「経営戦略」と聞くと、自分には関係ない、難しそうと思うかもしれません。しかし、経営戦略は私たちの日常にも深く関わっており、知らず知らずのうちに触れているものです。『経営戦略がわかる』(内田大輔著/日経文庫)は、身近な企業の例を挙げながら、経営戦略の基本を分かりやすく解説しています。読むことで、戦略の基礎が身に付くだけでなく、ニュースや街歩きもより楽しく感じられるはずです。そんな本書から「そもそも戦略とは何か」を抜粋・再構成してご紹介します。
「ありたい姿に到達するまでの道筋」が戦略
戦略は、いまでこそビジネスにおいて欠かせないものとして広く知られていますが、その歴史はそれほど長いわけではありません。英語では“strategy”と書かれ、その原義はギリシャ語で軍事における指導者を意味する“strategos”にあります。
このことから分かるように、戦略という言葉は古くは軍事用語として使われていました。そのような背景もあり、孫武の『孫子』やカール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』といった兵法書は、その解説書が出されるなどして、ビジネス書の古典としていまでも読み継がれています。
もともとは軍事用語であった戦略という言葉が、ビジネスにおいて用いられるようになり、経営戦略論という学問領域が現れたのは1960年代ごろになります。それ以降、多くの実務家や研究者がビジネスにおける戦略を語るようになり、語り手の数だけあると言っても過言ではないほどさまざまな定義が用いられるようになりました。
そうした状況はいまでも変わっておらず、戦略について統一された定義があるわけではありません。そうではあるものの、さまざまな定義の中には、共通する点を見いだすことができるのもたしかです。
この本では、その共通点を抽出して、戦略を「ありたい姿に到達するまでの道筋」と定義します。
ここでのありたい姿とは、経営者が「こうありたい」と思い描く企業の事業活動を指しています。したがって、戦略では、思い描く企業の未来にたどり着くために、どのようなアプローチで挑むのかを考えていくことになります。
このような戦略の考え方は、私たち個々の人生に置き換えてみると分かりやすいでしょう。私たちが人生でまず考えることは、「何をしたいか」、「どうなりたいか」といった自分の未来、つまりありたい姿です。そして、ひとたび自分の未来を定めたら、次は、どのようにそれを実現するかを考えることになります。
このとき、ありたい姿がいまの自分と全く同じということはほとんどないでしょう。その間には何かしらのギャップがあるのがふつうで、そのギャップを埋めていかなければなりません。そこで、「どのようにそこにたどり着くか」を考えることになります。このときにつくる、未来の自分に到達するまでの道筋が、「人生」戦略となるのです。
道筋を示すのが戦略ですので、戦略は企業経営における地図のようなものといえるでしょう。私たちが知らない街を歩くときに、地図がなければ、進むべき方向がわからずに右往左往し、道に迷ってしまいます。
同じように、企業を未来に導くときに、戦略がなければ、目の前の状況をなんとか乗り切るために場当たり的に対応することに追われ、結局は何も成し遂げられずに時間だけが過ぎ去ってしまいます。多くの業務をこなしていても、それらがとりとめのないものであれば、積み上がることはなく、日々忙しいだけで終わってしまうのです。
戦略があってはじめて、日々の業務が方向づけられ、積み上げられるようになり、ありたい姿の実現に向けて一貫した歩を進めることができるのです。
メルカリやソニーに学ぶ 組織が一体となる方法
企業のありたい姿は通常、ミッション・ステートメント、あるいは単にミッションとして言い表されます。ミッションとは、組織としての目的を言語化したもので、「社会を良くする」や「顧客のために」といった他社でも掲げることができる一般的で捉えどころのない表現を超えて、自社が独自に追求しようとする基本的な目標のことを指します。
たとえば、メルカリは、創業10年を迎えた2023年に、次の10年の成長に向けた新たなグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を公表しています。
このミッションの公表に際して、山田進太郎・代表取締役CEO(社長)(当時)は
「メルカリは、テクノロジーの力で世界中の人々をつなぎ、有形・無形に限らずあらゆる価値が循環するエコシステムを創ることを通じて、その『人』の可能性を広げる(=Unleashする)存在でありたい」(太字筆者)
