『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(日経BP)と『古典に学ぶ現代世界』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、2025年9月27日、東京・ジュンク堂書店池袋本店で滝田洋一さん(名古屋外国語大学特任教授、日本経済新聞客員編集委員)と豊島晋作さん(テレビ東京報道記者、WBS[ワールドビジネスサテライト]メインキャスター)の対談イベントが行われた。その模様をお伝えする。3回目はソフトバンクグループとトヨタについて。孫正義さんには希有な先見性と、岩崎弥太郎のような政治の流れを読む能力がある。トヨタはメディアがはやした「EV(電気自動車)路線」に乗らず、ハイブリッドカーにこだわったことで、残存者利益を得ることができた。

ソフトバンクとアップルとトヨタ、トップニュースは?

名古屋外国語大学特任教授 滝田洋一さん(以下、滝田) 前回、時価総額で世界のトップ10に入れる日本企業はトヨタぐらい、という話になりました。もう1社、例外があります。孫正義さん率いるソフトバンクグループです。同社の時価総額は東京市場の2位になりました。ソフトバンクグループは、イギリスの半導体設計メーカー・Armホールディングスに出資し、株式の9割を保有しています。そしてArm株を担保にOpenAIに巨額の投資をしています。日本企業が投資の形でAI(人工知能)にコミットできているのは、孫さんがいたおかげで、なんとか体面を保てているのではないかと思います。個人的に孫さんが好きかどうかは別にして(笑)。

テレビ東京 WBS(ワールドビジネスサテライト)メインキャスター 豊島晋作さん(以下、豊島) 実は9月24日夜11時半すぎにソフトバンクから「明日、孫がウェイブ・テクノロジーズの自動運転車に試乗します」という電話が番組スタッフにかかってきたんです。「テレ東と日本経済新聞だけ車に乗せてもいい」と言われたので、テレ東からは私が行くことになりました。後部座席は2席ですから、日経の記者とジャンケンをしてどっちに座るかを決め、私がカメラを回しました。

 ソフトバンクグループはウェイブに対し、エヌビディアなどとともに約1600億円の投資をしています。ウェイブのすごさは、カメラやレーダーをほとんどつけていないこと。少ない数のカメラで画像を認識し、それをAIが解析して「前方に人がこのぐらいのスピードで歩いているから、止まりなさい」と指示を出し、自動運転をするんです。それでも歩行者が多く一方通行の狭い道を通っていくんですよ。

「本番15秒前までトップニュースが決まりませんでした」と豊島さん
「本番15秒前までトップニュースが決まりませんでした」と豊島さん
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 試乗の際、私たちから質問はできなかったのですが、孫さんとウェイブ・テクノロジーズの社長のやりとりなどをカメラに収めることができました。

 翌9月25日のオンエアは結構ゴージャスで、アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)の単独インタビューと、トヨタのウーブン・シティの本格稼働を放映する予定でした。そこにソフトバンクの密着取材が入ってきた。もう、エビフライとステーキと豪華な幕の内弁当が並んでいるぐらいの華やかさです。

 そうなると難しいのが、ニュースの並び順です。ティム・クックは過去5年近く日本メディアのインタビューに応じていなかったので、トップに持ってこようとしたら、ぎりぎりで編集が間に合いませんでした。また、ウーブン・シティは本格始動前ということで、撮影不可の場所も多かった。実はVTRの編集がギリギリになったことなどもあって、本番15秒前まで何をトップにするか明確に決まっていなかったのですが、結果的に孫さんの密着取材がトップニュースになりました。

 なぜ、ソフトバンクがテレ東に密着取材をさせてくれたかというと、やはりウーブン・シティの本格始動にぶつけたかったのかもしれません。トヨタとソフトバンクは全く異なる会社ですが、どちらもAIや自動運転に着目しているのが興味深いですよね。そして、孫さんの異質さも独特です。孫さん、ユニクロの柳井正さんは経団連的な日本のメインストリームの企業カルチャーがお嫌いだと思いますが、もしかするとトップニュースに持ってきたことは喜んでもらえたかもしれません。

