『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』(日経BP)と『古典に学ぶ現代世界』(日経プレミアシリーズ)の刊行を記念し、2025年9月27日、東京・ジュンク堂書店池袋本店で滝田洋一さん(名古屋外国語大学特任教授、日本経済新聞客員編集委員)と豊島晋作さん(テレビ東京報道記者、WBS[ワールドビジネスサテライト]メインキャスター)の対談イベントが行われた。その模様をお伝えする。4回目は国際標準のルールづくりや米国トランプ政権について。ダボス会議では国際ルールの素地が議論されているが、日本の存在感は極めて小さい。一方で、トランプ政権は国際ルールの枠組み自体をひっくり返そうとしており、日本にも挽回の機会があるかもしれない。

「後出しの説教」には違和感あり

名古屋外国語大学特任教授 滝田洋一さん(以下、滝田) 前回、グローバルに躍進している日本企業の代表として、ソフトバンクグループとトヨタの話をしました。

 ビジネスにはいわゆるグローバルスタンダード、国際ルールづくりというものがあります。日本の有識者と称する人たちは「日本は基準づくりの力が弱い」と言います。例えばスキーのノルディック複合にはジャンプとクロスカントリーがあります。ある時代まではジャンプの比重が高かったのに下がりました。「日本勢はジャンプが得意だから」と、欧州が中心になって理不尽なルール改正が行われたのです。

 その際日本は「フェアではない」と声を上げるべきでした。EV(電気自動車)でも同じことが起きました。基準が変わるときには声を上げず、後になって上から目線で説教するような人たちには嫌な感じがしてなりません。自分も記者をやっていましたので、自己嫌悪というか、不信感がいまだに抜けません。

「後になって、上から目線で説教するのはいかがなものか」と滝田さん
「後になって、上から目線で説教するのはいかがなものか」と滝田さん
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テレビ東京 WBS(ワールドビジネスサテライト)メインキャスター 豊島晋作さん(以下、豊島) 滝田さんの『古典に学ぶ現代世界』にある福沢諭吉の『 文明論之概略 』(岩波文庫)を取り上げた箇所で、同じようなことを書かれていましたね。経済財政諮問会議のあるメンバーが財政規律の緩みを批判する際、外資系格付け会社による日本国債の格下げという「黒船を期待するところが正直ある」と言ったというエピソードが紹介されていました。

 日本は歴史的に欧米から学んできたので、善しあしは別として、インテリ層は海外の文献や外国人の発言を引用する形で、今でも国内における発言力を増大させようとします。「EVに乗り遅れたトヨタ」というメディアの報道は、そういう伝統が強く働いたのでしょうか。

滝田 その経済財政諮問会議の民間議員には本当に腹が立ちましたよ。そういう方たちが政府の方針を決めるのはおかしいと思います。

豊島 「ペリーに東京湾で大砲2発ぐらい撃ってもらったほうが助かる」と日本人が言っているのと同じということですね。

滝田 もっとも、現状のまま、のんべんだらりとやっていればいいというわけでもありません。では、どこでバランスを取るのかというと、リアリティー、現実性だと思うんですね。ジャーナリズムはやはり足で取材しないとダメだと思うんですよ。特にやってはいけないのは「こたつ記事」。要するに自分で取材せず、こたつに入ったまま、みかんを食べながらえらそうなことを言うのは最も嫌悪するところです。私が雑文を書くときは、少なくとも人様のお話を聞いてから、書こうと思っています。

 豊島さんがすごいのは、いろんな人に会っているところです。そして、会って、話を聞いているときの感度が高い。そしてその経験をアウトプットするときに、分かりやすい文章や映像で表現できること。そのことは『不器用だった僕がたどり着いた「伝え方」の本質』を読めば分かると思います。

ダボス会議で存在感の薄い日本

豊島 自分の足で歩いて出かけていくことは大事ですね。ルールづくりに関して言うと、私はダボス会議に2回出席したことがあります。現地で、ある日本の大企業の社長にインタビューをしていたら、後ろをジョン・ケリー元米国務長官が通り過ぎていきました。アメリカ大統領候補にもなったケリー氏にインタビューできる機会は日本ではまずありません。そこで仕方なく、その社長のお話を「すみません」と中断してインタビューしました。日本での通常の取材であれば、失礼すぎてやってはいけないことです。

 しかし、ダボス会議では、誰かを取材していると、すぐ近くをOpenAIのサム・アルトマン氏が通る、欧州中央銀行総裁のクリスティーヌ・ラガルド氏が来る…と、日本ではありえないような状況が頻繁に起こるんです。また、大事なことは、そうした現場で国際的なルールづくりの素地ができあがっていくことです。

 日本企業はトヨタをはじめ、莫大な協賛金をダボス会議の主催者、世界経済フォーラムに出資しているのに、実際の会議に出席して自分の議論を展開する人は非常に少ない。1つの理由として、原則的に秘書や通訳の同伴は禁止で、1人で出席しなくてはならないからです。世界の経営者たちと「最近どうよ?」みたいな話をして、それが商談やある種の根回しにつながっていく。日本のメディアも少ないですね。日本メディアの出席者として正式に「招待」されているのは、テレビ局では唯一、私たちテレ東と、新聞は日経と朝日ぐらいです。

