ネットに情報があふれ、AI(人工知能)による自動化が進む時代だからこそ、確かな知識を効率良く得られ、考える力と問いを立てる力を養える「本」の役割が重要になっています。こうした本の力を人材育成と組織づくりに最大限活用しているのが、クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードグループです。同社は、創業13年で売上高が500億円超、社員数が2810人にまで急成長しました。いったいどのような取り組みをしているのでしょうか。マネーフォワードグループCHO(Chief Human Officer)の石原千亜希さんと、同社の取り組みをまとめた書籍『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』(日本経済新聞出版)の著者でノンフィクションライターの宮本恵理子さんが登壇したトークイベントの模様を3回に分けてお届けします。第1回はマネーフォワードのさまざまな本の活用プログラムと社員に根づく読書文化について。

※このイベントの動画は こちら からご覧いただけます。

読書が会社のカルチャーに

ノンフィクションライター・宮本恵理子さん(以下、宮本) マネーフォワードでは読書文化が根づいていて、リーダー研修や「経営合宿」、新任ミドルマネージャーに向けたスキルアップ研修などで本をフル活用されていますよね。

マネーフォワードグループCHO・石原千亜希さん(以下、石原) はい。例えばリーダーとしてのレベルアップを目指す「Leadership Forward Program(LFP)」は約半年間にわたって展開されますが、その中では課題図書や推薦図書が出て、読書を通して研修の学びをさらに深める、という仕立てになっています。また、経営幹部が泊まり込みで重要テーマについて議論する「経営合宿」を、執行役員は年に2回、取締役は年に4回実施していますが、そこでも事前に共通の本を読んでから参加することが多くあります。それらとは別に、テーマを決めて読書会を開くこともあります。

宮本 「LFP」の参加対象者はどのような人たちなんですか。

石原 2つあって、1つは本部長レベルの社員たち向け、もう1つはマネージャーになって日が浅い社員向け、というふうに分けて実施しています。課題図書や推薦図書も、それぞれ異なります。

宮本 若手の人材育成として課題図書が出ることはありますが、マネーフォワードではマネージャーや本部長クラス、さらに役員に上がっても課題図書が出るわけですね。

石原 もちろん、読書だけが重要なインプットではありませんが、本を読むことは社内では役職を問わず行っていますね。おそらく、社内で一番読んでいるのは創業者でCEO(最高経営責任者)の辻庸介でしょう。

宮本 辻さんは読書家の経営者として知られている方ですよね。

石原 当社で読書文化が根づいているのは、辻の影響が大きいと思います。共有スペースの棚には本がたくさん並んでいて、辻の執務室は本に囲まれた状態です。とはいえ、そうした環境を特別なこととして意識したことはありませんでした。『会社は「本」で強くなる』の取材をしていただいたことがきっかけで、読書がうちのカルチャーの1つになっていることに気づかせてもらいました。

石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた(写真:鈴木愛子)
石原千亜希さん(右)と宮本恵理子さん。イベントは東京・日本橋兜町の「Book Lounge Kable」で行われた(写真:鈴木愛子)
石原千亜希(いしはら・ちあき)
マネーフォワード 取締役執行役員 グループCHO(Chief Human Officer)、DEI(Diversity, Equity & Inclusion) 担当
2012年に有限責任監査法人トーマツに入所し、2015年に会計士登録。2016年に株式会社マネーフォワードに入社し、IPO(新規株式公開)準備などに携わる。株式上場後は経営企画部長・IR(投資家向け広報)責任者として、海外公募増資、東証1部への市場変更、サステナビリティプロジェクトの立ち上げなどに従事。2021年に人事に主務を移し、同年よりPeople Forward本部 本部長として人事制度改定プロジェクトなどを主導。2023年、CHOに就任。

宮本恵理子(みやもと・えりこ)
インタビュアー、ノンフィクションライター、編集者
1978年、福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)入社。『日経WOMAN』編集部、新雑誌開発などを経て、2009年末より独立。AERA『現代の肖像』、NewsPicks『仕事の哲人』、Business Insider Japan『ミライノツクリテ』、日経ビジネス電子版『僕らの子育て』など、人物ドキュメンタリーの取材執筆を積極的に行う。個人向けオーダーメイドの本づくり「家族製本」やインタビュー&ライティング講座を主宰。

女性社員向け読書会でキャリアの不安を予防

宮本 割と最近の取り組みとして、女性社員を対象にした「Lean In Money Forward」という有志の取り組みも行っているそうですね。

石原 はい。私が立ち上げた会で、Facebook元COO(最高執行責任者)のシェリル・サンドバーグさんの『 LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲 』(村井章子訳/日経ビジネス人文庫)を題材にして行っている取り組みになります。狙いは、年齢、役職、職種を超えた女性社員が経験や悩みを共有し、ロールモデルを身近に感じることで「一歩踏み出す勇気」を育むことです。

 女性社員同士でも、ライフステージが違うと、仕事以外の話をする機会が実はそんなにないものなんですよね。学生時代の女友達でさえ、結婚や出産のタイミングが違うと疎遠になるケースが少なくありません。私自身も20代後半から30代前半にかけて経験したことで、そういうところからキャリアの断絶や不安、葛藤が起きることを実感しました。

『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』(シェリル・サンドバーグ著)。画像クリックでAmazonページへ(写真:スタジオキャスパー)
『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』(シェリル・サンドバーグ著)。画像クリックでAmazonページへ(写真:スタジオキャスパー)