と語っています。このことからも分かるように、ミッションは経営者が考える企業のありたい姿を表しているのです。
ただし、ありたい姿は、正式な文書として公表される際には、ミッションのほかに、経営理念やビジョンなど、ほかのラベルの下で言い表されることもあります。これらはミッションとは別のものとされることもありますが、必ずしも明確に使い分けられているわけではありません。そのラベルが何であれ、経営者が思い描く企業の未来がありたい姿であり、戦略の出発点になります。
近年では、ありたい姿はパーパスとして言い表されることも増えています。パーパスとは、企業が社会において存在する意義のことで、「その企業はなぜ存在するのか」を問います。
ミッションと同じように、企業としての目標を言語化したものですが、社会において企業が果たすべき役割を明確に意識している点がミッションとは異なるとされます。ただし、その違いが明確なわけではなく、ミッションの中にパーパスが含まれていたり、パーパスの一部としてミッションが位置づけられたりすることもあります。
企業は、営利を目的につくられる組織であり、経済的な利益を追求していることに間違いはありません。しかし、企業はそもそも、創業者が社会的意義を果たすために設立したものです。そのため、利益を追求するためだけに存在しているわけではなく、パーパスを実現して社会に貢献することを目指しているというのもまた事実です。企業がビジネスを行う理由は、利益の追求を超えたところにあり、それを指し示すのがパーパスなのです。
たとえば、ソニー(現・ソニーグループ)は2019年に、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」というパーパス、「夢と好奇心」「多様性」「高潔さと誠実さ」「持続可能性」という4つのバリュー(価値観)を定めています。
パーパスの制定を主導した吉田憲一郎・代表執行役会長兼社長CEO(当時)が、「会社を動かすには、社員に納得して自主的に動いてもらうことが重要で、そのためにはパーパス&バリューを伝えることが欠かせません」と語っているように、企業は、より広範なパーパスの中にありたい姿を位置づけることで、従業員の共感を引き出せるようになります。
ありたい姿が独りよがりなものであれば、従業員が共感することはなく、その実現に向けて組織が一体となって歩を進めることもないでしょう。
ありたい姿を実現するために必要なこと
また、これまでの研究では、ありたい姿が野心的で大胆であるときにはじめて、組織のポテンシャルが最大限に引き出されることが指摘されています。
たとえば、マイクロソフトが1975年の創業時に掲げた「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピューターを」やグーグルが1998年の創業時に掲げた「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」などはいずれも、それを掲げた時点では、実現できるとはとても思えないほど野心的で大胆なものでした。こうした野心的で大胆なありたい姿はストラテジック・インテントと呼ばれます。
ストラテジック・インテントを掲げると、手持ちの資源や能力だけでは到底十分とはいえず、企業はかなりの背伸びを強いられることになります。しかし、そのような背伸びを強いられることではじめて手持ちの資源や能力を限界まで活用するように迫られ、組織のポテンシャルが最大限に引き出されるのです。
現状を踏まえていまの延長線上に未来を描いてしまえば、背伸びを強いられる機会が訪れることはなく、組織のポテンシャルが最大限に引き出されることもないのです。
もちろん、経営者が野心的で大胆なありたい姿を掲げるだけで、おのずとそれが実現されるわけではありません。経営者がコミットし全社を結集させなければ、その実現はおぼつかないでしょうし、たとえそのような努力を重ねたとしても、ありたい姿を果たせずに終わってしまうことも少なくないでしょう。
そうではあるものの、いまを起点に未来を考えるのではなく、未来を起点にいますべきことを考え、いまを変えようとする未来への意思をもつことではじめて、まだここにないありたい姿を実現させることができるのです。
(第2回に続く)
内田大輔著/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

