層は完全に異なっている。一方はビーチの観光客のための店であり、もう一方は町の住民のための店だ。……
品揃えを最適にしようとするなら、現場の商人、つまり、四季を通じて日々、お客と接触している人たちが得る情報が必要である。……そうでない場合、個々の店と接触のない本部主導の体制になり、水中銃や釣り竿(ざお)、バケツやシャベルの需要が多いパナマシティ・ビーチ店で、作業靴や作業服、猟銃が売れ残り、一方、パナマシティ店では海水浴用品が大量に埃(ほこり)をかぶる羽目になる。
また、1店ごとに考えるために、ウォルトンは現場に責任と権限を持たせることを重視しました。ウォルトンはそれを日本から学んだといいます。70年代中ごろ、日本人に生産性と競争について教えたW・エドワーズ・デミングの著作などを読み、経営哲学を熱心に学びました。また、妻のヘレンと一緒に日本を旅行して実際に視察もしました。そこで、ウォルマートのチームワークを見直し、現場にもっと権限を持たせる実際的方法を考え始めたそうです。
デミング→日本企業→ウォルマートという学びの系譜が見えてきます。
難しいからこそ、実行する
ウォルトンは「逆流に向かって進みなさい」と教えます。つまり困難を恐れるなということです。業界の常識と違うことをしようとすると、「それは間違っている」と言って足を引っ張る人たちが現れます。しかし、それを覚悟することが経営者には必要だと言っているのです。
ウォルトンは「人口5万人以下の町でディスカウントストアをやっても難しい」と何度となく聞かされてきました。難しいことは改めて言われなくても分かっている。しかし、経営者とは楽をするためにいるわけではない。難しいからやめるのではなく、難しいことを実行する手段を絶えず考え出すことが重要だ──ウォルトンはそう言いたかったのでしょう。
ウォルトンは間違いを犯すことを決して恐れなかったといいます。実験をしてみて間違っていたと分かると、それをあっさり捨てて、すぐに軌道を修正する柔軟性と大胆さがありました。そう考えてくると、今度は日本企業の側がウォルトンから学べることも多いように思えます。
環境が変化していく中で、いつまでも「業界の常識」に頼ることは危険です。成功するためには、逆流を恐れずチャレンジし、そこから多くを学び、自ら変化し続けなければなりません。ともするとわれわれは知っていることに固執してしまうところがありますが、ウォルトンの姿勢がもたらした成功から、多くのことを学ぶことができるように感じます。
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