世の中には、「努力」し続けられる人と、そうでない人がいます。努力できる人は、目標に向かって着実に歩みを進め、大きなことを成し遂げることができます。一方、努力が苦手で何事も中途半端になってしまう人も少なくありません。努力できる人とできない人の差は、いったいどこにあるのでしょうか。この連載では、人間の行動と心理について長年研究し、行動経済学・ナッジを基に企業へのコンサルティングを行っている経済学者・山根承子さんが、「努力ができる人とできない人はなぜいるのか?」「努力をしておくといいのは本当か?」「正しい努力とは何か?」「どうすれば努力できるのか?」という観点から、「努力」を科学で解明します。8回目は、楽観的であることが人生に与える影響についてです。

「ポジティブな人は成功しやすい」は本当か?

 6回目の連載では、「私は幸運なので大丈夫」「自分は幸運なので、何もしなくてもなんとかなる」というタイプが、最も努力と縁遠いことを紹介した。このようなタイプは一般的には「楽観的」であると評されるだろう。楽観主義が強過ぎると、いいことが起こるのをただ待ってしまうようになり、それが成功するチャンスを減らすともいわれている(1)

 一方で、人生論などをひもとくと、「悲観的に考えるのをやめると、生きるのが楽になる」「ポジティブに考えたほうがうまくいく」「楽観的な人のほうが長生きする」という言説はよく目にするものでもある。

 楽観的であることと成功のチャンスとの、明らかになっている関係性は何かあるのだろうか。ここからは、努力と「楽観主義」について見ていこう。

研究対象としての楽観 「病は気から」を科学する

 「楽観的」「楽観視」「楽天家」などは、かつては経済成長予測や企業の業績などとともに使われることが多い言葉だった。今では日常会話でよく使われるようになり、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行により、これらの用語がニュースに登場する頻度は格段に増した。
 例えば感染対策やワクチン接種を巡って、周囲の「楽観的な人」と「悲観的な人」がかなりはっきり示されたように思う。「あの人は楽観的(悲観的)だったな」とすぐにイメージできるのではないだろうか。

 このように「楽観」についての話題は普段からよく耳にするが、意外なことに、数多くの学術的研究が存在する。
 最も多く「楽観」の研究が行われているのは医学で、がん患者の死亡率や心臓バイパス手術からの復活率についての論文がよく知られている。楽観的であるほど死亡率が低く、手術からの復活率が高いのである。

 がんや心臓病のような大きな病気ではなく、もっと日常的な健康状態と楽観主義の関係について研究した論文もある(2)
 大学生141名に目まい、目のかすみ、筋肉痛、倦怠(けんたい)感などの39項目の身体的な症状が書かれたリストを渡し、最近2週間のうちにそれらの症状があったかどうかを回答させた。

 結果、楽観主義の強い人ほど当てはまるものが少なかった。つまり、楽観主義の強い人は、日常的な不健康が少なかった。逆に、多くの研究が、悲観主義の程度がうつ病の重症度や健康状態の悪化と相関することを示している。「病は気から」は噓ではないようだ。

楽観主義とはそもそも何か?

 医学だけでなく、経済学でも楽観主義はよく研究されている。なぜだろうか? それは「人がどのように将来を予測しているのか」を知ることが、経済学の主要な関心の1つだからである。

 この連載の1回目で、経済学では「今から死ぬまでの効用(≒幸福度)の合計値」を最大化するように行動を選択していると考える、ということを紹介した。
 当然、「今から死ぬまでの効用」は現時点では分からないので、予測するしかない。そして、その予測に基づいて「現在の行動」を決定しなければならない。つまり、予測の仕方に癖があれば、それは現在の行動に現れてくる。

 例えば1回目では、「今」楽をして「将来」つらい思いをするか、「今」苦労して「将来」いい思いをするかを選ぶ「異時点間の選択」のフレームワークを紹介したが、「将来」、本当にいい思いができるかどうかは、実は分からない。「今」の行動を選択する時点では、予測に頼らざるを得ないのである。

 このとき、楽観的な人は「将来いい思いができる」確率を高く見積もるかもしれない。そうすると、悲観的な人よりも「今苦労する」ことを選ぶ確率が高くなるかもしれない。
 別の考え方として、楽観的な人ほど「将来のつらい思い」を小さく見積もるかもしれない。その場合は、楽観主義が強いほど「今」の楽しみを重視するので、努力しないことになる。

 このような「予測」にまつわるあれこれは「期待形成」と呼ばれて研究されている。人はどのようにして、何を基に予測を立てているのか。
 予測のずれ(バイアス)を生むものは何で、そのバイアスの大きさはどれくらいなのか。予測はどのように行動に結びついているのか。楽観主義はそこに大きな役割を果たすと考えられており、多くの研究が存在するのだ。

