2022年3月に0.25%の利上げでゼロ金利政策を解除して以降、米連邦準備理事会(FRB)は振り切ったように金融引き締めに突進していく。経済や株価にとってマイナスになる利上げは、いかに市場にショックを与えないかが課題となる。戦略的なジェローム・パウエルFRB議長の言動は市場の利上げ予測に大きく影響し、それ自体が引き締めと同じ効果を生むほどに注目を集めた。『パウエルFRB 迷走の代償』(高見浩輔著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成。

1980年代以降で最速の利上げ

 2022年3月に0.25%の利上げでゼロ金利政策を解除して以降のFRBは、振り切ったように歴史的な金融引き締めに突進していく。政策金利を1年余りで計5%も引き上げたのは少なくとも1980年代以降で最速だ。5月には約22年ぶりに0.5%の利上げを実施。6月には利上げ幅をおよそ27年ぶりとなる0.75%に拡大し、それを4会合連続で実施した。物価上昇率の加速が止まらないなか、FRB高官らの焦りは大きかった。

 「経済は極めて力強い。非常に逼迫した労働市場と高いインフレを考慮すれば継続的な利上げが適切だ」。3月16日の会合後にバーチャルで記者会見に臨んだパウエルの表情に、市場関係者はこれまでになく強い意志を感じ取っていた。ロシアがウクライナに侵攻してから、まだ3週間しか経過していない。経済が大きく下押しされるかもしれない「有事」のさなかに、経済を圧迫する利上げ路線を強く打ち出せるのか。その疑念を押し戻すのに十分なほど、パウエルの言葉は高インフレへの警戒感に満ちていた。

 FRBはその後も市場に強い衝撃を与えないよう極めて戦略的にメッセージを更新していった。まずこの議長会見で量的引き締め(QT)の実施を予告したうえで、22年末時点の政策金利の予想を米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の中央値で1.9%に引き上げ、年末までにあと6回分の利上げがあることを織り込ませた。

 わずか2日後の18日には、会合で大幅利上げを主張して反対票を投じたセントルイス連銀のブラード総裁に加え、FRB本部にいるウォラー理事が次回会合での0.5%の利上げに前向きな姿勢を打ち出した。さらに3日後、今度はパウエルが全米企業エコノミスト協会(NABE)の講演で0.5%利上げを示唆。米ゴールドマン・サックスは即日、次回の5月会合での利上げ予想を0.25%から上方修正した。

市場を巻き込んだ金融引き締め

 蓋を開けてみると、4月6日に公表された3月会合の議事要旨で、すでに多くの参加者が0.5%の利上げを1回か、それ以上実施する可能性に言及していたことが判明した。会合後の議長会見ではいったん0.5%への直接的な言及を避け、高官らの発言、講演、議事要旨といったさまざまな発信ツールを使う周到なコミュニケーションで、大型利上げを抵抗感なく既定路線にしていった。

 中銀は金融緩和の際には市場へのインパクトを最大限に発揮するためサプライズを重視することが多い。市場参加者が考えていたよりも景気や金融システムの安定を重視するという姿勢を見せることで、安心感を生み出すことができるためだ。反対に経済や株価にとってマイナスになる金融引き締めは、いかにショックを生まないかがポイントになる。

 特にパウエルは理事として、失敗例を身近で見ていた経験を持つ。2013年5月、バーナンキ議長(当時)が量的緩和の縮小を示唆したのがサプライズと受け止められ「テーパー・タントラム」と呼ばれる市場混乱を招いた一件だ。金融緩和の正常化への計画はこの発言一つで先送りを迫られた。