孫正義は現代の岩崎弥太郎

滝田 私もテレビのコメンテーターとして出演して、「番組の本番中にもニュースを編集しているのか」と驚かされ、勉強になりました。

 私は「孫正義論」を語るほど詳しくありませんが、次のことは言えるかなと。「わらしべ長者」という昔話があります。1本のわらしべからミカン、反物、馬と交換していき、最後に立派な家と田畑を手に入れるというお話です。孫さんはそれをビジネスでうまくやってきた、ビジネスのパラダイム転換を予見できる希有な経営者です。1980年代がパソコン、90年代はインターネット、2000年代はブロードバンドとプラットフォーム、今はAI。そうやって10年先を見越して投資をしてきたというのは、やっぱりすごいこと。経団連企業にそれができる経営者は少なく、孫さんは一匹おおかみとしてやっています。

「孫正義さんには政治の流れを読む能力があります」と語る滝田さん
「孫正義さんには政治の流れを読む能力があります」と語る滝田さん
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 なぜ、そんなことができるかというと、政治の流れを読み、身を投じる能力があるからだと思います。岩崎弥太郎みたいな能力です。ここで思い出してもらいたいのが、ソフトバンクグループとOpenAIとオラクルが米国内でAIインフラを整備する新事業(スターゲート・プロジェクト)を始めたというニュース。「いったい、そのお金はどこから出るんだ?」という話でしたが、大きな政治的なうねりがビジネスの後押しとなっていることが見逃せません。スターゲートはソフトバンクグループ、OpenAIとオラクルのトップがホワイトハウスで計画を発表するなど、トランプ大統領のお墨付きがあるんですからね。

 政治のうねりといえば、日米関税交渉の後、日本から米国に5500億ドル、約80兆円の投資をすることになりました。日本政府の投資資金はどこから出てくるのかというと、日本の外貨準備。赤澤亮正・経済再生担当大臣(当時)が明言しています。もちろん、直接のひも付きかどうかは別ですが、事業の資金調達に際しての信用度はぐっと高まるはずです(注:10月28日発表の日米間の投資に関する共同ファクトシートによれば、ソフトバンクグループは、大規模電力インフラ構築のための仕様、設計、調達、組立、統合、運用、メンテナンスを設計・開発。【最大 250 億ドル】)。

豊島 孫さんには「マネーの流れを読む力」があるということですよね。先日、フィナンシャル・タイムズの前編集長、ライオネル・バーバーさんが『 勝負師 孫正義の冒険(上)(下) 』(村井浩紀訳/日本経済新聞出版)という孫さんの伝記を出版しました。なぜ、イギリス人が孫さんの伝記を? と思うかもしれませんが、孫さんの活動の8~9割は海外なので、日本の記者では追えません。シリコンバレーでスティーブ・ジョブズとどんな会話をしていたとか、ウォーレン・バフェットに会ったとき「金は出さない」と言われた、とかいったことは、海外の記者だからこそ書けるんですね。本書はすごく面白い伝記です。

 孫さんは80年代からシリコンバレーに食い込んでいたがゆえに、豊富な人脈があります。きっとティム・クックにもすぐ会えるでしょう。現に先に紹介した9月24日の取材のとき、「この後ティム・クックに会いますが、孫さんは最近会われましたか」と聞いたら、「いや、今日は会わなくていい」というぐらいの感じで返ってきました。

 ソフトバンクは、出世の階段が決まっているような経団連企業とは全く異なります。孫さんを中心に経営には独特のダイナミズムがある。そんな中、伝統的な日本企業でもあるトヨタの強さ、業績の良さは例外的なものを感じますね。滝田さんはどう思いますか。

