「自分は不器用で損ばかりしている」「あの人はいつも楽しそうだ」……その根底にあるのが「他人との比較」。しかし「価値は相対的なもの。自然のまま、流れのままに生きていこう」と考えればラクになる。これこそ2500年前に中国の思想家・老子が説いた無為自然の教えだ。何をしても満たされないとき、老子ならどうする? 日経ビジネス人文庫『人生に、上下も勝ち負けもありません。 焦りや不安がどうでもよくなる「老子の言葉」』(野村総一郎著)から抜粋・再構成してお届けする。
何をしても満たされない
最近、何をやってもおもしろくない。
テレビを見ても、映画を見ても、ゲームをやっても、動画投稿サイトを見ても、ショッピングへ行っても、友だちと話していても、なんとなくおもしろくなくて、気分が乗らない。
鬱屈した気持ちを発散するために、“自分へのご褒美”でブランド品を買ったり、友だちとカラオケに行ったり、おいしいごはんを食べに行ったりするけれど、やっぱり気持ちが上がってこない。
何不自由ない生活をしているはずなのに、どうにも人生や生活に張りがない。
そうした悩みを打ち明ける人が増えています。
そんなときは「モノクロ映画」のことを考えてみてください。
質素で、シンプルなもののなかに味わいを感じることが大事。
たくさんの味をまじえた手の込んだ料理は味覚を損ない、ギャンブルなどの快楽は人間の心を狂わせる。
手に入りがたいめずらしい品は人間の行動を誤らせる。
それゆえ聖人は腹いっぱいになれば十分で、楽しみを追うことをしない。
ぜいたくをするな。
「足るを知る」はむずかしい
この老子の言葉から私はふたつのメッセージを感じます。
ひとつはやはり「ぜいたくはよくない」「足るを知ることが大事」です。
おいしいものを食べたり、ブランド品を買いあさったり、豪華な家に住んだりすることで、心まで十分に満たされるかといえば、そんなことはありません。
一見すると、自分の欲望を満たしているように見えますが、実際には「欲望を満たしている」のではなく「欲望がコントロールできていない」状態だからです。
極端に無駄遣いする人を精神科的に「買い物依存症」と診断することがあります。
「物が欲しい」というより買い物自体が目的となり、欲望がコントロールできなくなっているのです。
こうした散財を繰り返しているうちに破産する場合もあり、精神科的な治療が必要になることも多々あります。
人間の欲望は際限がなく、自分でコントロールするのはなかなかむずかしいものです。
それだけに「足るを知る」を意識することは大事で、人生をかけて修行するに値するほどむずかしいテーマでもあるわけです。
豊かさで幸せははかれない
近年、テレビやパソコンの画質は目覚ましく向上し、本当に色彩豊かでクリアな映像を見ることができます。
そんな映像に慣れてしまうと、昔の映画やテレビ番組を見て、その画質の粗さに驚くことがあります。
しかし、画像が鮮明になり、はっきり、くっきりすることだけが本当にいいのでしょうか。昔のモノクロ映画を見ていると、やはりそこにしかない味わいを感じることができます。
見た目や物質だけの豊かさを求めるのではなく、自分の心を育て、味わう感性を豊かにすることこそ大事なのではないでしょうか。
もうひとつ、この言葉から私が感じるのは「快楽やぜいたくに目を向けるのではなく、本当に自分がやりたいことを見つけることが大事」との視点です。
買い物依存症の方のなかには、買い物以外にやることがなく、心が何もない状態に陥っていることがあります。
その状態から抜け出すには「本当にやりたいこと」を見つけたり、今自分がやっていることの社会的な意味を見いだしたりする。そんなアプローチが必要です。
自分の心は何で満たされるか
以前、働かなくても生活ができる状態、いわゆる「FIRE」(ファイナンシャル・インディペンデンス・リタイア・アーリィ/経済的自立と早期リタイア)を実現している人に話を聞いたことがあるのですが、その人は「好きなことをして暮らしていけるのが楽しかったのは最初の半年で、それ以降は何か張り合いがなくなってしまった」と語っていました。
私たちが生きていくにはもちろんお金が必要です。ときにぜいたくを求めることもあるでしょう。
しかし、物質的な豊かさだけでは「生きる意味」や「生きる張り合い」を感じることはできません。
自分の心を本当に満たしてくれるものは何か。
ぜひ一度、ゆっくりと考えたい問いです。
自分にとって「本当に満たされる」とはどういうことか、考えてみる。
『 人生に、上下も勝ち負けもありません。 焦りや不安がどうでもよくなる「老子の言葉」 』
読売新聞「人生案内」回答者を17年務めた医師が、「人生がラクになる」老子の教えを伝授します。「他人がうらやましい」「自分は損ばかりだ」と日々モヤモヤする人には、老子の“抜け道をいく”哲学が最善の武器になります。
野村総一郎著/日本経済新聞出版/880円(税込み)

