2019年、ランダム化比較実験(RCT)を使った研究で世界の貧困緩和に貢献したとして、ノーベル経済学賞を共同受賞した米マサチューセッツ工科大学(MIT)教授、アビジット・バナジー氏。その研究は先進国の経済のあり方にも多くの示唆を与える。書籍『 世界最高峰の経済学教室 』(広野彩子編著)から、人工知能(AI)時代の貧困対策などについて語ったインタビューを掲載する。今回は後編(インタビューは2019年に行った)。

前編「 バナジー教授 成長戦略を気にしすぎるのはやめよう

ロボットやAIで雇用は失われるのか

 2017年9月、欧米を中心とする経済学者の意見をまとめる「米IGM経済専門家パネル」が、「労働市場と職業訓練が現状のままの場合、ロボットやAI(人工知能)の台頭により、先進国で長期にわたり失業する労働者の数が大幅に増える」という見解について、それぞれに賛否を聞いた。

 すると、「同意する」「強く同意する」が計38%、「同意しない」「全く同意しない」が計21%、「分からない」が29%という結果になった(回答せずは10%)。AIは人類から雇用を奪うのかというテーマへの答えは、経済学者の間でも意見が大きく分かれていた。

 バナジー氏は「強く同意する」と回答した。技術革新による自動化の進展が、たびたび職業の消失をもたらしてきた。産業革命期の英国では、自動化がラッダイト運動を引き起こした。AIも同様に社会不安を引き起こすというのが、バナジー氏をはじめとする懸念派の考え方だ。AIの進化による技術の転換点を、産業革命に匹敵すると受け止める専門家は取材当時から多かった。

産業革命で約70年続いた賃金の右肩下がり

バナジー氏 失業者が増え、労働者の不満が爆発する可能性は大いにある。英国の産業革命期のラッダイト運動は、労働市場への自動化の影響を考えるうえでいい例だ。当時、仕事をなくした職人たちは、機械による自動化に抗議するために機械をたたき壊して回った。

 長期的には、機械による自動化によって賃金が上昇した。ただしそれは、賃金が70年近くも下がり続けた後でのことだ。産業革命当時は、英国の労働者階級の賃金はずっと右肩下がりで、一時は、約半分まで減った。歴史が繰り返されるなら、AIの普及で賃金が下がり始めたら、それが70年ほど続くのを覚悟するしかないという話になる。

 それでも、長期的に賃金が上昇していくのであれば、まだ救われる。だが、バナジー氏はそうならない可能性もあると見る。

バナジー氏 英国ではのちに、転換点があったことが分かっている。多くの労働者は職を失ったが、省力化で利益率は高まり、労働需要も押し上げられた。この過程で裕福になった資本家が、新しいモノやサービスの需要を生み出した。弁護士や会計士、技術者、庭師などが新たに必要になった。これにより社会全体の賃金が上昇したのだ。

 ここで重要なのは、AIの登場で同じような転換点が訪れる保証はないということだ。省力化の過程で利益を得た部門が労働者を増やさず、さらに省力化技術に投資するかもしれない。省力化の過程で、過去のように新しいモノやサービスが生まれるとは限らない。

 現在の自動化の波は1990年ごろに始まったので、まだ30年程度だ。近年の経済学者の研究を見ると、現時点で雇用に悪影響を与えていることだけは間違いなさそうだ。

アビジット・バナジー氏(写真:AFP/アフロ)
アビジット・バナジー氏(写真:AFP/アフロ)
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アビジット・バナジー 米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学部教授
1961年、インド・ムンバイ生まれ。インドのコルカタ大学卒、ジャワハラール・ネルー大学修士課程修了。1988年に米ハーバード大学で経済学博士号(Ph.D.)を取得。ハーバード大学、米プリンストン大学を経て現職。2019年、マイケル・クレーマー米ハーバード大学経済学部教授、配偶者でもあるエスター・デュフロMIT経済学部教授らとノーベル経済学賞を共同受賞。専門は開発経済学と経済理論。著書に共著『絶望を希望に変える経済学』などがある。

 インタビューは2019年だが、2023年1月現在で得られる研究結果でもおおむね方向感は同じである。

 例えば、MITのダロン・アセモグル教授と、米ボストン大学のパスカル・レストレポ准教授は2020年、通勤圏で地域を区切り、その圏内で自動化技術の普及が労働市場に及ぼす影響を、1990年から2007年までの米国のデータで比較して分析する研究を発表した。産業ロボットが労働者1000人当たり1台増加すると、雇用者は5.6人減少し、賃金は0.42%減少していた。

