ジャーナリストで東京科学大学リベラルアーツ研究教育院特命教授の池上彰さんと同大学の学生・卒業生らが開催している「池上読書会」。2026年3月15日の読書会は『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』が題材となり、ゲストとして、膨大な読書経験を持つマネーフォワード総合研究所長・瀧俊雄さんらも参加しました。当日の様子を3回にわたりリポートします。今回は、池上さんと瀧さんのトークセッションの後編をお届けします。
働きながら本を読むには
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院特命教授・池上彰さん(以下、池上) 今回は読書会に参加しているみなさんの質問に答えましょう。まずは「新卒時から本を読んでいましたか」という質問です。

ジャーナリスト、名城大学教授、東京科学大学特命教授ほか7つの大学で教える
マネーフォワード総合研究所長・瀧俊雄さん(以下、瀧) 私は研究職だったので「絶対に月に5万円は本を買うぞ」と心に決めていました。2004年当時はまだAmazonが今のようにメジャーではなかったんですが、野村證券の寮母さんから「やたらと箱が届く」と苦情を言われました(笑)。でも、忙しすぎて、だんだんと1冊通読するのが難しくなり、つまみ読みになってしまいました。

マネーフォワード 執行役員グループCoPA (Chief of Public Affairs)、サステナビリティ担当、マネーフォワード総合研究所長
池上 私の場合、NHKの社会部で2年間ほど警視庁の捜査一課を担当していました。いわゆる殺人事件を扱う課です。毎晩、毎晩、深夜に捜査員が帰宅するのを待ちかまえているんですが、ライバルの新聞社に「池上はこの捜査員から話を聞いてるぞ」と見つかると、ネタ元をつぶされてしまう。その捜査員が違うところに飛ばされるんです。
だから、ライバル記者に見つからないように、捜査員の自宅前からちょっと離れた電柱の陰に隠れていたんですが、住民に不審がられて110番通報されてしまった。パトカーから警察官が降りてきて、「君、ここで何をしているんだ」と聞かれ、「ああ、これが噂の職務質問か」と。「友達が帰ってくるのを待っているんです」とか何とかとぼけたんですけど、ただひたすら待っているというのもつらくて、どうにかできないかなと。
そこで、NHKの英会話テキストを読んで英文をブツブツつぶやきながら覚えたり、捜査員が帰ってくるまでの間にファミレスで経済学の本を読んだりしていました。大学時代は学園紛争で授業らしい授業がなかったので、経済学の本などを読んだのは社会人になってからでした。
瀧 時間を有効活用されていたんですね。
池上 当時は「将来これが役に立つ」なんて考えもしなくて、とにかく時間を持て余していて、時間をつぶすためには本しかなかっただけなんですけどね。でも、今でもとにかく手元に本がないと落ち着かないわけですよ。仕事で大阪に行くときには新幹線の中で行きに読む本が1冊、読み終わったときのために1冊、もしも新幹線が止まったときのために1冊、といつも3冊持ち歩いています。
瀧 昔、「岩波新書は新幹線で東京から新大阪に行く間に読み終えられるように書かれている」と聞いたんですが、こだまを想定していたんですかね。のぞみだとけっこう早く着いてしまいますよね。
池上 私の学生時代は、「岩波新書は通学の往復の電車の中で読むものだ」と言われていました。
瀧 ちょっと話がずれますが、日本は母語で専門書が読める数少ない国ですよね。やはり、母国語で本が読めるのはいいことだと思います。
池上 私はNHKにいたころ、ベトナム戦争の本を書こうとして、夏休みを使ってベトナムと周辺国に行ったことがありました。ベトナムの若者たちはベトナム語で本が読めるので、本当にむさぼるように本を読んでいました。それを見て、ああ、ベトナムは発展するなと思いましたね。周辺国にはそもそも書店がなく、本を読んでいる人をまったく見かけませんでした。
そういえば、中東諸国に行ったときも書店を見かけませんでした。『コーラン』は読むけれども、読書をしている人は見かけなかった。ところが、イランに行ったら書店があり、人々はペルシャ語で書かれた本を読んでいました。「イランがほかの中東諸国と同じだと思っていると、とんでもないことになるぞ」と思いましたが、今こんなことになるとは、という感じです。

