クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高400億円、社員数2900人にまで達している。同社の急成長を支えるのは全社に根づく「読書文化」だ。同社の「本」活用の秘訣を伝える書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(宮本恵理子/日本経済新聞出版)から、創業者である辻庸介グループCEOの読書遍歴を紹介する。第4回は2020年代以降に読んだ名経営者の本や読書のメリットについて。(文中敬称略)

人間理解のための読書時代

 2020年代に入ってから、辻が選ぶ本は“名経営者”といわれる人物の評伝や自伝、人生哲学に関するものの割合が高くなった。

・日本マクドナルド・藤田田の『Den Fujitaの商法』シリーズ(KKベストセラーズ)
・ヤマト運輸・小倉昌男の『 小倉昌男 経営学 』(日経BP)
・リクルート・江副浩正の『 リクルートのDNA 起業家精神とは何か 』(角川oneテーマ21)
・サイバーエージェント・藤田晋の『 渋谷ではたらく社長の告白 』(幻冬舎)
・カルチュア・コンビニエンス・クラブ・増田宗昭の『 増田のブログ CCCの社長が、社員だけに語った言葉 』(CEメディアハウス)
・ドン・キホーテ・安田隆夫の『 運 ドン・キホーテ創業者「最強の遺言」 』(文春新書)

 これらはほんの一例である。「国内で出版された経営者の著作はほぼ読み尽くしたと思います」という辻の言葉は大げさではないのだろう。

 2019年のスマートキャンプ、2020年のアール・アンド・エー・シー、2021年のHiTTOなど、M&A(同社では「グループジョイン」と呼ぶ)による非連続成長戦略の実行が続いたこの時期には、経営者としての度量が試される交渉も重なったはずだ。

 業界やサービスが対象とするユーザーの属性、企業規模を問わず、一つの会社を興して成功を収めた名経営者たちが、何を課題ととらえ、どう分析し、どう対処しようとしてきたのか。その一つひとつのケースが辻の頭の中のファイルに記録されていった。

 かつて在籍したソニーの経営からも大いに学んだ。特に『 ソニー 盛田昭夫 “時代の才能“を本気にさせたリーダー 』(森健二/ダイヤモンド社)と『 日本企業初のCFOが振り返るソニー財務戦略史 』(伊庭保/日本経済新聞出版)は、辻にとってバイブル的存在なのだという。

 「もちろん、読んだ本に書かれてあることのすべては覚えられないです。ほとんど忘れてしまっているかもしれません。ただ、自分の頭を“通す”ことで思考の引き出しが増えていくような感覚はありますね」

 経営者は“孤独”だという。

 時代を駆け抜けた名経営者との対話を通じて、時に励まされ、時に叱られ、辻も静かな交流に癒やされているのかもしれない。視座を高く、人間としての器を広げるために。第4フェーズ、「人間理解のための読書時代」は今も続いている。

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本は「信じられないくらい贅沢(ぜいたく)」

 ここで一つ、誤解をあらかじめ解いておきたい。

 経営の先達が書いた本から貪欲に学び続ける辻ではあるが、だからといって人に直接会う時間を削っているわけではない。むしろ「顔を合わせ、対話をしながら得られる鮮明で濃厚な学び」こそ貴重と考え、自ら会いに行く行動を積極的に選んでいるほうだ。1日だいたい10件前後、多いときで20件近くのミーティングが続く日も珍しくない過密スケジュールの中、極力、人と会う時間を増やしているのだと語った。

マネーフォワードの辻庸介グループCEO
マネーフォワードの辻庸介グループCEO

 では、「会う学び」と比較しての「読む学び」のメリットとは何なのか。辻の答えは明快だった。

 「めちゃめちゃ“コスパ”がいいと思うんです。まず、著者の方が人生をかけて積み上げた経験やそこから得られた知恵を、1冊の本というパッケージに詰めてくださっているなんて。信じられないくらい贅沢な中身ではないですか。特定分野のテーマを解説する本であれば、網羅性が行き届いた構成で、全体像を理解することができる。すごいことですよね。もしその著者の方と会食の機会をいただけたとしたら非常に幸運ですが、どんなに急いで根掘り葉掘り聞こうとしても、本1冊分の情報量を上回って得られることはないはずですから」

 目を輝かせながら、辻は続けた。

 「しかも、それがたった数千円で手に入るのだから破格です。絶版にさえなっていなければ、欲しい本はすぐに誰でも手に入る。オープンアクセスできるのはありがたいですよね」

 総じて効率がいい、コストパフォーマンスがいい、というのが「読む学び」に対する辻の評価だ。誰でもアクセスできる良質で凝縮したインプット。だからこそ読書力は“差”を生むのだ、という指摘も忘れなかった。

 本というケーススタディを通じて無数の経営者に教えを請う時間を重ねてきた辻は、「名経営者たちの共通点」もつかんでいるようだ。ふいに投げかけた問いに対してパッと出てきたものだけで3つを数えた。

 1つは、「顧客主義」。サービスやモノを届ける先のユーザーは何を求めているのか、何をしたら喜ばれるのか。徹底して考え、試行錯誤して、ベストを尽くす姿勢は、辻が創業以来貫いてきた「User Focus」とも通じる。

 もう1つは、「続ける力」。技術の進化に伴い、ビジネスのライフサイクルが短くなる世の中で、初心をぶらさず、愚直に続けること。継続が生む資産の価値を、創業14年目を迎える辻もまた実感しているのだという。

 そして3つめは、「情熱」。衰えることのない熱量を放つリーダーシップがあれば、ピンチに瀕したときの組織の結束、ここぞというときの馬力が生まれることを、事例が証明している。

写真/鈴木愛子

クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高400億円、社員数2900人にまで達している。急成長を支える「本」活用の秘訣を、辻庸介グループCEOから現場の社員まで徹底取材。全社に根づく「読書文化」を明らかにする。

宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)