 またアセモグル氏とジョナス・ロービング独ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン校助教授による2022年の研究では、自動化の負の影響は賃金分布の中間層の雇用と賃金に集中している。自動化が中間的なスキルの作業に集中しているためで、むしろ低いスキルの仕事はより低い人件費で雇えるため、コスト面では機械より人が逆に優位という。つまり中間層は仕事を自動化によって奪われ、低スキルの仕事ではより賃金が下がる恐れがある。

 そしてバナジー氏はAIの普及でこうした研究でも示唆されているような雇用の減少が本格化し、賃金の停滞が起こり始めると社会には大きな混乱が起きかねないとの立場を取る。

賃金の停滞から社会混乱が発生する恐れ

バナジー氏 英国でマーガレット・サッチャー氏が首相に就任した1979年、そしてロナルド・レーガン氏が米大統領に選出された1980年以降の米国と英国の経済成長の果実は、どう見ても、富裕層に吸い上げられ、社会に還元されていない。

 賃金の上方への粘着性(変わりにくいこと)が強力であることを、われわれはすでに見ている。米国では、ずっと賃金が上がらず、極端な不満足と不信が起こっている。こんな状況で賃金が下がり始めれば社会はどうなるのか。われわれはもっと真剣に考えるべきだ。

 仮にAIの普及に伴う賃金の減少が本格化し、場合によっては過渡期としてであれ格差が広がり始めたとき、われわれはどう対応すべきなのか。そして冒頭でバナジー氏が指摘したように、格差を是正するための処方箋は必ずしも「経済成長」ではない。経済成長は長期的に貧困を削減するが、同時に格差も生むからだ。

拙速にベーシックインカムを導入しない

バナジー氏:大方の経済学者は、経済の構造的転換、とりわけ技術革新が、所得格差の拡大に大きな役割を果たしたとの立場を取る。1975年に米マイクロソフトが設立された。1976年には初期のコンピューターAppleⅠが発売された。1979年には日本電信電話公社(現NTT)が世界初の自動車電話サービスを開始した。

 こうした技術革新が経済の仕組みを変えたことは疑いない。しかし利用者が増えるほどサービスやインフラの価値が高まる「ネットワーク効果」は、米グーグル、米アマゾン・ドット・コムなどの巨大テクノロジー企業を圧倒的な優位に立たせ、賃金格差が拡大する要因ともなった。

 AIの普及は、産業革命時のように賃金を一時的に減少させていくようだが、一方で当時のように70年ほど後に賃金が再上昇していく形になるかは未知数。社会に大きな混乱が生じた際、その混乱を鎮めていく手立ては今のところ見当たらないーー。これが、情報の経済学がもともとの専門であるバナジー氏が、AIの普及を危険視する根拠だ。

バナジー氏 われわれの進むべき道ははっきりしている。米国や日本のような豊かな国では、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)より優先すべき貧困対策がある、ということだ。UBIという制度には欠点がある。UBIは、政府が、無条件で全国民を対象に相当額の現金を給付する制度。それは、“一番厳しい状況にある人々”が必ずしも救済のターゲットにならないということを意味している。

 先進国における貧困対策でまず実施すべきは、失業した人や稼ぎを大きく失った人を救うことだ。(個人の力では)コントロールできない、さまざまな経済の発展段階の中で貧困に陥った人々だ。豊かな国であれば、本当に現金を給付すべきターゲットを抽出することも、納税情報などを使えば容易なはずだ。そのうえで、さらに十分な財源があれば、UBI導入の議論をすればいい。

 一方で、バナジー氏は、貧困国ではUBIのような制度は有用だ、とも訴える。

バナジー氏 逆に考えれば、生きるすべを奪われてしまった人々が大多数を占めるような貧しい国では、UBIに近い制度の導入があってもかまわない。生活に最低限必要な、きわめて小さな基本所得を分配する仕組みで、私はユニバーサル・ウルトラ・ベーシックインカム(UUBI)と呼んでいる。ただしこれは貧困国に限っての話であり、先進国ではUUBIであっても、拙速に導入すべきではない。

