新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載させてもらうことになりました。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第4回は「数字とやる気の両立」について考えます。(日経BOOKプラス編集部)
「顧客が愛してくれる、数字には出ない品質を、非効率を大事にすることで獲得・維持する」
前回(「『数字上は非効率』を削るだけなら経営者はいらない」)、豆腐メーカー最大手、相模屋食料(以下相模屋)の鳥越淳司社長が語った、傘下に入れた企業の立て直し方をまとめるとこうなるでしょう。
「数字で管理しようとすれば、どうしても数値をクリアすることそのものが目標になる。お客さまにとって、会社にとっていいか悪いか、が二の次になる。それは、確実に会社をダメにします。おとうふで言えば、『おいしいおとうふ』じゃなくて『利益率これこれの白い塊』をつくるようになる。そして、お客さまに見切られていくんです」
危機に陥った企業は、豆腐ではなく「白い塊」をつくるようになる。その状態から引っ剥がして、お客さんのほうを向かせる、というのが、鳥越社長の立て直し方、というわけです。
しかし、数字に出ないということは、当面の費用対効果には出てこない。コストが減らせない、ということです。まして破綻した会社ならば、とにかく黒字化を優先したいはず。数字と、数字に出ない品質を、どうやって両立するのでしょう。
『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』で取材した内容から、見ていきたいと思います。
(本書、おかげさまで増刷となりました。ありがとうございます!)
「仕事なんだから、コストを優先すべきだ」か、「仕事なんだから、おいしさを優先すべきだ」か。ここまで書いてきて、これを読んでいるビジネスパーソンの皆さんがどう考えるのかを知りたくなった。皆さん、優先するとしたらどちらですか?
だいたい、現場の人間はおいしさを、管理する側はコストを優先するイメージがある。自分語りだけれど、今まで上司から言われて一番心に響いた言葉は「カネで解決できることはカネで解決しろ」だった。
これを「カネはいくらでも使っていい」と誤読する人は……さすがにいないか。解釈の余地はあるが、自分は、コストが最優先「ではない」という指示と受けとめた。そして、リスクを承知で予防線を張らない姿勢に驚いて、「この人を失望させたくない」と思ったことを覚えている。
個人の経験ながら、「コストは業務上の最優先事項にあらず」というボスの姿勢は間違いなく現場を奮起させる。逆に、マネジメントする側がそう思っていなくても「コストのためには白い塊をつくることもやむを得ず」と現場が受けとめる指示を出したら、士気はだだ下がりになるだろう。
しかし、経営を続けていくにはコストダウンだってものすごく大事だ。鳥越社長はどうしているのか。
コスト高? そもそも儲かってないでしょう?
2019年7月に、相模屋が救済M&Aで傘下に入れた京都タンパクの商品に「京都のぽたぽたこあげ(以下、ぽたぽたこあげ)」という、小ぶりで柔らかな油揚げがあった。かつて大ヒットしたが、すでにその勢いはなく、実際に鳥越社長が食べてみるとおいしくもなかったという。
「商品としての姿は当時と一緒なんですけれど、味がダメで。でも先方は『こんがり揚がっていていい感じやないですか』と。これが分からないということは、試食してないな? と気付きました」
聞いてみると、マネジメント層は誰も食べていなかったという。
「その場で一緒に食べて、『これは違いますよね、京都タンパクさんのぽたぽたこあげは、こんなものですか』と言うと『うーん』と言葉に詰まっている。『揚がりは悪くないですよね』と言うので『いやいや、揚がりより、これは生地、そして調味液ですよ絶対』と。つまり材料です」

詳しく聞いてみると、破綻の危機が訪れた際に素材のコストダウンが行われていた。調味液はすき焼きの割り下を想像していただけばいいが、三温糖とかつおだしがベスト、その次が上白糖とだし、という。当時の京都タンパクはみりん調味料を使っていた。問題はみりん調味料そのものの善しあしではなく「コストの低さに引かれて、この商品に適していない調味料を使ってしまった」ことだった。数字に追われて、白い塊ならぬ薄茶色の塊をつくって、ユーザーに見放されたというわけだ。
そこで、「いや、値段よりうまいまずいで決めましょう」と、前回の「黄金時代を取り戻せ」のスローガンの通り「一番売れていた頃の、全盛期の部材は何だったのか」を調べ、「それを超えるうまさにするにはどうしたらいいのか」という活動を始めた。
「美談はもういい、コストはどうなんだ」という声に鳥越社長に答えてもらおう。
「コストは3割くらい上がりました」(鳥越社長)が回答だ。
それに対して、京都タンパク社内からも「こんなのつくったら儲かりまへんで」と危惧の声が出たという。「いや、儲かりまへんでっていうか、そもそもいま儲かってまへんで、赤字でっせ」と返したそうだ。
「みんななぜか忘れがちなんですけれど、コストを下げて安いみりん調味料にしたところで、売れなかったら結局儲からない、どころか、損失が増えるんですよね。だったら、原価率が多少高くなってもいいから、まず『京都タンパクのぽたぽたこあげ、おいしいな』と言われるようになりましょうよ、という話をしまして」
味が向上したことと、相模屋の営業力の相乗効果で、ぽたぽたこあげは売れ筋に復活した。さて、それでは、利益はどうなったのだろうか。
「はい、商品単品で考えれば当初、原料費が上がったので利益率は大きく悪化しました。はっきりいって赤字前提です。しかし『できないことを考えても仕方がない』のですよ。
売り上げを伸ばし、なおかつ利益率を上げることができるのなら、もちろんそれをやります。でも、7年間赤字が続いた会社で、そこまでの手はなかなか見つかるものではありません。
