究極の次世代エネルギーとして投資が加速する水素を学びたいという読者に向けて、東京大学先端科学技術研究センター 水素エネルギー分野の河野龍興教授が良書を推薦する2回目です。今回は中級者に向けて、水素ビジネスを進めるうえで必須となる知識が習得できる書籍を紹介します。
水素ビジネスの「次の一手」のヒントを与えてくれる
前回は、水素社会の全体像やカーボンニュートラル、水素技術の基礎を理解するための入門書を紹介してきました。もちろん、実際に水素関連ビジネスを検討する段階になると、それだけでは十分とはいえません。技術や政策、海外動向などについて、より専門的な知識が必要になります。
そういった知識を蓄えるうえで、お薦めするのが、『水素エネルギーの事典』(水素エネルギー協会編集/朝倉書店/2019年3月刊)です。この書籍は最初から最後まで読み通すというよりも、キーワードが出てきたら辞典のように調べる本という位置付けとなるでしょう。
本書の特徴は、「知識を広げる」ことよりも、「知識を深める」ことにあります。例えば、会議で新しい技術用語が出てきたときなどに本書を開けば、そのテーマについて専門的な解説が得られます。ビジネスの現場で疑問が生じた際に、すぐに調べられるリファレンスブックとして活用できる点が大きな魅力です。
また、水素技術そのものだけでなく、日本をはじめ世界各国の水素政策やプロジェクトの動向も紹介されています。企業が新たな事業を検討する際には、「海外ではどのような取り組みが進んでいるのか」「政策や規制はどのように整備されているのか」といった情報を把握することが欠かせません。本書は、そのような視点でも有益な情報を提供してくれます。
中でも特徴的なのは、第7章「水素エネルギーシステムと社会」です。この章では、日本をはじめとする各国の水素社会の現状や、水素エネルギーシステムの将来像、社会実装に向けた課題などが整理されています。水素を一つの技術としてではなく、社会システム全体の中でどのように活用していくのかを考えるうえで、多くの示唆を与えてくれる内容です。
本書は、専門用語も多く、技術的な解説も少なくないため、水素について初めて学ぶ人には少し難しく感じられるでしょう。しかし、基礎を身に付けた後に読むことで、理解は一気に深まります。研究開発部門の担当者はもちろん、新規事業を検討する企画担当者や、事業戦略を考える経営層にとっても頼れる一冊になるはずです。水素社会は、基礎知識だけではビジネスにつながりません。技術の成熟度や政策の方向性、世界各国の動向を理解して初めて、自社がどの領域で勝負すべきかを判断できます。本書は、そうした「次の一手」を考えるための知識を与えてくれます。
水素をはじめとする燃料の製造・利用技術に重点
次に中級者向けとして紹介するのは、『カーボンニュートラルへの化学工学~CO2分離回収、資源化からエネルギーシステム構築まで』(化学工学会編集/丸善出版/2023年11月刊)です。本書は前回紹介した『図解でわかるカーボンニュートラル』と同じく、脱炭素社会全体を扱っています。しかし、その内容はより専門的で、特にエネルギーや燃料の製造・利用技術に重点が置かれている点が特徴です。例えば、CO2を原料としてメタンなどの燃料を合成する「メタネーション」をはじめ、CO2の分離・回収・資源化技術(CCUS)、バイオマスの利用、燃料製造プロセスなど、カーボンニュートラルを支えるさまざまな技術について詳しく解説しています。
カーボンニュートラルを実現するために、水素は理想ですが、水素だけですべてのエネルギー需要を賄うことは現実的ではありません。そのため、回収したCO2を有効活用しながら燃料を製造する技術や、既存の炭素資源を上手に利用する技術も、これからのエネルギー社会では重要な役割を果たします。本書は、そうした「水素と他の技術との関係」を理解するうえで、多くの示唆を与えてくれます。
編集を担当した化学工学会は、化学工学分野の研究や産学官連携を推進してきた団体です。本書も、第一線で活躍する研究者や技術者によって執筆され、技術的な裏付けに基づいた内容となっており、入門書と比べると専門用語も多く出てきます。その分、参考文献の紹介なども充実しており、気になったテーマをさらに深く調べていくための「入り口」としても役立ちます。
また、水素をきっかけに、合成燃料やグリーン燃料、CO2の有効利用など、より広いエネルギー分野へ関心を広げたい人にとっても、貴重な一冊となります。水素だけに焦点を当てるのではなく、燃料全体を見渡しながらカーボンニュートラルを考えられる構成となっているため、エネルギーシステム全体への理解を深めることができます。
タイトルの通り水素社会の仕組みと動向がわかる
水素社会は、今この瞬間も大きく動き続けています。各国では新たな政策が打ち出され、企業による大型投資や実証プロジェクトも次々と進められています。そのため、水素ビジネスを考えるうえでは、基礎知識を身に付けるだけでなく、「現在どのような取り組みが進んでいるのか」を継続的に把握することが重要になります。
そのような視点で薦めるのが、『図解入門ビジネス 最新 水素エネルギーの仕組みと動向がよ~くわかる本[第2版]』(今村雅人著/秀和システム新社/2026年5月刊)です。水素エネルギーに関する最新の政策動向や新しいデータ、最前線のトピックスが幅広く網羅されています。
本書の最大の特徴は、水素の基礎知識だけでなく、現在進行形で変化している水素社会の動きを一冊で俯瞰(ふかん)できる点にあります。水素の製造・輸送・貯蔵・利用といった基本技術はもちろん、日本をはじめ世界各国の政策動向、水素関連市場の現状、企業による取り組み、最新技術まで、幅広いテーマが図解を交えながら整理されています。
近年、水素を取り巻く環境は大きく変化しています。世界各国がカーボンニュートラルの実現に向けて投資を拡大し、日本でも水素基本戦略の改定や関連制度の整備が進んでいます。こうした変化は非常に速く、数年前の知識だけでは現在の状況を正確に把握することはできません。本書では、第2版への改訂に合わせて最新の政策や市場データ、技術動向が反映されており、「今の水素社会」を知るための情報源として活用できます。
また、本書は専門書でありながら、「図解入門ビジネス」シリーズならではの読みやすさも魅力です。イラストや図表を多く用いながら解説されているため、技術者だけでなく、新規事業や経営企画、営業部門など、水素ビジネスに関わる幅広い読者が理解しやすい構成となっています。
本書は、これまで紹介してきた入門書や専門書とは少し役割が異なります。水素社会の仕組みを一から学ぶというよりも、ある程度の基礎知識を身に付けた人が、「現在、世界では何が起きているのか」「政策はどのような方向へ進んでいるのか」「企業はどこへ投資しているのか」といった最新動向を確認するための一冊といえるでしょう。
今回は、水素を学ぶ書籍を、中級者向けに3冊紹介しました。次回は、水素社会の最終回として、私が読者の皆さんにぜひ読んでいただきたい書籍を2冊紹介します。
東京大学先端科学技術研究センター 水素エネルギー分野 教授
(取材・構成:木村 知史=CocoSmile 編集者)



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