2023年3月、シリコンバレーバンクが破綻した。単なる地方銀行の破綻ではなく、急ピッチで続けてきた利上げが全米の銀行経営を圧迫しているのは明らかだった。米連邦準備理事会(FRB)の迅速かつ十分な緊急対策は、裏を返せば彼らの危機感がどれだけ強いかを示している。対応を誤れば不安が一挙に広まる瀬戸際で、金融危機を食い止めることはできるのか。『パウエルFRB 迷走の代償』(高見浩輔著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成。

緊迫の日曜日

 「Heads up(注意喚起)だ」。携帯に取材先から電話がかかってきたのは3月12日、日曜日の夕方だった。詳しい内容は言えないが大きな発表があるので備えておけという趣旨だった。慌てて記者端末を開き、その時を待った。午後6時15分。イエレン米財務長官、パウエルFRB議長、そして米連邦預金保険公社(FDIC)のグルーエンバーグ総裁による共同声明とともに公表された内容は、想像を超えるものだった。

 カリフォルニア州の米銀シリコンバレーバンク(SVB)の株価が6割も急落し、何が起きているのかと注目を集めたのが9日の木曜日。翌日の破綻まではあっという間だった。そこからわずか2日間で、米金融当局は預金の全額保護からFRBによる緊急貸出制度の新設までフルメニューを準備した。驚いたのは緊急対策と同時にニューヨーク州の米銀シグネチャー・バンクまで破綻させたことだった。

 2時間後にはバイデン大統領が手続きを称賛する声明を公表し、翌朝に会見をするとも明らかにした。週明けの日本市場が開くギリギリの時間までにできる処理をすべてこなし、必要であれば追加策を打てるよう舞台を整えた手際の良さは、裏を返せば彼らの危機感がどれだけ強いかを示していた。速報記事を書きながら、あまりの展開の早さに驚き、同時に背筋が冷えるのを感じた。

破綻したシリコンバレーバンク(写真:Sundry Photography/stock.adobe.com)
破綻したシリコンバレーバンク(写真:Sundry Photography/stock.adobe.com)
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 のちに公表されたFRBの資料によると、パウエルは12日夜、緊急対策の公表直後に民主党の上院トップ、シューマー院内総務に電話で報告をしている。これは単なる地方銀行の破綻ではない。急ピッチで続けてきたFRBの利上げが全米の銀行経営を圧迫しているのは明らかだからだ。一度火が付いた信用不安は、まるで野火のように広がる。金融危機を食い止めることができるかどうか。まさに瀬戸際だった。

 翌朝のニューヨーク株式市場で米地銀の株価は一斉に急落した。当局の対応に驚いた市場関係者が「次のSVB」探しに躍起になったためだ。狙い目は預金が流出している地銀。真っ先に標的になったのは中堅銀ファースト・リパブリック・バンク(FRC)だ。JPモルガン・チェースやバンク・オブ・アメリカ(バンカメ)など大手11行が16日に、FRCに計300億ドルの預金をすると公表したが、不安の芽は消えなかった。

 次の週の日曜日。大波は、大西洋を渡ってやってきた。震源はスイス。金融大手クレディ・スイス・グループだ。もともと欧州では複数の金融大手に経営不安の噂がくすぶっていた。クレディ・スイスは1日1兆円規模の預金流出に見舞われ、19日に同じスイスの金融大手UBSが救済合併で合意した。米国の西海岸から火が付いた金融不安はわずか1週間で、1856年創業の名高い金融大手の歴史を閉じる事態にまで発展した。

 金融機関の破綻処理は金曜日の業務終了後に宣言して月曜日の朝までに救済機関への移行と預金返済の準備を整える「金月処理」が一般的だ。日本の金融危機でも同様で、リーマン危機時もポールソン米財務長官(当時)が日曜日ごとに危機対応を打ち出して「サンデー・ポールソン」の異名をとった。

 金融不安になれば日曜日のたびに何かが起きる。今度はあらかじめ記者端末の側で待機していたのが幸いだった。19日午後5時、FRBは日銀と欧州中央銀行(ECB)、カナダ、英国、スイスの各中銀と協調したドル供給の強化を打ち出した。金融不安が強まると金融市場での取引が細り、自力でドルを調達できなくなる金融機関が増える。そうした目詰まりを未然に防ぐため、各国の中銀はFRBとのスワップ(通貨交換)を活用して公開市場操作(オペ)を通じた市場へのドル供給を実施している。今回の決定はその頻度を週次から日次に増やすというものだった。連日のドル供給は新型コロナウイルス禍で市場が混乱した2020年以来の措置となった。