ですから、再建企業に限りませんが、仕事はまず『できることだけ考える』。味が悪くなって売れなくなった過去のヒット商品が目の前にある。よし、味を元に戻して、いや、さらに良くして売ろう。そうすれば『ちゃんとやれば我々の商品はお客さまに買っていただけるんだ』と、現場の、そして社員全体の気持ちが回復する。商品が売れて、社内の雰囲気が変わってから、社員にお給料というリターンをもたらせるように、利益を出す策を考えるんです」

「完璧な方法」を見つけないと動き出せない
「数字とやる気の両立」という冒頭の問いへの答えは、「両立だからといって、同時にやろうとしない」だ。まずはやる気の回復、それが顧客に伝わって、次に利益(数字)」となる。時間差があるわけだ。
ちょっと言い方がうますぎないか、と思うかもしれない。利益を後回しにするということは、それだけ再建期間が長くなってしまうのではないか、という見方もあるだろう。だが、この京都タンパクは7年間赤字が続いたあとに買収されて、そこから5カ月で単月黒字を達成し、年度内に通期で黒字となった。コストを最優先していたら、これだけのスピードで再建ができただろうか。
「何かができました、というときに、できたことを褒めるより、できていないことを指摘したくなりますよね。あれと似ています『こっちをやったら、あっちがうまくいかない』と考え出すと、どこまで考えても動き出せないんです。そういう組織に限って、トップの思い付きはよく考えもせずにぱっと実行されて、本当にまずいことになったりするんですけどね(笑)」
やるべきか、やらざるべきかの判断基準は、やはりシンプルに「お客さまがおいしいと思うか、思わないか」だと言う。「だから、うまい、まずい、の評価には自信がありますし、その原因が分かるようになるために、おとうふづくりは入社してから長いこと修業しました」(鳥越社長)。
完璧を目指さず、できるところをまずやろう、という考え方は、『相模屋の「ウニのような豆腐」、完璧よりもいいところ取り目指す』で紹介した、製品開発のやり方とも通底している。
「そもそも、仕事に数字的な完璧さを求めることはおかしい、と私は思っているんです。相模屋の仕事は、未達を恐れずに、行動は早く。『ジオングに脚を付けるな!』と毎度言っているんですが(笑)。そして、数字は達成感も与えてくれますけれど、未達だ、足りない、できてない、といった、気持ちをへし折る使い方になりやすいんです」
それがまさしく「数字で縛ればやる気が逃げる」というヤツだ。
「数字は客観的なようでいて、使う人によってどうとでも変えられます。主観を客観的に見せる道具になってしまうことはとてもよくある。だとしたら大事なのは数字そのものよりも、その数字を使う人に、自分のオールを任せていいか、じゃないでしょうか」
次回は鳥越社長の「やる気を折らない利益の出し方」について触れよう。
4回終了の予定でしたがご好評をいただきまして、連載をしばらく継続させていただきます。引き続きのご愛読を、どうぞよろしくお願いいたします。(編集Y)
【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(116~117ページ)。当該部分は第4章の冒頭から数ページ進んだあたり。上述の「相模屋の仕事は、未達を恐れずに、行動は早く。『ジオングに脚を付けるな!』と毎度言っているんです」に関連した鳥越社長からの提言を、どうぞ。
経営者は「5割でいい」と一度言ってみよう
鳥越:物事の完成度を上げていく中で、70%から100%までの30%って、たいしておいしいところは残ってないと思います。なので50%まで一気に集中してがっとやって、そうですねえ、70%くらいまではその勢いで巡航速度で行って、あとはもうすぱっと切る。重箱の隅をつついて、「こことこことここがまだ残っている」と言われても、「もうそんなのどうでもいいから次行こう」と(笑)。
── 速度優先で割りきっちゃう。
鳥越:改善活動についても同じですね。「改善目標を100%達成して出せるだけ利益を出そう」という考え方もありますが、70%ぐらいで、うまみのある成果はほぼ取れている。80%、90%に押し上げるためにものすごく頑張るくらいなら、別の改善に手を付けたほうがいいんじゃない? そんなふうに考えようよ、と。
── それが「ジオングに脚を付けるな」だと。
鳥越:で、「5割でいい」と思えると、けっこう何でも「やってみようかな」という気になりますし、実際、できちゃうものなんですよ。
── なるほど、確かにハードルが下がってやる気が出ますね。こういう感覚は雪印乳業にお勤めの時代からあったのでしょうか。
鳥越:いや、雪印時代はないですね。やっぱり大企業のサラリーマンですから。
── サラリーマンってそういう割りきった発想が苦手というか、なかなか思い切ってできないんですよね。
鳥越:だって数字で管理されがちですからね。「君、進捗悪いよ」とか言われちゃったら、やっぱりね。
── 「いやいや、これって5割くらいでいいんですよ」と上司には言えない(笑)。
鳥越:経営者という、自分で「5割でいい」と言える立場になって、初めて目覚めたものかもしれないですね。効果抜群なので経営者の方は一度、社内に「ジオングに脚を付けるな=5割で十分だ」と言ってみてはいかがでしょう。
── 部下の立場からは大歓迎です。ぜひぜひ。
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2023年11月10日付の記事を転載、一部情報を追加]
「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。
山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)
●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。