 少なくともFOMC会合の当日には、決定内容が市場に受け入れられていること。これが今回の利上げ局面全体を通した不文律だった。

パウエルFRB議長(写真:著者撮影)
パウエルFRB議長(写真:著者撮影)
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 予定通り0.5%の利上げを実施した5月4日のFOMC。議長会見は2年ぶりに対面で開かれた。会場のマーチン・ビルに入るには、まず入り口で新型コロナウイルスのワクチン接種証明を見せる必要があった。イエレン米財務長官の記者会見で米財務省に入る際には別室で簡易検査も求められたが、FRBはまだ緩やかだった。会見場はあらかじめ席が決められており、質疑応答では司会者がリストに書かれた記者の名前を読み上げていくように質問者を指名した。総裁が会場を見渡しながら、挙手する記者を指す日銀と比べ、よりシステマティックな印象だ。

 パウエルはここで踏み込んだ発言をする。「今後2回程度の会合でも0.5%の利上げを検討する」と明言した。インフレ率など先が読めない状況下で、2回も先の会合について具体的な予告をすることは珍しい。しかも会合のない8月を挟むため「3連続の0.5%利上げシナリオ」の最終回は9月とかなり先になる。

パウエル発言の真意

 市場がさらに驚いたのは記者から0.75%の利上げの可能性を聞かれて「活発な議論をしていない」と否定したことだ。セントルイス連銀のブラード総裁は5月会合の前に0.75%の利上げに言及。市場は次の6月会合で実施する可能性を7割ほど織り込んでいたため、突然の「ハト派」発言に驚いた。同日の米株式市場でダウ工業株30種平均は前日比932ドル高の3万4061ドルとなった。

 タカ派からハト派にぶれたようにみえるパウエルの真意はどこにあったのか。それは長期金利の急変動を抑えつつ、今後の利上げで得られる引き締め効果を前倒しで得ることだった。

 米債券市場では2年債利回りが22年初の0.8%から5月会合前日の3日につけた2.8%まで2ポイントも跳ね上がっていた。この間、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は最初の0.25%しか引き上げられていない。後に日本経済新聞がインタビューしたブラードは、この状況を「心地良い」と明言した。FRBの先行きを巡る思惑のブレをなくし、長期金利をこの状態で維持したいというのが彼らの思惑だった。

 FRBが誘導するFF金利は短期金利と呼ばれ、極めて特殊な世界で使われている。FRBに準備預金口座を開いている商業銀行や政府系機関などが1日単位で資金を融通し合う短期金融市場だ。1日だけ資金を貸し出す場合の金利収入は元本と比べて極めて小さいが、扱う資金が巨額なので需要と供給がバランスしている。

 これに対して、実際の経済に響くのは2年債や10年債など長期にお金を借りる際の金利だ。たとえば企業が新たに工場を建設するため銀行から2年後に返す約束でお金を借りる場合は、償還が2年前の国債の利回りを目安にして、そこから企業の信用力などに応じて利息を上乗せする。個人が10年固定で借りる住宅ローン金利が国債の利回りと連動して上下するのも同じ仕組みだ。

 こうした長期金利はFRBが直接コントロールできないが、FF金利など短期金利の引き上げを示唆すればおおむね上昇する。たとえば2年債を売買する投資家は、取引する際に今後2年間で起きる変化を考慮して取引する金利水準を考える。今回の場合、実際の利上げは1回しか実現していないが、インフレ率の加速は収まる兆しがなく大幅な追加利上げが確実視されているため長期金利が大幅に跳ね上がった。2回目の利上げに入る前に「口約束」だけで今後複数回分の利上げを終えたのと同じ引き締め効果が生み出されていたことになる。FRBにとって好都合なこの状況のまま、市場の利上げ予想を固めてしまおうというのがパウエル発言の真意だった。

利上げを巡る葛藤の結末とは

インフレ、遅れた利上げ、銀行破綻――カギを握るFRBの金融政策はどのように決まり、どのような影響を市場に及ぼしたのか。パウエルの人柄から、政治的・社会的な影響要因、豊富なインタビューから見える舞台裏までを現地駐在の日経新聞記者が描く。

高見浩輔著/日本経済新聞出版/2090円(税込み)