過去に大成功した「高度成長期の日本モデル」では新しいことに挑戦するインセンティブが弱くなります。その結果として、日本企業は成長できなくなったのです。企業復活の処方箋を説いた名著『 会社は頭から腐る あなたの会社のよりよい未来のために 「再生の修羅場からの提言」 』(冨山和彦著/ダイヤモンド社)を、大海太郎・タワーズワトソン社長が読み解きます。『 ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
過剰適応されたシステムだけが残った
日本では終身雇用、年功序列といった仕組みが高度成長期と非常にうまくマッチし、無用な軋轢(あつれき)を排除して安心感を持って仕事ができるという、極めて安定した階層構造が出来上がりました。日本は当時の時代と社会に完璧なまでに適応した合理的なシステムを発展させてきたのです。
その後、高度成長期が終わり低成長時代を迎えるなかで、高齢化が急速に進展するなどの変化が起こります。これだけシステムの前提が変わってしまったら、システムもそのままでは機能しないのは自明ですが、過剰適応されたシステムなだけに変更がままならなかったことが、「失われた20年」の苦境の原因でした。
よい学校に入ってよい会社に就職すれば一生安泰でいられると信じて、多くの人は受験勉強にいそしみ一流の大企業に入りました。残念ながら、それは多くの場合、幻想にすぎなかったのですが、実際に中にいる人がその幻想を自ら打ち破ることは大変なことです。
むしろ、せっかく獲得した地位を何とか守って「また日本経済が良くなれば、以前のようにうまくいくはずだ」とどこかで期待して「待ち」の状態に入ってしまう方が自然ではないでしょうか。
このことが日本企業の不祥事の遠因になっていると冨山氏は言います。アングロサクソンの「利害社会」に対して、日本は「ムラ(村)社会」です。ムラ社会では構成員のインセンティブは共同体の現状の維持にあり、変革をせず、現実を見なくなります。構成員の必死の頑張りは、正しくない方向に事態を進めてしまうことがあるのです。
過去に大成功した「高度成長期の日本モデル」では新しいことに挑戦するインセンティブが弱くなります。より成功して上位にいる人ほど、何かを変えるインセンティブは乏しくなってしまっています。結果として日本企業がリスクテークをして利益を上げたり、成長したりすることができてこなかったのです。
ケーススタディ 関心が内部に向かう社員
1990年代後半に入って、ハイテクメーカー大手A社の営業部に勤務するB課長の部署に、その頃、急速に普及し出したパソコン関連の新興企業から業務提携の話が持ち込まれました。
伸びている分野でしたし、非常に有望なビジネスの話だと思ったB氏は、A社の新しい収益源になると確信して提携実現のために動き出しました。
最終的に稟議(りんぎ)にハンコを押してもらう必要があるのは何人か確認したところ、8人でした。その8人にあらかじめ根回しをすべく、まず同僚の課長3人に相談して支持を取りつけてから、副部長2人、部長、本部長にそれぞれ説明に行き、了承を得ました。最後に担当役員に説明に行ったところ、「やめた方がいいんじゃないか。最近までは部署も会社もまずまずうまく行っているし、無理して新しいことをやる必要もないだろう。この提携を進めるとC専務に文句を言われる可能性が高いし」と言われて、この話は立ち消えになってしまいました。
バブル崩壊後、急速に業績が悪化したA社は2000年代に入って、B氏の部門をD社の同じ分野の部門と合併させて新会社Eとして独立させることにしました。B氏は担当部長になっていて統合委員会のメンバーに指名されました。B氏は苦境に陥っていたビジネスを立ち直らせる絶好の機会になると張り切って、新会社Eにおける顧客開拓や旧A社と旧D社によるそれぞれの顧客に対するクロスセル、新製品に関するアイデアなどを持って、合併関連の第1回打ち合わせに出席しました。
しかし、その打ち合わせで出た議題は組織図をどうするか、各部署の長は誰にするのか、といった内容に終始しました。釈然としない気持ちで会社に戻ったB氏に同僚や部下は興味津々で、「それで社長はどちらの会社から出るのか? うちの部署の部長は当然こちらの会社の人がなるのか」と聞いてきました。B氏ははたしてこれで新しい統合会社は成功するのだろうか、と懸念が募るばかりでした。
社員のインセンティブを変える
しかし、B氏の懸念をよそに、新会社Eの社長には、関連業界において日本に新たに進出した外資系企業のビジネスをゼロから立ち上げ、業界有数の会社に育てた実績を持つF氏が招聘(しょうへい)されました。F氏が社長に就任するまでは、統合委員会で事業や組織の継続性のために部長と副部長はそれぞれ異なる出身母体からの組み合わせにするといった合意がなされていましたが、F社長はいくつかの重点分野ではそのような合意を全く無視した人事を実施したり、場合によっては外部から中途採用したりして重要なポストにつけました。
外部から招聘されたF氏の社長就任とその後の人事を見て、それまでどのポストやどの事業はどちらの会社が取る、取らないといった内部抗争に明け暮れていた旧A社、旧D社の社員とも、「これはどうも様子が違う。内部で椅子争いをしている場合ではない」と目の色が変わってきました。
F社長は着任後すぐに、順番に社員と面談を開始していました。その面談の際にB氏はかねて考えていた新会社Eにおける営業のアイデアをF社長に説明すると、「それは面白そうですね。ぜひやってみてください」といきなり担当チームの責任者として発令されました。A社では考えられなかったスピードの展開に、B氏は張り切って自らのアイデアの実現に取り組んだことは言うまでもありません。
ただし、現実は甘くなく、B氏の試みは1年たっても成果を上げられませんでした。2年目も満足がいく結果が出なかったところ、B氏は閑職に異動となってしまいました。ただ、異動の発令の際に、F社長からは「これにめげずにぜひまた次の新しいアイデアを出してください」と言われたのにB氏は驚きました。
A社では、一度仕事上の失敗をすると挽回のチャンスはないものとされ、あとは生活のために意に沿わない業務を定年まで続けることになるというイメージがあったからです。確かにE社の周囲の同僚を見渡しても、いつの間にかA社時代とはずいぶんと違う様子で、常に何か新しいことはできないかと考えながら働くムードになっていることにB氏は気づきました。
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