「自分は不器用で損ばかりしている」「あの人はいつも楽しそうだ」……その根底にあるのが「他人との比較」。しかし「価値は相対的なもの。自然のまま、流れのままに生きていこう」と考えればラクになる。これこそ2500年前に中国の思想家・老子が説いた無為自然の教えだ。隣の芝生が青く見えたとき、老子ならどう考える? 日経ビジネス人文庫『人生に、上下も勝ち負けもありません。 焦りや不安がどうでもよくなる「老子の言葉」』(野村総一郎著)から抜粋・再構成してお届けする。
「今いる場所」がつまらない
自分は田舎暮らしでダサい。
田舎は不便だし、おしゃれな店も全然ない。
こんな場所は捨てて早く都会に出たい。
そんなふうに感じている人(感じていた人)も、いるのではないでしょうか。
田舎、都会の話に限りません。
自分は小さい会社に勤めているので、給料は低いし、福利厚生も十分じゃない。
友人や親戚に会社名を言ったところで、誰も知らないし、誰も「スゴい」なんて言ってくれない。
そんなふうに自分が「今いる場所」に不満を感じ、
「そこから脱したい、もっと違う場所へ行きたい」
と思っている人もいるかもしれません。
そんなときは「縁側」のことを考えてみてください。
田舎の縁側でのんびりできるなんて、これだって最高だよ。
食べ物も服装も大都会のものが好き。
しかし、老子は小さな国、人口の少ないほうがユートピアであるという。
老子が考えた理想の生き方
小さな国で過ごし、いろいろとある便利な道具を使わない生活をして、命を大切にして生きる。自分の食べているものをおいしいと感じ、着ているものを立派だと思い、自分の住まいに落ち着いて、自分の習慣を楽しむ。
そんな生き方を老子は理想と捉えていたようです。
この「小国寡民」という言葉にはさまざまなメッセージが込められているようにも感じます。
とりわけ現代は文明が進化して、それこそ都会へ行けば必要なものは何でも揃(そろ)います。田舎暮らしの人が都会での生活に憧れる。よく聞く話です。
しかし、そんな便利な都会暮らしが本当に豊かなのか。それが本当に幸せなのか。
老子は私たちに問いかけます。
それともうひとつ、「今いる場所への不満」について。
自分が今所属している組織やコミュニティに不満を持っている。そんな方もきっと大勢いるでしょう。
何が不満かと問われれば、愚痴や文句がとめどなく溢れてくるかもしれません。
不満が解消されたら次の不満が生まれる
では、もし溢れ出た不満の一つひとつが解消され、すべてクリアになったとしたら、あなたは本当の幸せを手にするのでしょうか。
きっとそうではないと思います。
そのときはまた新しい不満が生まれ、今と同じように愚痴や文句が溢れ出ているでしょう。
隣の芝生は青く見えるし、自分の家の芝生はいつも枯れて見えるものです。
でも、その感じ方自体が私たちを幸福から遠ざけているとは思いませんか。
大企業に比べて、小さな企業は足りないものがたくさんあるかもしれません。
隣の人に比べて、自分の生活は貧しく、ぜいたくなものを食べたり、着飾ったりすることはできないかもしれません。
あるいは、田舎には都会のような賑やかさはありませんし、有名アーティストのライブが行われることもないでしょう。おしゃれなカフェも、時代の先端をいくファッションアイテムを売っているお店もないかもしれません。
でも、そんな暮らしにもすてきなことはたくさんあります。
身近にある「幸せのタネ」
夏の夕暮れ、縁側に座っていれば、都会よりずっと涼しい風が吹き抜けて、心地よく感じられるのではないでしょうか。
澄んだ空気に身も心も癒やされるでしょうし、夜になり、見上げれば星がいっぱい見えるはずです。
これまた「田舎がよくて、都会が悪い」とジャッジするのではなく、今自分がいる場所に「幸せのタネ」を見つけること。それが大事なのだと私は思います。
最後に少し大きな話をすれば、国を導いていくリーダーたちにも「本当に豊かな国とはどういうものか」を今一度考えてみてもらいたいところです。
大事なのは「今いる場所」で「幸せのタネ」を見つけること。
『 人生に、上下も勝ち負けもありません。 焦りや不安がどうでもよくなる「老子の言葉」 』
読売新聞「人生案内」回答者を17年務めた医師が、「人生がラクになる」老子の教えを伝授します。「他人がうらやましい」「自分は損ばかりだ」と日々モヤモヤする人には、老子の“抜け道をいく”哲学が最善の武器になります。
野村総一郎著/日本経済新聞出版/880円(税込み)