デジタル時代の「高速取り付け騒ぎ」

 危機の発端となったSVBは、スタートアップが集積するシリコンバレーのエコシステムを担って急成長していた。コロナ禍がFRBの量的緩和によるカネ余りと、テレワークの普及によるIT(情報技術)企業の成長期待を生み出したためだ。22年3月末までの1年間で預金は1.6倍の1980億ドルに達していた。融資の需要が追いつかず、余った資金は住宅ローン担保証券(MBS)などで運用していたが、その価値が急ピッチの利上げによって劣化してしまった。

 債券はいくら含み損が拡大していても償還まで持ちきれば元本が返ってくるため損失が実現することはない。ところがSVBは3月8日、保有するMBSや米国債などの有価証券210億ドルを売却し、18億ドルの損失を計上した。SVBは同時に22億5000万ドルの増資を発表しており、これによって財務の健全化を図る算段だった。ロイター通信はその判断の裏側に格付け機関ムーディーズ・インベスターズ・サービスによる「格下げ宣告」があったと伝えている。

 この増資発表は完全に裏目に出た。この時、混乱に火を付けたとされるのがベンチャー・キャピタルのファウンダーズ・ファンドだ。自ら法人口座から資金を引き揚げただけでなく、顧客にも預金を分散するよう勧めたとされる。もっとも、その後ファンドを率いるピーター・ティールは英フィナンシャル・タイムズに対して、個人口座の5000万ドルをSVBから引き出していなかったと明らかにし、破綻を予期していなかったと弁明した。

 意図したものかどうかはともかく、不幸だったのはティールというカリスマの存在感が特に西海岸で非常に大きかったことだ。ティールは米決済大手ペイパルやデータ解析のパランティア・テクノロジーズの共同創業者で、フェイスブックに初期段階から投資をしたことでも知られる。イーロン・マスクなど西海岸の有力経営者がそろう通称「ペイパル・マフィア」のドンであり、トランプ前大統領の支持者で「陰の大統領」と呼ばれたこともある。

 余談になるが、私は19年12月、メディア嫌いで知られるティールにインタビューをしたことがある。「誰もが気づいていない需要を掘り起こす競争のない分野にこそ起業の価値がある」と大企業になったグーグルなどIT大手を厳しく批判したかと思えば、公立校の教育など政府に対する強烈な不信感をあらわにする場面もあった。その破壊者としてトランプへの信頼があるという。まるで何かにおびえているのかと思うほど慎重な話しぶりだが、過激な主張を哲学専攻らしく理路整然と説明する姿勢が印象的だった。SVBの異変に警報を鳴らしたのが、ほかならぬカリスマのファンドだったことがその後の預金流出を勢いづけた。

 シリコンバレーが世界に普及させたSNS(交流サイト)が信用不安情報の拡散スピードを早め、自らが頼ってきたSVB破綻の回避にかける時間を与えなかったことは歴史の皮肉でもある。FRBはのちの報告書で、SVBが10日に破綻していなければ1日に1000億ドル規模の預金流出が想定されていたと明らかにしている。金融危機が起きた08年は買収で救済されたワコビアが8日間で100億ドル、破綻したワシントン・ミューチュアルでも16日間で190億ドルの流出だった。スマホ一つで情報から預金までを自由に手早く動かせる便利なサービスが、デジタル時代の「高速取り付け騒ぎ」という新たな問題を引き起こしていた。

「高速取り付け騒ぎ」の誘因となったSNS(写真はイメージ)(写真:A_B_C/stock.adobe.com)
「高速取り付け騒ぎ」の誘因となったSNS(写真はイメージ)(写真:A_B_C/stock.adobe.com)
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利上げを巡る葛藤の結末とは

インフレ、遅れた利上げ、銀行破綻――カギを握るFRBの金融政策はどのように決まり、どのような影響を市場に及ぼしたのか。パウエルの人柄から、政治的・社会的な影響要因、豊富なインタビューから見える舞台裏までを現地駐在の日経新聞記者が描く。

高見浩輔著/日本経済新聞出版/2090円(税込み)