物理的な「身体」を持つ人工知能(AI)があなたの隣で働く時代がやってきます。そんな「フィジカルAI」について、今押さえておきたいことを未来予測の専門家集団が分かりやすくまとめました。日経文庫『フィジカルAI』(野村総合研究所、NRIセキュアテクノロジーズ編)から内容を抜粋・再構成してお届けします。第2回は、フィジカルAIの身体は人型が最適であるとは限らないのに、人型ロボットが開発され続ける理由に迫ります。
なぜ今「人型」なのか
フィジカルAIの話題で必ず登場するのが、2本の腕と2本の脚を持つヒューマノイド(人型)ロボットです。米国のテスラやフィギュアAI(Figure AI)、中国のユニツリー(Unitree:宇樹科技)など、多くの企業が開発を競い、工場での実証実験の映像が盛んに公開されています。
しかし、フィジカルAIの身体は人型が最適とは限りません。搬送だけなら車輪型のほうが安定し、決まった組み立て作業ならアーム型のほうが速く正確です。それでも複雑で高価な人型が開発されるのには、主に3つの理由があります。
第一に、人間の環境をそのまま使えることです。
工場も倉庫も店舗も住宅も、階段の高さからドアノブの位置、工具の形まで、この世界は人間の身体に合わせてつくられています。人間と同じ形のロボットであれば、環境の側を改修することなく導入できます。第1世代・第2世代が「環境を機械に合わせる」ことを求めたのに対し、ヒューマノイドは「機械を環境に合わせる」という方向の発想に立っています。
第二に、1台で多様な作業を担える汎用性です。
専用の機械は一つの作業には最も速く正確ですが、作業の数だけ開発と設置の費用がかかり、仕事の内容が変われば使えなくなります。1台で梱包も検品も搬送もこなせる汎用機であれば、この費用構造が根本から変わるうえ、同じ機体の量産による価格低下も見込めます。
そして第三に、人間のデータで学習できることです。
ロボットのAIは人間の動作を手本として学習します。ロボットの身体が人間と同じ構造であれば、人間の作業データや作業動画を学習に生かしやすくなります。人間の作業の記録という膨大な資源を、学習データとして転用できる可能性が開けます。
人型ロボットの最前線と現在地
ヒューマノイドの活用は、まず工場や倉庫から始まっています。米国では、フィギュアAIがBMWの工場で自動車部品を扱う実証を行い、平日10時間のシフトで延べ1250時間以上稼働して9万点を超える板金部品を扱い、3万台以上の車両生産に寄与したと報告されています。
また、アマゾンもアジリティ・ロボティクス(Agility Robotics)の二足歩行ロボットの試験を自社の研究開発施設で始めています。同じ二足歩行ロボットは、米国の物流大手の倉庫でコンテナ運搬の業務にも導入されて累計10万個以上を搬送しており、ヒューマノイド型としては早い段階で実証を超えて実業務に組み込まれた例として知られます。
しかもこの導入は複数年のサービス契約、すなわちロボットを「買う」のではなく月額で「雇う」形態(RaaS:Robot-as-a-Service)で行われており、初期投資のハードルを下げる提供方法としても注目されています。
中国では、ユービーテック(UBTECH)のヒューマノイドが電気自動車工場に投入され、複数台が連携して検品や搬送を行う実証が進んでいます。
中国勢の特徴は量産力と価格競争力であり、ユニツリーは日本円で100万円を切る水準の小型ヒューマノイドを発売し、話題を集めました。世界のヒューマノイド出荷台数はまだ年間2万台弱と推計される黎明期ですが、その大半を中国企業が占めるという構図は、押さえておくべき事実です。
同時に、現在地を見誤らないことも大切です。公開されるデモ映像は成功場面を編集したものであり、中には人間の遠隔操作が含まれていた例も指摘されています。こうした映像を見るときは、3つの点を確かめると実力を見誤りにくくなります。
第一に、自律で動いているのか、人間の遠隔操作なのか。第二に、映像が編集や早回しをされていないか。第三に、扱っている物体や環境が、学習済みのものか初めてのものか。とりわけ3点目は重要で、練習した一つの場面を再現できることと、初めての状況に対応できることの間には、大きな隔たりがあります。
歩行や単純な搬送はできても、産業の現場が求める水準の器用さと成功率にはまだ達していない、というのが現時点での評価です。価格や連続稼働時間、故障時の保守体制、人と同じ空間で働くための安全規格など、普及の前提となる条件も整備の途上にあります。
また、「そもそも人型である必要があるのか」という懐疑論も、業界内に根強く存在します。単一の作業であれば、専用に設計された機械のほうが速く、安く、確実だからです。
この議論に対する現時点で妥当な整理は、用途によって答えが分かれる、というものでしょう。作業が固定された大量生産の現場では今後も専用機や従来型ロボットが優位であり続け、ヒューマノイドが狙うのは、作業内容が頻繁に変わり、環境が人間仕様で、専用機を作る採算が合わない領域です。
つまりヒューマノイドは既存ロボットの置き換えではなく、これまで自動化の対象にならなかった領域を担う存在として位置づけるのが適切です。

物理的な「身体」を持つ人工知能(AI)があなたの隣で働く時代がやってきます。本書は、技術の仕組みから産業や社会への影響まで、豊富な事例とともに解説。米国や中国など「フィジカルAI先進国」の動向も網羅しました。この1冊で概要がつかめる入門書です。
野村総合研究所、NRIセキュアテクノロジーズ編/日本経済新聞出版/1100円(税込み)