あなたの「楽観主義度」の測り方

 それでは、楽観主義はどのように測定すればいいだろうか? 学術的によく用いられるのはThe Life Orientation Testという尺度である(2)(3)

 次に挙げる各文章に対して「1=全く当てはまらない」「2=やや当てはまらない」「3=どちらともいえない」「4=やや当てはまる」「5=非常に当てはまる」のいずれかで回答してみよう。あなたの楽観主義の強さが分かるはずである。

 以下に、色々な行動や考え方を表した文章があります。あなたの普段の生活や行動から考えて、それぞれの文章がどの程度あなたに当てはまるかを答えてください。

  1. 結果がどうなるかはっきりしないときは、いつも一番いい面を考える。
  2. いつも物事の明るい面を考える。
  3. 自分の将来に対しては非常に楽観的である。
  4. 「憂いの陰には喜びがある」ということを信じている。
  5. 「何か自分にとってまずいことになりそうだ」と思うと、たいていそうなってしまう。
  6. 「自分に都合よく事が運ぶだろう」などとは期待しない。
  7. 物事が自分の思い通りに運んだためしがない。
  8. 自分の身に思いがけない幸運が訪れるのを当てにすることは、めったにない。

 ①~④は楽観的自己感情、⑤~⑧は悲観的自己感情とされており、それぞれで選んだ数字の合計が高いほど楽観的・悲観的な傾向が強いとされる。
 つまり、①~④で「当てはまる」と答えて⑤~⑧を「当てはまらない」と答えた人は楽観的で、①~④で「当てはまらない」と答えて⑤~⑧を「当てはまる」と答えた人は悲観的ということだ。

 あなたは楽観的だっただろうか、悲観的だっただろうか? そしてそれは、自己評価と一致していただろうか?

楽観と悲観、そして絶望

 楽観主義を裏側から測定する「絶望感尺度」というアイデアもある(4)
 この尺度の質問項目は「物事は、自分の思う通りにはうまくいかないだろう」「私は全く運に恵まれず、将来運が巡ってくると信じる根拠もない」「欲しい物は決して手に入らないのだから、何かを欲しがるのはばかげている」などで、The Life Orientation Testと同じことを反対側から見ようとしているようである。
 一方、楽観主義と悲観主義は対極ではなく別物であることを示した研究(5)もあり、その関係は単純ではないかもしれない。

 不確かな未来について予測させてみて、実際の出来事との差分を見て楽観主義を測ろうという考え方もある。
 例えば「あなたはおおよそ、何歳まで生きると思いますか?」と余命を尋ね、各個人の属性から予測した客観的余命との差を「楽観度合」とした研究などである(6)
 健康状態などから考えると70歳までしか生きられないであろう人が「90歳まで生きるだろう」と答えたとすると、自分の将来をかなり強く楽観視していることになる。あなたならどう答えるだろうか?

 このように、楽観主義の測定方法は様々ある。楽観主義と「幸運を信じること」とは似ているようで少し違っており、もう少し広い範囲まで含んでいる概念だと捉えることができるだろう。
 楽観主義は予測を通じて「今」の私たちの行動に影響しているが、では、楽観主義は本当に努力の妨げとなるのだろうか? 次回以降、詳しく見ていこう。

■参考文献
(1) Scheier, M. F., and Carver, C. S. (1993) “On the Power of Positive Thinking: The Benefits of Being Optimistic” Current Directions in Psychological Science, Vol. 2, No. 1, pp. 26-30.
(2) Scheier, M. F., and Carver, C. S. (1985) "Optimism, Coping, and Health: Assessment and Implications of Generalized Outcome Expectancies" Health Psychology 4(3) pp.219-247.
(3) 中村陽吉(編著)「対面場面における心理的個人差 : 測定の対象についての分類を中心にして」 (2000) ブレーン出版.
(4) Beck, A. T., and Weissman, A. (1974) "The Measurement of Pessimism: The Hopelessness Scale" Journal of Consulting and Clinical Psychology 42(6) pp. 861-865.
(5) Marshall, G. N., Wortman, C. B., Kusulas, J. W., Hervig, L. K., and Vickers, R. R., Jr. (1992) "Distinguishing optimism from pessimism: Relations to fundamental dimensions of mood and personality" Journal of Personality and Social Psychology 62(6) pp. 1067-1074.
(6) Puri, M., and Robinson, D. (2007) “Optimism and economic choice” Journal of Financial Economics 86, pp.71–99.

<8回目のまとめ>
  • 楽観主義と運頼みは、似ているようで大違い。「幸運な人」は努力を怠るが、「楽観主義な人」は条件次第で誰よりも努力家になり得る。
  • 「楽観的な人ほど、病気になりにくく、たとえなってしまっても復活しやすい」――その意味で、そもそも楽観主義はお得。
(写真:Shutterstock)
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