新刊『 妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話 』の著者、編集Yこと山中浩之氏が日経ビジネス電子版で始めた連載「数字で縛ればやる気が逃げる」。自著の取材を振り返りながら、あれこれ考えを深めていくコラムを日経BOOKプラスでも転載させてもらうことになりました。とても面白い記事なのでぜひ読んでいただきたいのですが、せっかく「本の情報」を発信する当サイトですので、元記事には収録されていないオリジナルコンテンツとして、記事の関連箇所を書籍から抜粋して掲載します。本書の主人公たる相模屋食料の鳥越淳司社長と編集Yのテンポの良いやり取り。そこで明らかになっていく「数字の罠」とその飛び越え方。記事と共に、本の魅力もしっかりお伝えできれば幸いです。第5回は「相模屋式N字再建」について考えます。(日経BOOKプラス編集部)
企業経営にとって重要な「数字」と「やる気」をどうやったら両立できるか。前回(「数字とやる気は両立可能か?相模屋・鳥越社長の意外な答え」)で鳥越淳司・相模屋食料社長が述べた回答は「数字とやる気を、同時に回復させようとしないこと」だった。時間差があるのだ。では、先に手を付けるのはどちらか。答えは明確で「やる気」という。
「やる気」をまず回復させ、しかるのち業績回復につなげる。この手法「N字再建」で、相模屋食料(前橋市、以下相模屋)は、傘下に入れた中小の豆腐メーカー10社を次々と建て直してきた。例えば2019年7月に救済M&A(買収・合併)した京都タンパクは、7年間続いた赤字から、5カ月で単月黒字に回復し、同年度内に通期で黒字になったという。
N字再建を通して「数字で縛らずにやる気を出す」具体例を、『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』の取材を通して見ていこう。なお今回も、鳥越社長のこだわりで、氏の発言中の「豆腐」はひらがなで、「お」を付けて表記します。

「V字回復」というのはよく聞くが、「N字」というのはちょっと聞いたことがない。「どん底からスタート」→「黒字回復」と、ここまではいい。だが、後がおかしい。「赤字転落」→「再度黒字」というトリッキーな行程をたどるのだ。

順序よくいこう。まず、最初の黒字化はどうやって達成するのか。
「赤字が続く企業はたいていの場合、お客さまのために“やらなくていい”ことをたくさんやって、“やったほうがいいこと”をやっていない。数字に出ない現場の工夫やこだわりをカットして、“おとうふ”じゃなくて“白い塊”を効率よくつくってしまうわけですね。そして、おいしくないよねとお客さまに見放される。
なので、まずいらない商品や設備を捨てます。お客さまのためになっていない、これまでやっていたことも全部やめます。そして売れている、つまりお客さまが信頼している商品に絞ります。会社の中身を売れているものだけにするという、とてもシンプルな方法です」
これといって売れている商品がない状況ではどうするのか。
「その場合は、かつて信頼を得ていたけれど、コストダウンで味が落ちてしまった商品を見つけて、当時以上のおいしさに回復させます」
「みんな、やめたほうがいいのにと思っていたでしょう?」
再建が始まると、鳥越社長は相手先の工場に乗り込み、豆乳から始めて味を見て、工程を見て、夕方、工場の人を集め、やおらホワイトボードにばーっと現状の問題点を書いていくのだという。
「例えば『水をおいしくする軟水器』を、トップの人の思いつきで入れたりとかしているんですね。装置自体は悪いものじゃないんですけれども、現場をよく知らない人が後付けで足すと、工程がやたらと複雑化して作業の負担が増える。
これ、本当によくあるんです。おとうふをつくる工程は本来とてもシンプルなんですが、その間にいろいろな作業を組み込んで、工程がいっぱいあるのがうちのこだわりだ、と思っていたりする」
意味のある非効率と、ただのムダは、「『数字上は非効率』を削るだけなら経営者はいらない」で語られたとおり、最終的に「おいしくなる」かどうかで決めればよいという。
「手をかけておいしくならないんだったら、これはやめたほうがいい」
言い方を変えれば、マネジメント層が自社製品の善しあし(顧客のためになるか、ならないか)を自分で判断できないから、数字で報告を求め、判断する、ということでもあるだろう。
「私は新入社員で相模屋に入って数年間、朝の暗いうちから工場に入り浸って、職人さんに習って自分でおとうふの寄せ(豆乳をにがりで固めること)をやってましたので、おとうふの作り方は分かりますし、現場が何をやられたら困るかも分かります。そして、うまいまずいの目利きにはとっても自信があるんです(笑)」
※ちょっとスティーブ・ジョブズの名前がちらつく。「iPhoneをつくるのか、白い塊をつくりたいのか」と、どこかで言っていたりしないだろうか(笑)。
