起業、楽天イーグルスの立ち上げ、ヤフーでのPayPay立ち上げなど数々の事業を成功させてきた小澤隆生氏。スタートアップでも、大企業の新規事業立ち上げでも、投資家としても大きな成果を残してきた。その半生を作家の北康利氏がまとめた新刊『 小澤隆生 起業の地図 』の発行を記念した4回連載の2回目として、経営の偉人たちと共通点、相違点を紹介する。
筆者には松下幸之助、稲盛和夫の著書がある。そこで小澤隆生と経営の神様たちとの比較を試みてみたい。
確かに共通点もある。最も顕著なのは、言葉に力があることと本質を考えようとする点だ。
漠然とした思いを言語化していくのは、物事を論理的に突き詰めていくための重要な過程であり、言葉に力があるのはリーダーが求心力を持つのに必須の資質でもある。また本質を考えることは、成功に到る方法を導き出すための合理的な手法だ。
だがはっきり言って、小澤と経営の神様の間には違いのほうが明らかに多い。それは小澤やその仲間たちが底抜けに明るいことだ。経営の神様は、小澤のように「日々面白いことを考えよう」とか「迷ったら面白いほうを選べ」とは決して言わなかった。
経営の神様が目指した起業は宗教法人に似ている。当事者は一様に否定するが、筆者はある程度事実だと考える。
たとえば松下幸之助が伝説の「水道哲学」に開眼したきっかけは、天理教本部を見学したことだった。自分は給料を払い、出世に気を使い、社員たちの機嫌を取りながら働いてもらっている。
ところが彼が見た天理教本部は多額の寄付が日本中の信者から寄せられ、多くの信者が無料奉仕で木材の運搬など神殿建設の手伝いを行っている。誰の顔を見ても喜びにあふれ、大変な労働を苦にする気配は微塵(みじん)もない。何よりみんな、誰に強いられることもなく自ら率先して汗をかいている。
大阪に戻る電車の中で、松下幸之助は一心に考え続けた。
(一体あの自発的なやる気をもたらしているのは何だろう?)
彼は宗教と企業の間に横たわっている本質的な差異に思いを巡らせたのだ。
宗教の強さの秘密は、そこに信仰があるからだ。それは容易にわかる。そして彼は考えた。それを企業経営に応用することは不可能なのだろうか。
松下幸之助のすごさは、本質について考えて考えて考え抜く姿勢にある。
結果、彼がたどり着いたのは、会社勤務であっても、その仕事の中に大いなる使命感を見いだし、その思いの強さが信仰にも近いものとなるなら、社員の勤務姿勢は宗教の信者のそれに限りなく近づくのではないかというものだった。
そして彼は考えた。我々にとって信仰に近いものとは何か?
(なぜ道ばたの水道水を飲んでも、その人は泥棒と呼ばれないのか? それは水道が無料に近いほど安い社会インフラだからだ。それならば我々は、生産に次ぐ生産をして値段を下げ、家電を水道に近い社会インフラにしてやろうではないか!)
それが伝説の「水道哲学」である。これを松下電器にとっての信仰にしようというのである。
宗教体験には舞台装置が重要になる。
昭和7(1932)年5月5日、松下幸之助は社員たちを大阪の中央電気倶楽部の講堂に集め、「自分はこの社会的使命を知った今日を創立記念日とし、今年を命知元年とする!」
と高らかに宣言したのだ。
その日から松下電器(現在のパナソニック)の快進撃は始まった。
松下幸之助を心から慕った稲盛和夫の経営が松下のそれと似るのは当然のことだ。
彼らの訓示は道徳臭が強い。強い忍耐力や克己心に訴えかけ、徹底的に働くことを求める。
道徳よりも面白さで働く
古今東西、起業する際に、体力の限界まで働かない人間は少ないが、それを道徳的な訓示で鼓舞する起業家は、さすがに今の時代はいないのではないだろうか。
実際、小澤隆生には道徳臭がまったくない。
ではモラルが低く自己中心的で社会貢献に対する意識も低いかというと決してそうではない。それは東日本大震災の際に見せた、小澤の獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を見てもわかる。2日後には自ら被災地に入り、不足する物資をヒアリング。十数億円の寄付を集め、現地に救援物資を運び込んだ。
宗教的な組織が通用するかどうかは、多分に時代背景の違いがあろう。昔は道徳的な訓示は日常的であったし、組織の求心力は軍隊のあった時代の雰囲気を残していた。
だから松下幸之助が「命知元年だ!」と宣言すると、感動した男たちの咆哮(ほうこう)で講堂全体が地響きするようだったという。
さめた現代の若者がこうした反応を起こすとは思えない。そして社員全員を均一な単純労働力として期待する働き方は、現代にそぐわない。
ストイックな生き方で現代の若者にやる気を起こさせるのは困難だ。その点、小澤の言う「面白いから起業する」という導き方は実に効果的だろう。加えて言えば、オリンピック選手や甲子園球児が頂点を夢見て必死に日々鍛練を積むように、人から言われてやるのではなく自分の内から湧き出る「やる気」ほど強いものはない。できれば彼らの目指す起業のゴールが、けた外れに大きい夢であることを願っている。
北康利 著/日経BP/1870円(税込み)

