日本は2023年、前年比3.1%増のインフレとなりました。一方、2024年3月に日本銀行はマイナス金利政策を解除したものの、金利は依然として低いままで、インフレ率とは大きな開きがあります。そのため、日本の個人が持つ現金や預金の価値は減少しています。ビジネスで成果を上げるうえで必須のスキルである経済データの読み方を解説した日経文庫『コンサルタントが毎日見ている経済データ30』(小宮一慶著)から抜粋して解説します。
30兆円以上損した日本の家計
マクロの金融の話となると、「自分には直接関係がない」と捉える人がいるのですが、そんなことはありません。みなさんの大事な預貯金に大きく影響する話なのです。
日銀は、2024年3月にマイナス金利政策を解除しましたが、金融正常化に向けては、第一歩というよりも、ようやく0.1歩ぐらいを踏み出したと私は評価しています。一方で、インフレ率(消費者物価指数[前年比])は3.1%(2023年)です。金利とインフレ率の間には、まだまだ大きな開きがあります。
日本の個人金融資産は2141兆円(2023年12月末)あるといわれており、そのうち約1100兆円が現金と預貯金です。2023年のインフレ率が3.1%であることを考えると、私たちが持つお金の価値が30兆円以上、失われたことになります。
政府は今、低所得者世帯に10万円、住民税非課税世帯に7万円の給付金を配っています。もちろん、所得の少ない人たちに給付金を支給することは悪い話ではありませんが、金利を正常化させたほうが私たちに大きなメリットがあるのではないでしょうか。
例えば、約1100兆円の現預金の大部分である預貯金に対し金利が2%に引き上げられたら、国民に約22兆円のお金が入ってくることと同じです。そのうち2割である約4.4兆円は税収となりますから、残り約17.6兆円は家計に入るのです。
もちろん、この話に対して「資産を持つ人たちだけが得をする話ではないか」との批判はあるでしょう。ただ、預貯金を多く保有しているのは、一般世帯よりも高齢者世帯です。65歳以上世帯の平均貯蓄額は2414万円、中央値は1677万円といわれています。
ここで金利が2%程度まで上がれば、税金を支払っても年に30万円ほどは入りますから、高齢者が預貯金を取り崩す額が少なくなるはずです。すると、余剰資金を孫のために使ったり趣味に使ったりするなど、消費が伸びていきます。このように、金利を正常化することで景気が拡大していくのではないでしょうか。
「貯蓄から投資へ」の問題点
岸田文雄首相(当時)は2023年を「資産所得倍増元年」として、「貯蓄から投資へ」のシフトを抜本的に進めていくと発言しました。NISA(少額投資非課税制度)の拡充やiDeCo(個人型確定拠出年金)の加入年齢の引き上げなどが政策に盛り込まれ、投資への注目が高まっています。
私が若い人向けの講演会で金融や経済の話をするとき、「NISAをやっている人はいますか?」と聞くと、多くの人が手を挙げます。さらに「何を買っていますか?」と尋ねると、「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」や「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」と答えるのです。買付金額ランキングを見てもこれらの投資信託がトップのほうに来ます。若い人たちが投資に興味を持つことは良いことだと思います。しかし、ここにはいくつかの問題があると懸念しているのです。
コツコツ働いて給料をもらうと、まずは銀行預金に入れるでしょう。一部のメディアは日銀のマイナス金利政策解除で「普通預金金利が100倍に引き上げられた」と報じていますが、大手銀行の普通預金の金利はたった0.1%です。もし今、金利が正常な水準だったら、為替リスクや価格変動リスクがある投資商品など買わなくても資産形成ができるわけです。少なくとも、インフレに負けることはありません。しかし政府は、そのような当たり前のことができなくなる国にしてしまったのです。
金融についてよく理解している人たちは、すでに日本円の預金はそれほど持たず、米ドルなどで預金をしています。しかし、余剰資金が少ない人たちにとってはリスクが高いですから、彼らと同じことはできません。
コツコツ働いて、それがきちんと報われる社会をつくるためには、インフレに勝てるぐらいの金利を維持することが理想なのです。
さらに問題があります。貯蓄から投資への動きが進むと、どのようなことが起こるでしょうか。それは、期せずして起こる金利上昇です。日本国債の信用が失われて格付けが下がり、同時に長期金利が急上昇する可能性があるのです。
どういうことでしょうか。先にも紹介したように、個人金融資産は2141兆円、うち約1100兆円が現金と預貯金です。多くの人がその預貯金を使って外国の株式を買うようになったとしましょう。これは、日本の金融機関から預貯金が海外に流出することになります。
銀行は皆さんの預金を使って日本国債を買い入れています。その原資も減ってしまうわけですから、国債を購入する規模も縮小していくでしょう。日本は財政を均衡させようと口で言うだけで実際にはほとんど動けていないので、国内で国債の引き受け先がなくなってしまうと、日本国債を海外向けに積極的に販売する必要が出るのです。
しかし、今、米国債とドイツ国債の格付けは最高のAaaである一方で、日本国債の格付けは上から5番目のA1です(格付け会社ムーディーズによる)。にもかかわらず、日本国債は米国債よりも利回りが低いわけですから、買う人はなかなかいないでしょう。こんな状況がなぜ成り立っているのかといえば、日本国債の9割以上を国内で消化するという「国内ルール」が保たれているからです。
海外投資家で、低金利で為替リスクもある日本国債などわざわざ買う人はいません。買ってもらうためには、金利を適正水準まで引き上げなければならないのです。今より最低でも数パーセント高い金利が必要で、そうすると金利が急に上昇する可能性があります。そんな事態に陥ってしまう前に、高い金利支払いが必要になる財政赤字を減らすとともに、金利を徐々に引き上げて金融を正常化しておく必要があるのです。
GDP、失業率、旅行取扱状況、粗鋼生産高、日経平均株価など経済データを関連づけて見れば、日本と世界の動きがつかめます。40年間ウオッチし続けてきた人気コンサルタントが、国内外のニュースを紹介しながら、実際の経済・社会の動きと連動した生きた指標の読み方を解説。
小宮一慶著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