あのころの自分に薦めたい本は
池上 次は「若かったころの自分にどんな本を薦めたいですか」という質問です。
瀧 実は私には毛嫌いしている分野がありまして、小説と哲学です。哲学の本だけは学生時代じゃないと読めないな、と。ひとたび知の巨人の肩に乗ってしまえば社会人になってからでも哲学書を読めると思いますが、その肩に乗るまでのステップは学生時代につくっておくべきでした。今、目の前に大学1年生の自分がいたら、「経済なんて分かりきったものよりも哲学を読め」と言いたいですね。
それから長年、専門書や研究書を読むことに時間を費やしてきたので、いわゆるベストセラーの小説を読んでいないんです。楽しみというよりも必要に迫られて小説を読んでいるので、もっと自然な形で哲学と小説に出会いたかったですね。
「分かったふり」をしていた本は
池上 「あのころの自分に合わなかった本や、当時は分かったふりをしていた本を読み返すことはありますか」という質問も来ています。
瀧 いい質問ですね(笑)。実は研究系の本って、私にとっては思ったよりも役に立たないんですよ。いくら読んでもあんまり新しいインサイトがないというか。特に金融の世界では「そんなにいい知識だったら商品になっているはずだ」と。情報商材でも「そんなにいい話だったら、何であなたがやっていないんですか」と思いますよね。実は専門分野では「読んだことにしている本」が多く、ときどきは読み返します。でも、あんまり糧にはなっていないかもしれません。
池上 私の場合は経済学部だったので、やっぱりマルクスの『 資本論 』(エンゲルス編/向坂逸郎訳/岩波文庫)ですね。大学生のときに読んだけれども全然理解できなくて、挫折して、何となく読んだふりをしていました。
ところが、フリーになってから『 池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」 』(集英社文庫)という本を書いてください」と言われてしまって。編集者が高校生を集めて資本論の授業をするとなったとき、ちゃんと『資本論』を読んで初めて理解できました。高校生に分かるようにかみ砕くためには、本当に理解しなければいけないということですよね。「労働力の商品化とは何か」を高校生が「分かった」と言ってくれたときは本当にうれしかったです。
瀧 素晴らしい。私、『資本論』は乗り越えられなかったんですよ。でも、唯一乗り越える方法があって、それは耳学問です。AmazonのAudibleはよく使いますが、『資本論』はそれでもダメで、COTEN RADIOでの解説を聞いてやっと理解できました。本当に読みづらい本は、耳から強制的に入れるという手があります。
池上 学生時代にマックス・ウェーバーの『 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 』(大塚久雄訳/岩波文庫)は読みましたか。
瀧 『資本論』よりは読みやすかったです。薄いですし。
池上 『プロ倫』は米国の資本主義を考えるときに読み返すと、「カルヴァン派の考え方はこうなっていて、それが福音派につながっていくのか」と理解が深まりますね。
瀧 そうですね。ただ、ラストベルト(さびた工業地帯)は想定されていなかったわけで、そうしたある種の人の傷つきをどうやって解消していくかと苦しんでいるのが、今の世界だと思います。『プロ倫』は長い注釈のついた本も出ていますね(『 解読 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 』[橋本努著/講談社選書メチエ])。あれは読書会向きだと考えています。

池上彰が夢中になっている1冊は
池上 次の質問は、「これだけいろんなインプット方法がある中で、本を選ぶ意味、本から得られる体験とは?」です。
瀧 野村證券にいたとき、「行間を読ませるんだ」と言われ、1000字ぐらいのコラムを32回書き直させられたことがあります。それ以降、私は文章というか本は「行間を読みたい」と思って、読むようにしています。その文章が思うように書けなかったのか、書きすぎてしまったのかが分かると滋味がありますね。
池上 本はタイパがいいですよね。例えば90分のYouTubeを2倍速で見ても、全部が頭に入るわけではありません。本は極めて効率的にいろんな知識を吸収できます。逆説的ですが、本を読むことはタイパがいいと思っています。
もちろん、本には読む楽しみもあります。私が今、夢中になっているのは『 プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)(下) 』(アンディ・ウィアー著/小野田和子訳/ハヤカワ文庫SF)。少しずつ謎が解明されていく部分がよくできています。
では、最後に今回の対談のまとめをお願いします。
池上 その人の書棚を見ると、その人がどんな人なのか、何を考えているかが分かると思います。読書が人をつくるのです。瀧さんも高校生のときに経済学に関する本を読んだことが、マネーフォワードの起業につながったわけですよね。
例えば、誰かとお付き合いすることを考えているときは書店デートをしてみるといいですよ。相手はどんな棚に関心を持つのか。自分が興味のある棚にまったく関心を持たない人は、付き合うのをやめたほうがいいかもしれません。それぐらい、人は読んできた本によってつくられるものだと思います。
文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)