「現場の体験から学んだ、私が考える究極の管理は、何も管理するものがないこと。だから管理するものが減るのは基本的にいいことです。おとうふのことしか知りませんけれど(笑)、これに関しては、まあ、確実にシンプルな工程のほうがおいしいと言えます」
こんな具合に、ホワイトボードに「私はこういう考え方だから、ここがいけないんだと思う」と書いていく。そして「でも、みんな、本当は分かっていたでしょう?」と聞くと座のあちこちから「はい」という答えが返ってくるのだという。
「10年前から、『こうやったほうがいいのに、自分が社長だったらこうするのに』と思っていたことっていっぱいあるでしょう。『こんなことはやめればいいのに』と、みんな思っていたことがあるでしょう、だったら、これからはそれでやっていこうよ、と。いうことをひたすらやっています」
こういう本当の意味でのムダ、やめたほうがいいことは、生産現場に限らずいくらでもある。「この業務はこういう書式で何時間以内に報告せよ」といった社内の手続きなどだ。
「だいたい命じた本人はとっくに忘れていて、でも現場ではそれを一生懸命守ってやっていたりするんです」。
やめていいですか、と聞くとやぶ蛇になりそうだからそのままにしてしまう。あなたにもお心当たりはないだろうか。
まず自力でうまくいく体験をしてもらう
こうして、現場が「やめたほうがいい」と思っていたことをやめ、「こうであったほうがいい」と思っていたことに集中させ、売れる商品に絞って味を向上させていく。そこに相模屋の営業力(これについては書籍で詳述しています)が加わるので、販売量が確保でき、前回で触れた原材料へかけたコストを上回る収益をもたらすようになり、早期に黒字化が達成できる。
「ただし、黒字化してもそこで満足はしません。この状態ではサステナブルではないのでまあ、これだけで黒字になって将来も万々歳であれば、そもそも赤字が続いていないはずなんです。
相模屋に話が来るような会社はたいていずっと赤字で、設備も完全に老朽化していますから、いらない部分をカットして利益が出せても、遠からず設備投資が必要になります」
そこで、黒字化が達成できたことをめどに、工場だけでなくトイレや食堂などのファシリティも含めた設備投資を行う。この負担で決算上は赤字に逆戻りする。これが、VではなくてΛになる理由だ。
「補修でちょろちょろとお金をかけ続けるくらいなら、どーんと更新したほうがサステナブルです。銀行さんとかは、ちょっと利益が出たら『これでいいじゃないですか』とおっしゃるんですが、そんなに甘いものじゃないですね。投資しなかったら、新しい製品も出せないからだんだん売り上げが減り始めて、いずれはまた赤字に戻ります。だったら一度赤字になっても、しっかり設備投資をやる。そうしたらその後は天井知らずで伸びる。というふうにやっていこうと」
であれば、最初から一気に設備投資してしまうほうが効率が良いのでは、と思うのだが、そこで「やる気」と「数字」の時間差の問題が出てくるのだ。
「自分たちがやっていたことを全部否定されて、新しいもの、最新鋭の設備を入れられて、既存の人たちがやる気になりますかというと、なりません。『やらされている仕事』になるんです」
やる気を優先することで手に入る、貴重なリソース
「強引に押し付ければ一時的な黒字化は可能かもしれませんけれども、持続性がない。私たちは最初のM&Aでこの失敗をしてしまい、痛烈に反省しまして、『今いる人たちができることで再建する』というのを基本にしています。『相模屋』という名前で全部やらされて、売る商品も、つくる機械も全部変えられて、自分たちの会社は跡形もない、なんてことになったら『これなら絶対前の会社のほうが良かった』と言われるでしょう」

N字再建は、「最初の黒字化を、既存の人員と設備で成し遂げる」ことで、再建を自力でやってのけたという実感を持ってもらうことが最大の目的、ということだ。
「やり方が間違っていただけなんだ。私だって、私たちだってまだまだやれるんだと自覚してもらえるんです。実際にそうですから。気持ち、プライドを再建してから数字の再建に手を付ける」
ただし、再建する相模屋の側はいったん黒字化した再建会社の数字が、その後の設備投資によって悪化する。また、現場も「せっかく黒字になったのに」と、追加投資を嫌がったりしないのだろうか。
「数字だけを意識するとそうなりがちですよね(笑)。でも、繰り返しになりますが数字は結果であって目的じゃないんですよ。そう考えると、先に工程をシンプルにすることで、すでに次の成長に欠かせないリソースが捻出できているんです」
(「工程をシンプルにすることで捻出できるリソース」とは何でしょうか? 簡単すぎるかもしれませんが、次回の宿題にさせて頂きましょう)
【日経BOOKプラス限定公開】