大幅な所得増税が必要な国も

 先進国で全国民に現金を給付しようとすれば、莫大な予算が必要になる。欧州4カ国で見たデータでも、UBIを導入する場合、ほかの補助金の削減や所得増税がセットにならざるを得ないことが指摘されている。

バナジー氏 米国をはじめとする富裕国のほとんどについても、雇用保障プログラムの見直しが必要だ。米国で防衛、教育などといった政府の伝統的な役割を切り捨てずにこれだけの予算を捻出するには、現行の社会福祉をすべて廃止したうえで、さらに米国の税率をデンマーク並みに引き上げなければならない。

 国民が、政府は間違ったことをしないと信じて増税に快く応じるなら可能かもしれない。欧州では増税の余地は乏しいが、家賃補助や所得補助などの給付をすべてUBIに一本化するなら、導入は不可能ではない。フィンランドでは2017年と2018年、実験的に一部の失業者に対し従来の補助に代えてUBIを適用した。だが、同じことがすぐに米国や日本でできるとは考えづらい。

 バナジー氏は、全国民への経済補助を全否定するわけではない。

バナジー氏 新型コロナ禍のような、予期せぬ突然の収入減があったときは、全国民に対する条件なしの現金給付は機能する。しかし、一回きり、あるいは期間限定で実施するのと、恒常的に実施するのでは話は全く違ってくる。今、話しているのは、危機時に限らず平時からUBIを使うべきかどうかだ。そして、そのために、今あるすべての社会保障プログラムを、UBIと入れ替えてよいのかという話だ。

まっとうな経済学は存在感を失うな

 先にも触れたように、UBIの財源確保の難しさは議論するまでもないことのはず。それにもかかわらずUBIが先進国でも真剣に議論されつつある状況について、バナジー氏は正しい経済学が社会に行きわたらなくなっているからだと考える。共著『 絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか 』(アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ著/村井章子訳/日本経済新聞出版)の中でも、「職業の中で経済学者の信頼度は2番目に低い」と現状を憂い、「メイク・エコノミスト・グレート・アゲイン」と訴えた。なぜそう思うのか。

バナジー氏 例を挙げよう。1960〜1970年代に、多くの米国人は、2つの雑誌、『タイム』と『ニューズウィーク』を読んでいた。一方でミルトン・フリードマンが連載を書けば、もう一方でポール・サミュエルソンが最新の自説を主張する。米国人はそんな経済学者たちの新しい考えに常に触れ、影響を受け、暮らしていた。彼らは、理論が正しかったか間違っていたかは別にして、政府で働いた経済学者として尊敬された最初の経済学者たちでもあったと思う。

 今も、政府の経済顧問のトップにいる経済学者は、米国では一目置かれる存在である。だが査読付き学術誌を見ても、彼らの名前は全く見当たらない。

 経済学者として身を立てる者であれば、経済学に関連のある論文におけるトップ級の研究実績が必要だ。だが彼らにはそれがない。1970年代に活躍したサミュエルソンらは学者として一流で、同時に一流の政策担当者だった。だが今は、そうしたトップクラスの経済学者が政権に関わっていないのである。オバマ政権では、バラク・オバマ氏が個人的にトップクラスの経済学者を顧問のようにして集めていたが、あれはむしろ例外だった。

 正しい経済学を伝えるべき「まっとうな」経済学者が、世間で存在感を失ってきた背景には、学術で科学的根拠を究めることが軽んじられる風潮があるとバナジー氏は考えている。

バナジー氏 知識の本質は、学んだことで主張することだ。そして、自分の主張が真実に近づくよう研究を重ね(批判を受けながら)洗練していくことこそ、研究者のあるべき姿と言える。しかし、今の世論形成の場は、そのようなプロセスを経ない人ばかりが表舞台に立ち、間違った主張を打ち出し、それを疑うことなく多くの人が信じる構図ができている。

 もちろん、根拠のない主張が支持され続けてしまう理由には、まっとうな経済学者の伝え方に問題がある部分も多いのだろう。だからこそ、「メイク・エコノミスト・グレート・アゲイン」と言いたい。

現代経済学のトップスターたちが語る、最先端の「知のワンダーランド」

ノーベル賞受賞経済学者からその有力候補者まで。『日経ビジネス』経済学担当記者が世界トップクラスの著名経済学者にインタビュー、併せて研究内容・背景を解説。現代経済の課題、その解決を目指す経済学の最前線の動向をビビッドに伝えます。

広野彩子編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)