宮本 なぜ、『LEAN IN』を題材にしようと思ったのでしょうか。

石原 私にとって、人生のバイブル的な本なんです。私自身は多読をしているタイプではなく、1度読んだ本を読み返すことはほぼありませんが、この本は5、6回読んでいます。好きな言葉をエクセルに入力して、いつでも見返せるように印刷して持っています。

宮本 心のよりどころのようになっている一冊なんですね。ご自身では読書量が多くないと思われているようですが、そんなことはないでしょう。マネーフォワードの方は皆さん、そうなんですよね。「私、全然読んでません」と言いながら、聞くと読書愛があふれ出して、お薦め本が続々と出てくる方が多いですね。

 女性社員を対象にした「Lean In Money Forward」は、国が主導する女性活躍推進の文脈にも合致します。この課題に対するアプローチはいろいろあるなかで、本を媒介にすることで対話や議論が生まれやすい、問題意識が整理されやすいなど、実感されるメリットはありますか。

石原 『LEAN IN』が刊行されたのは2013年で、その頃から社会がすごく変わった部分がある反面、本質的に変わっていない部分もあると思います。その1つとして、仕事と家事・育児をどうやって両立するか、という悩みが挙げられます。おそらく、多くの方が自分個人の問題や家庭の事情として片づけてしまう悩みですが、本書を読むと、むしろ社会構造や環境の問題だと分かります。読書会の参加者は、その気づきを得たことでマインドセットを変えることができ、どうやって取り組めば生活を良くしていけるのか、という前向きな一歩につながった印象を受けました。

宮本 なるほど、個人だけの問題ではなくて、実は社会課題だったんだ、という俯瞰(ふかん)的な理解が心理的なブレーキを外したんですね。本という共通の題材を真ん中に置くことで、よりフラットに、お互いの意見を受け入れられるのかな、という想像も膨らみます。

石原 おっしゃる通り、本は参加者の目線を合わせる役割があると思います。実際、本書に掲載された統計や調査をベースにして議題が生まれて、いろんな意見が飛び交いました。世代によって捉え方が微妙に違ったりして、20代だとこれ読んでどう思う? みたいな投げかけを40代がする、といったやり取りも生まれていて、相互理解が深まるのを感じながらやっていました。

「本は目線を合わせる役割がある」と話す石原さん(写真:鈴木愛子)
「本は目線を合わせる役割がある」と話す石原さん(写真:鈴木愛子)

読んだ本を自由にチャットで紹介

宮本 読書会に参加すると、普段の仕事では交わることのないメンバーともつながれて、新たなシナジーや接点が生まれる貴重な機会にもなっているんですね。社員が2800人もいらっしゃることを考えると、本が社内の仲間づくりに一役買っていそうです。

石原 「Lean In Money Forward」の場合は、本を題材にした研修や役員が登壇するイベントも含めて、2カ月に1度くらいのペースで開催しています。どの会も意見交換をする時間を十分設けているつもりですが、ときどき話し足りないという声があがりまして。それで、自分たちで事後の飲み会をセットして語り合う、という場も生まれています。

宮本 主催者の手を離れた動きに発展しているんですね。

石原 それも、本という考える力と問いを立てる力を養える存在のおかげだと思います。

宮本 「Lean In Money Forward」に限らず、独自の読書会を開催するという社員さんもいるとか。

石原 そうなんです。社員が「この本を一緒に読みませんか」と呼びかけるケースも珍しくありません。もともと当社には、社員が自由にやりたいことをやりたい人を集めてやる、という動きが生まれやすい土壌がある気がします。読書会以外の例では、いろんなAI(人工知能)サービスを有志で勉強したり。ゆるいところだと、コーヒー好きが集まって、昼にコーヒーを配るという会も(笑)。自分たちで豆を買ってきて、ミルでひいていれてくれるんですよ。

宮本 なんてかわいらしい文化でしょう! そのこだわりの1杯もまた、会話のきっかけになって、コミュニケーションがはずみますね。

「本が社内の仲間づくりに一役買っていそう」と話す宮本さん(写真:鈴木愛子)
「本が社内の仲間づくりに一役買っていそう」と話す宮本さん(写真:鈴木愛子)

石原 あと、自分が読んだ本を社内チャットで紹介するのも、みんな自由に、というか勝手にしていますね。「今週はこれを読んでいました」とか、「この本はこういう人に刺さりそうです」という感じで。私も読んだ本をできるだけ紹介しています。そうすると、1週間後ぐらいに「石原さんがお薦めしてたあの本、読みました!」という感想文が届いたりしてうれしいんですよね。

 紙の本を買ったときは、読み終わったら誰かに貸すようにしています。それがいろんな人の手に渡って、あちこちで「ここが良かった」「ここはどう思った?」という会話が広がっていくことも。そうした感想を言い合う光景は、社内の日常風景として普通にある気がします。

宮本 私、今はっきりと分かったことがあって、マネーフォワードの皆さんは本を突出してたくさん読まれているというより、読んだ体験をちゃんと発信して、みんなとしっかり共有するから、読書文化が伝播(でんぱ)して根づくんですね。

石原 確かに、それはありますね。

宮本 読書文化が根づくヒントは何かありますか。

石原 やはり、トップの辻が率先してやっているというのが大きいと思います。経営者層の方であれば、座右の書や最近読んで面白かった本について、日ごろの会話や社内チャットなどで発信されると、読書感想文以上のメッセージとして伝わるでしょうね。

文/茅島奈緒深

クラウド会計や家計簿アプリなどを展開するマネーフォワードは、創業13年で売上高500億円超、社員数2810人にまで達している。急成長を支える「本」活用の秘訣を、辻庸介グループCEOから現場の社員まで徹底取材。全社に根づく「読書文化」を明らかにする。

宮本恵理子著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)