テクノロジーがどのように世界を変えていくのか。新刊『 日経テクノロジー展望2027 世界を変える100の技術 』(日経BP)では、注目される100の技術を集め、その革新性やインパクト、将来性などを解説する。今回は100の技術のうち、ビジネスパーソンを対象とした調査で「2031年期待度」2位の「フィジカルAI」を取り上げる。
AIがロボットや機械を自律的に制御、工場などでの人手不足を解消
フィジカルAI(人工知能)の最も威力を発揮しそうな場が工場だ。工場には、既存のロボットや制御機器で自動化できなかった領域が数多く残る。人手不足に苦しむ中、フィジカルAIでの制御ならば、ロボットや機械で代替できるかもしれない。従来のファクトリーオートメーション(FA)と別次元の自動化を工場にもたらすとして、期待が高まる。
工場で人型ロボットが自動車部品を運び、電子基板の検査を担う――。米国や中国の人型ロボットを中心に活気づくフィジカルAI。文章や画像、プログラムなどデジタルデータの出力にとどまっていた生成AIが、ロボットを介して行動を生成する時代に入った。
特筆すべきは、生産ラインにロボットを導入する際の動作プログラミングなど、システムインテグレーションの度合いだ。「倉庫のピッキング自動化」を例に比較してみよう。従来のルールベースによる制御では、まず倉庫の3次元位置を定義して、経路計画を作る。次にロボットを誘導し、物品に近づいたら相対位置を画像情報から取得、動作計画を経て物品をつかむ。
この一連の動作をプログラムで作り込めば、高速かつ高精度な自動化が可能だ。ただし、倉庫ごとに作り込む必要がある。倉庫Aの自動化が倉庫Bにすぐ適用できるわけではない。前提条件が変われば、かなり手を入れなくてはならない。
しかし、状況に応じて自律的に判断するフィジカルAIなら、多様な条件に対する適用範囲が広い。現場データの学習工数こそ要するものの、倉庫ごとに細かく作り込む手間は減る。一度構築すれば水平展開が容易だ。
産業用途でのフィジカルAIの適用は、人型ロボット導入という形で世界的に進んでいる。韓国・現代自動車グループは、傘下の米ボストン・ダイナミクスの人型ロボットを自動車工場に導入する。トヨタ自動車もカナダの製造拠点で、米アジリティ・ロボティクス製の人型ロボット導入に向け、両社で協業を始めた。
急成長する米国や中国の新興人型ロボットの普及は、日本が強いFA・ロボット産業のお株を奪うのではないかとの懸念の声もある。ところが、日本の主要な産業用ロボット各社は、異口同音でフィジカルAIを「好機」と語る。フィジカルAIが台頭しても、産業用ロボットが確立したルールベースの制御による自動化はなくならないとの確信があるからだ。
例えば安川電機は、フィジカルAIで制御する自律ロボット「MOTOMAN NEXT(モートマン・ネクスト)」を2023年に市場投入した。従来のルールベースで制御する産業用ロボットとは異なる新しいラインアップだ。同社技術開発本部AIロボティクス統括部長の久保田由美恵氏は、「プログラムできる作業をAIに置き換えるのは、デメリットしかない」と語る。
AIによる制御は、その都度計画してから動く。事前にプログラムした動作の繰り返しに比べて、速度や精度が落ちる。同社は既存の産業用ロボットで従来の自動化領域を確保しつつ、梱包作業など「ルールベースでカバーできなかった作業領域」の自動化を、フィジカルAIで補おうと狙う。
フィジカルAIの中核を握るのが、米エヌビディアだ。安川電機の自律ロボットは、エヌビディア製のGPU(画像処理半導体)を内蔵する。中国の人型ロボット新興企業も、エヌビディアの組み込みAIモジュールで制御することが多い。
背景には、エヌビディアが提供する潤沢な開発環境がある。ロボットの強化学習向けシミュレーションや、カメラ映像を基に動きを直接生成するVLA(視覚言語行動)モデルなど、フィジカルAI構築に必要なツールを幅広くそろえる。GPUの活用幅が広がるほど収益も上がるため、好循環のエコシステムができている。
VLAモデルの構築では、米中が莫大なデータと計算資源をつぎ込む。日本が真正面から挑むのは困難だ。そこで重要になるのが、学習のアルゴリズム改善である。理化学研究所革新知能統合研究センターロボットラーニングチームチームディレクターの長隆之氏は、データ収集のコストの高さに鍵があると見る。「数回の試行で適応できるアルゴリズムができれば、競争ルールはリセットされ、ゲームチェンジのチャンスが出てくる」(長氏)として、少ないデータで最適な動きを学習できるモデル開発に注力する。
(書籍『日経テクノロジー展望2027 世界を変える100の技術』を基に再構成)
日経BP編、日経BP、2970円(税込み)