本記事に関連する箇所を書籍『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』から抜粋してお届けします(57~61ページ)。当該部分は第2章の冒頭から数ページ進んだあたり。「プライドとマネジメント」についてのやり取りをどうぞ。鳥越社長曰く「私が考える究極の管理は、何も管理するものがないこと」。シビれます。
自力でやれた経験がプライドを立て直す
── つまり、N字再建では、「最初の黒字化を既存の人員と設備で成し遂げる」ことで、再建を自力でやってのけたと感じてもらう、ということですか。
鳥越:そう。それがすごく大事です。再建中の会社の社員さんが、今まで持っていた設備で黒字化に成功することで「やり方が間違っていただけなんだ。俺だって、俺たちだってまだまだやれるんだ」と自覚してもらえるんですね。
── 気持ち、プライドを立て直すために必要だと。
鳥越:そうです。やっていることは前に見ていただいた通りで、ホワイトボードに私がぼーっと書いて、「俺はこういう考え方だから、ここがいけないんだと思うんだ。でも、みんな、本当はわかっていたでしょう?」「はい」「だったら、これからはそれをちゃんとやろうよ」ということをひたすらやっています。
── つまり、赤字だったり破たんしてしまったのは、社員の能力じゃなくて、マネジメントの問題だったんだよと。
鳥越:おっしゃる通りです。実際にそうですし。
── 「何だ、そうか、俺たちがダメだからじゃないんだ」と気づいてもらうことで、どよーんとした閉塞感を晴らすわけですね。
鳥越:そうです。みんなが半年前、1年前、もしくは10年前から、「こうやったほうがいいのに、俺が社長だったらこうするのに」と思っていたことっていっぱいあるでしょう。「こんなことはやめればいいのに」と、みんな思っていたことがあるでしょう、と。こう言うと、「ある、ある」と頷きが返ってきます。
管理する対象を減らすのが「いいマネジメント」
── マネジメント層の思い付きでやってみたけれど、やっぱり売れない、効果がない、みたいな。
鳥越:あるいは「この業務はこういう書式で何時間以内に報告しろ」とかね。だいたい言った本人は忘れていて、でも現場ではそれを一生懸命守ってやっていたりするんです。
── あー……ありますね。やめていいかと聞くと藪蛇になりそうだからそのままにしちゃうという。
鳥越:そういうのも全部、とっぱらってしまおうと。特に工場でそれをやると大きな変化が起こりますね。たとえば「おとうふをつくる水をおいしくする軟水器がうちのこだわりです」とか、マネジメントの人が言うわけです。装置自体は別に悪いものじゃないんですけれども、問題はそれでできたおとうふが本当においしいのか。食べてみたら、あまりおいしくない。というか、まずい。
こうした思い付きで人った機械のせいで、工程がやたらと複雑化したりする。これも本当によくあります。おとうふをつくる工程は本来とてもシンプルなんですが、その間にいろいろな作業を組み込んで、「工程がいっぱいあるのがうちのこだわり」と思っていたりするんです。これはさっき出てきた「非効率の美学」とは似て非なるものなので、混同しないでくださいね。
── ムダか美学か、それはどこで見分けるんでしょう。
鳥越:答えもまたシンプルで、おいしくなるかどうかです。手をかけておいしくならないんだったら、これはやめたほうがいい。
── マネジメント層の意向で商品の魅力に関係ない様々な付け足しが入ってしまって、現場の判断では止められない。豆腐に限らず普通に会社あるあるですね。
鳥越:現場の人も、「この工程、いらない」と思っていたはずなんです。私が考える究極の管理は、何も管理するものがないことなので、管理するものが減るのは基本的にいいことです。ですので、これがあったらおいしいの? 工程管理が大変じゃないの? 検品作業も増えるよね? 絶対、ないほうがうまいし、トラブルが減るよ? と現場の人に尋ねます。私は新人社員で相模屋に入って数年間、朝の暗いうちから工場に入り浸って、職人さんに習って自分でおとうふの「寄せ(豆乳をにがりで固めること)」をやってましたので、おとうふの作り方はわかりますし、うまいまずいの口利きにはとっても自信があるんです(笑)。
「今ある工程を基準にしないで、最終製品の、おとうふがおいしいかどうかだけで判断して」と。おいしいなら残そう、 おいしくないならやめよう。まあ、確実に工程をシンプル化したほうがおいしいんですよ。
(次回に続く)
[日経ビジネス電子版 2023年11月17日付の記事を転載、一部情報を追加]
「前年比」「利益率」などの数値目標がない会社が「失われた20年」で売上高23億円から400億円に急成長している。2012年に「ザクとうふ」で話題を呼んだ相模屋食料だ。率いるのは当時雪印乳業の「営業マン」だった鳥越淳司社長。普通の会社員が会社を燃える集団に変えていった20年間を、本人の言葉で語ります。
山中浩之(著)、日経BP、1870円(税込み)
●本書の内容をさらに詳しく知りたい!という皆さん、日経BOOKプラスにて「はじめに」と「もくじ」も公開しております。

