人を驚かせるイノベーションはどこから生まれるのでしょうか。それは天才のひらめきではなく、誰でも再現可能な「思考の型」から生まれます。本記事は、日経記者である著者が大学院で学んだ理論を、豊富な取材経験をもとに解説した『超凡人の私がイノベーションを起こすには』(杜師康佑著/日本経済新聞出版)から、抜粋・再構成してお届けします。第3回は、OKIの睡眠習慣改善サービス「Wellbit Sleep」を開発した武市梓佐さん、櫻田孔司さんを主人公に、イノベーションが続くシステムの秘密に迫ります。
睡眠不足ニッポンを救え
日本人は世界的にみても睡眠時間が短く、不眠が生産性の低下につながっているとの指摘も多い。仏ヘルスケアスタートアップのウィジングスが自社の睡眠計測デバイスで各国ユーザーの睡眠時間について調査したところ、2020年の日本人の平均睡眠時間は6時間22分と14カ国中最下位。オランダのヘルスケア企業、フィリップスの21年の調査でも日本で睡眠に満足している人の割合は29%と中国(57%)やインド(67%)を大幅に下回り、調査対象13カ国の中で最下位だった。
武市さんと櫻田さんはOKI社内の技術力をうまく実装することで、日本人共通の課題でもある睡眠にアプローチできないかという問いを立てた。二人は睡眠に悩んでいる想定ユーザー、ソリューションの価値などと併せて、1枚のスライドにソリューションのコンセプトを表す概念図を描き出した。これを製薬会社や運輸会社など将来的にパートナーになってくれそうな30社以上の企業に提案して回り、コンセプトに対する反応を確かめた。
「睡眠改善サービスは世の中にたくさんありますが、臨床試験が実施されているものは少ないんですよね……」。訪問先との面談の中で得られたのは睡眠に関するサービスは世の中に数多くあれど、どれも科学的な根拠に乏しく、ユーザーからの信頼を得にくいという洞察だった。研究開発に時間はかかるが、臨床試験を通じて医学的に検証されたサービスであれば安心して使えるものとして差別化できるかもしれない。二人はOKI社内を説得し、2020年に京都大学との共同研究と臨床試験を始めた。
2022年には睡眠に問題を抱える116人に対して、4週間の期間で Wellbit Sleepのプロトタイプを利用した実験を行った。その結果、不眠重症度を示す尺度で改善効果を確認することができ、その研究成果を外部に公表するに至った。
イノベーションの活動の5つの「型」
武市さんや櫻田さんが取り組んだ一連のイノベーション活動には「型」がある。OKIが2018年から試験的に開始し、2020年に全社に広げた「Yume Pro(ユメプロ)」と呼ばれるプロセスだ。
Yume Proには大きく①「機会の特定」②「コンセプトの創造」③「コンセプトの検証」④「ソリューションの開発」⑤「ソリューションの導入」の5つのプロセスが存在する。
Wellbit Sleepでいえば、行動変容技術が睡眠の改善に役立つかどうか、可能性を探るステージが「機会の特定」、京都大学との臨床試験で科学的なエビデンスを得るステージが「コンセプトの創造」にあたる。その後、実際にプロトタイプを作る「コンセプトの検証」、市場で実際に使用する本製品を作る「ソリューションの開発」、そして社会実装する「ソリューションの導入」だ。
ものづくりを先にすると思考の幅が限定されてしまう
5つのプロセスで重要になるのは上流のプロセス。櫻田さんは「コンセプトの創造までで2年ぐらい時間をかけた」と話す。Wellbit Sleepの場合は臨床試験を伴ったため通常の製品開発より時間を要したという点はあるが、OKIでは「機会の特定」と「コンセプトの創造」に特に時間を割く。
技術力のある日本企業ではコンセプトに労力をかけず、いきなり「ソリューションの開発」に入ってしまうケースが多い。こうしたパターンは製品の形が目に見えるため一見すると分かりやすく、スピード感が出るように見える。だが、先にものづくりから入ってしまうと作ってしまった物理的なモノに思考がとらわれてしまう。他に最適な解決の形があったとしても発想の幅が限定されてしまったり、方針転換の余地が狭まってしまったりするリスクがある。
また、モノはできたとしても実際にユーザーや市場が望んでいるものとは異なる製品になってしまい、結局は誰からも使われず忘れ去られるというケースがいくつもある。OKIでイノベーション創出を統括する藤原雄彦常務理事は「コンセプトのないままモノを作って売ってきたのが過去数年のOKIだった」と話す。
武市さんや櫻田さんなど現場の社員だけでなく、OKIのYume Proのプロセスでは、現場で行われている個別のイノベーション活動が5つのプロセスのどの部分に位置するか、パフォーマンス評価を行う。進捗があれば次のプロセスに進むゴーサインを出し、さらなる検証が必要と判断すれば計画に変更を加えるモニタリングの仕組みが存在している。
成果が出るまで時間がかかる場合は、活動が潰れてしまわないようにイノベーション活動に携わる社員に助言を出すなどしてやる気を引き出したり、活動が停滞しないよう保護したりすることもある。
理論を知る日経記者が、現場で得た実践知をやさしく解説。
新たな挑戦に踏み出す、全ての人に贈るイノベーションの入門書。
杜師康佑著/日本経済新聞出版/1980円(税込)


