2020年春から始まった新型コロナウイルス禍で人々の移動が制限され、旅行業界は壊滅的な打撃を受けました。「旅行取扱状況」で見ると、当時はどのような状況だったのでしょうか。そしてその後、どれぐらいまで回復したのでしょうか。ビジネスで成果を上げるうえで必須のスキルである経済データの読み方を解説した日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』(小宮一慶著)から抜粋して解説します。

壊滅に近かった旅行業界

 新型コロナウイルスの感染拡大によってもっとも大きなダメージを受けた業界の1つに、旅行業界が挙げられます。当時はどのような状況だったのでしょうか。そして今はどのぐらいまで回復しているのでしょうか。

 旅行業全体の動向を調べるには、旅行取扱状況という指標を見ます。これは国土交通省が主要な旅行業者約40社の取扱金額を集計し、月ごとに発表している数字です。国内旅行と海外旅行の両方が含まれています。

 旅行はビジネスニーズもありますが、個人旅行の多くは不要不急のものですから、不況になるとすぐに落ち込む傾向があります。さらにコロナ禍ではそういった理由に加えて感染リスクや自粛要請もありましたから、旅行の取扱高はこれまでにないほど落ち込んでしまいました。

 2020年の旅行取扱状況を見ると、2020年1月は前年比4.4%減です。世界各国で新型コロナウイルスの感染が報じられたことで、海外旅行が減少し始めていました。さらにその影響は急拡大します。2月17.7%減、3月71.4%減、4月95.8%減、5月97.4%減、6月92.2%減。もはや旅行業界は壊滅に近い状況に陥ったのです(5月の97.4%減というのは、言うまでもなく前年の2.6%しか売り上げがないということです)。

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 コロナ禍直前の2019年、インバウンドの数は3188万人と過去最高を更新しました。翌年の2020年は東京五輪を控えていましたから、この数字はさらに伸びるだろうと期待が高まっていました。それが予期せぬ感染症の拡大により、各国は感染防止対策として入出国を規制します。国内旅行、海外旅行ともに一気に消滅してしまったのです。

 その過程で、特に海外旅行の依存度が高い旅行大手HISは、虎の子であるハウステンボスを売却せざるをえないところまで追い込まれました。近畿日本ツーリストの親会社である近鉄グループホールディングスも保有するビルなどを売却することで、なんとか組織を維持しました。

 観光庁は瀕死の旅行業界を救済するため、2020年7月から「GoToトラベルキャンペーン」を実施します。しかし、この政策は国内旅行に限られたため、海外旅行はほぼゼロです。国内旅行は微増となったものの、全体の旅行取扱状況は前年比で7月87.3%減。8月以降も大幅な減少が続きました。

 さらに2021年の数字を追うと、3月には前年比21.3%増、4月254.7%増、5月288.4%増と大きく伸びています。しかし、これは数字のマジックであることに気をつけてください。この数字は前年同月比ですから、前の年に大きく落ちると翌年の数字が伸びやすくなるのです。先にも触れたように、2020年5月が97.4%減ということは、2019年5月を100とすると2.6になりますから、2021年5月が288.4%伸びたところで2019年同月と比べると10.1にしかならないのです。

 ようやくコロナ禍前に近づいてきたのが、2023年です。訪日客数(インバウンド)は2506万人でコロナ禍前である2019年の約8割まで回復。さらにはインバウンドの消費額は5兆2923億円で過去最高に達しました。円安も相まって、インバウンドが著しく回復してきたのです。2024年3月には、インバウンドが308万人と単月の過去最高値(当時)を上回りました。

中国からの訪日客の動向に注意

 では、旅行業は今後、どのように推移していくのでしょうか。ポイントは、中国人観光客の動向です。新聞を読んでいると、旅行の広告が出ているのを目にします。しかし、中国への旅行の広告はほとんど見当たりません。

 なぜでしょうか。かつては日本人が中国に15日間以内の短期滞在をする際、ビザ(査証)取得の免除措置がありました。しかし、中国政府は新型コロナウイルスの感染対策として2020年3月にビザ免除措置を停止し、4年以上が経過した2024年7月現在でも再開のめどは立っていません。

 一方で、中国から日本への観光客数はどうでしょうか。先ほども述べたように、2024年3月のインバウンドは308万人に上り、前年同月比では69.5%増、コロナ禍前である2019年同月比では11.6%増となりました。単月としては過去最高の数字(当時)です。しかし、そのうち中国からの客数は45万人。2019年同月比では34.6%減です。

 これは、中国国内の景気低迷に加え、2023年8月から始まった東京電力福島第一原発の処理水の放出が問題となっていることも挙げられます。中国から日本への団体渡航は2023年8月から認められましたが、この問題によって出鼻をくじかれることとなりました。

 このようにさまざまな原因から、インバウンドが過去最高を記録していても、中国からの訪日客数はコロナ禍前の水準まで回復していません。今後、中国経済が回復してきたうえで、処理水の問題が解消し、さらにビザ免除措置が再開すれば、日本から中国へ、そして中国から日本への旅行客数が大幅に増えるはずです。中国の動向には注意し続ける必要があります。

コロナ禍で落ち込んだ訪日客数は急回復している(写真:beeboys/stock.adobe.com)
コロナ禍で落ち込んだ訪日客数は急回復している(写真:beeboys/stock.adobe.com)
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 一方で、インバウンドが増えれば、今以上にオーバーツーリズムの問題が深刻になるでしょう。インバウンドが増えた大きな要因は、コロナ禍の影響がなくなったことと円安です。インバウンドが増えるのは喜ばしいことなのですが、外国人観光客が日本国内、特に観光地に集中すると、観光地の交通の混雑とともに、需要と供給の関係から現地のサービス業や小売業が価格を上げる可能性があります。外国人観光客に合わせた値段になっていくということです。

 すると、地元の住民や日本人観光客にとっては大幅な値上がりとなり、モノやサービスを買えなくなってしまいます。実際、すでに一部のホテルでは大幅な値上げをしていて、出張がしにくくなっているケースも少なくありません。

 そこで一部の飲食店では、日本人や在日外国人向けの価格とは別に、外国人観光客向けの価格を設定した二重価格を実施しています。また、一部の観光地では入域税、入島税なども取るようになりました。そもそもの話をすると円安を是正することが本質的な解決になるのですが、短期的に二重価格は必要な対策だと思います。

 観光業によって日本経済が潤うのは喜ばしいことですが、それによって地域の住民が損をするのは本末転倒です。日本や日本経済は一義的には日本に住む人のためにありますからね。オーバーツーリズムの問題が深刻化しつつある今、早急な対策が必要不可欠です。

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小宮一慶著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)