トヨタのすごさとは

滝田 それはトヨタが、メディアがはやす「EV路線」に乗らなかったからです。日本経済新聞もテレ東もEVに全賭けした報道をしていたことを、私は苦々しく思っています。EVが出てくる前、2015年に欧州ではディーゼルで重大な燃費不正が発覚しました。それでディーゼルでは勝てないと、とりわけドイツはEVに全振りしようとしました。うまくいくかと思いきや、失敗しましたけれど。

 23年に、中国は欧州向けに安価なEV輸出のアクセルを踏み出します。すると、欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長が「中国はダンピングで輸出をしている」と言い出し、私は「EVに傾倒していたドイツがいよいよ行き詰まる」と思いました。そこで23年9月、私は日本経済新聞の「核心」というコラムに、「注文の多い料理店、いつまで 欧州は中国にのまれるか」という一文を書きました。宮沢賢治の『注文の多い料理店』をもじって、「ドイツ企業が注文の多い料理店でおいしい料理を食べようとしたら、実は食べられてしまうのは自分だった」と皮肉ったんです。今の欧州は自業自得かもしれませんね。

 話をトヨタに戻すと、豊田章男会長の路線はいろいろと批判されていたけれども、「全方位戦略」、要するにハイブリッドを捨てなかったことが大きいと思います。トヨタに立派な戦略性があったというよりは、残存者利益を享受しているということだと思います。周回遅れでトップに立っているような感じかなと。

豊島 トヨタがすごいのは社内に「調査部」という強力な専門部隊を持っていること。以前、小泉純一郎さんが首相のときは奥田碩さんがトヨタの会長でした。首相官邸で開かれる経済財政諮問会議では、ときに各省庁の大臣よりも奥田さんの発言の影響力が大きかったといわれています。

 なぜかというと、内閣府や経済産業省などが持っている統計データは多くの場合、推計値に基づくもの。ところが、毎日大量の自動車を生産しているトヨタは、今年はゴム、ガラス、鉄、アルミニウムなどの材料をどのぐらい使ったか、来年はどうなりそうか、全て細かいデータを具体的に持っているわけです。つまり、経営トップの奥田さんが持っていた情報は、圧倒的に他の人より強かったんですよね。

 そして、いわゆる「トヨタ本社に呼ばれるエコノミスト」と「呼ばれないエコノミスト」がいるといわれています。トヨタ本社に呼ばれる人は、仮に推計値データで分析していても、それが的確だとトヨタも認めているわけです。だから、取材ではなるべく、「トヨタに呼ばれるエコノミスト」に当たれないか考えることもあります。

 もっとも、実はこの10年、マスコミとトヨタはある意味で対立するような場面がありました。それが経済紙を中心とする「日本はEV市場で乗り遅れる」「トヨタになんとかしてほしい」という論調ですね。でも、トヨタはデータに基づき、一貫して、「EVは絶対にペイしない」という信念を持っていました。結果は、すさまじい研究開発費をかけたトヨタのプリウスには全世界のどこの自動車メーカーも勝てませんでした。

 トヨタは「バスケ(EV)には限界があるから、サッカー(ハイブリッドカー)しようぜ」と言い続けていたところ、マスコミは「結局、時代はバスケだ」と主張した。しかし結局、トヨタが正しかった。マスコミにいる人間として自戒を込めてそう思います。

(第4回に続く)

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ『 古典に学ぶ現代世界
名著の中に問題解決の道を探す

AIと超高齢化、ポピュリズムと全体主義、権力の偏重とタテ社会、人情と情緒、外交と経済運営――。長きにわたって読み継がれてきた古典は、私たちが抱えている課題解決へのヒントになる。ジョージ・オーウェルから有吉佐和子まで、数々の名著を現代の視点から読み解く。「日経BOOKプラス」の好評連載を大幅加筆。

滝田洋一著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)
テレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」のメインキャスターである豊島晋作氏が、過去の失敗や苦い思いを通してたどり着いた「自分の考えや情報を分かりやすく人に伝える方法」、「より正確に、より多くの情報を人から聞き出す方法」について、基本的な部分から応用的な要素までを徹底解説。

豊島晋作著/日経BP/1980円(税込み)