「ダボス会議に出席する日本人は極めて少ないので、やはり影響力が小さくなります」と豊島さん
「ダボス会議に出席する日本人は極めて少ないので、やはり影響力が小さくなります」と豊島さん
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 日本人の絶対的な母数が少ないので、ダボス会議に出席して何か話しても影響力は小さいんですね。だから、「グローバルスタンダードがおかしな方向に進んでいるから、なんとかしよう。日本が声を上げないとまずいぞ」という議論につながりにくい。私が出席した当時、ダボス会議で存在感を持って英語で話せていたのはリクルートホールディングスの出木場久征社長と、違法サプリ疑惑でお辞めになったサントリーホールディングスの前会長ぐらいでした。閣僚など日本の政治家も招待されていますが、英語で丁々発止のやり取りができる人はほとんどいません。

 中国やインドの政治家や経営者は、英語が下手でも堂々と主張します。日本人は遠慮してしまいがちだし、まずは参加する人数を確保しなきゃいけないなと思います。

滝田 「貧すれば鈍する」という言葉があります。私は1987年から90年までの間、ベルリンの壁が崩壊する(89年11月9日)時期に、スイスのチューリヒに駐在していました。88年のダボス会議では、中曽根康弘元首相が87年10月のブラックマンデー(米国発の世界同時株安)を受け、「日本は経済を健全に運営して、世界の株式の下落に歯止めをかけます」と大演説を打った。全員、それを聞いて拍手喝采しました。野村證券会長だった田淵節也さんが現地で開いたパーティーは立錐(りっすい)の余地もありませんでした。

 では2025年9月の日本はどうか。石破茂首相(当時)が国連総会で演説しました。いったい、何人が聞いていたのでしょう。これは自虐で言っているわけではありません。日本の国力が低下しているから、発信が届きにくいという要素もあります。トップが内弁慶になっているというだけではない部分もあって、そうした悪循環も気になります。

トランプが国際ルールを破壊する?

滝田 一方で、ちゃぶ台返し的なことを言うと、ダボス会議的なパラダイム(枠組み)というか、欧州流の法的ルールづくり(デジュール)に対して、米国では“超ちゃぶ台返し”をする人が大統領になりました。おそらく今後はグローバルなルールがどんどん壊れていく過程になると思います。日本はここで対応に失敗すれば没落の道をたどるけれども、リーダーシップの発揮の仕方によっては、存在感を出せるかもしれません。

豊島 おっしゃるように、欧州の伝統的ルールメーカーたちへのカウンターパワーとして、トランプ政権が吉と出るか、凶と出るかですね。今のところは凶が多いようにも思うんですけれども。滝田さんが言うように、米国が変なほうに覚醒すると、「ちゃんと議論しなきゃダメだな」と各国で考え出します。安全保障でも、もう米国は世界を守らない、それなら自分たちで国防費を増やしていかねばならないとなります。日本もそうですね。

 トランプ政権の報道はとても難しいです。我々もジレンマに直面しています。トランプ大統領はあまりに事実と反することを言うものですから、真実のしきい値というか、モラルの絶対値を下げてしまう。もしかしたら、メディアは十数年後に「トランプ政権をどう報じたか」と裁かれるかもしれません。

 米国は9月7日がレイバー・デー(労働者の日)の祝日でした。CNNを見たら、トランプ大統領が真ん中に座り、国防長官をはじめ長官クラスの各閣僚が「あなたの偉大なリーダーシップによって、このレイバー・デーが素晴らしいものになった」とほめそやしていました。米国のメディアは「米国は北朝鮮のようになってしまった」と言っていますが、5年後、10年後、今の時代がどう歴史として記述されるんだろうと、思わず考え込んでしまいました。

 米国の精神科医や心理学者たちの中には、トランプ大統領はナルシシスティックな傾向が強く、自己愛性パーソナリティ障害の可能性などもあり、「精神状態が大統領には不適任」との“診断”を下す人物も複数います。ただ、米国精神医学会には「ゴールドウォーター・ルール」という倫理規定があり、「精神科医が直接、診断していない公的な人物に対し、その人物の精神的な状態を診断してはいけない」とされています。人権にも関わることなので、当たり前です。しかし、トランプ大統領に関しては公的な言説がたくさんあり、毎日のようにテレビに出て、X(旧Twitter)でもつぶやきまくっている。だから「通常の患者よりも多くの診療データが集まるし、診断は可能だ」という意見もあるんです。

 それと同時に、米国大統領はいつでも核ミサイルを発射できる権限を持っています。大統領が発射ボタンを「押す」と言えば、議会の承認も世論の賛成もいりません。もちろん現実はそこまで単純ではありませんが、「核ミサイルの発射は重大な問題なので、我々はそれについて発言する権利がある」と、米国では一部で論争にもなっています。

 我々メディアもひとごとではありません。例えば、国連総会の演説でトランプ大統領は「私は7つの紛争を終わらせた」と主張しました。米国が介入して解決した紛争が1つか2つはあるかもしれないけれど、7つの紛争を本当に終わらせたのかどうかは決して定かではない。でも、ニュースで「7つの紛争を終わらせた」という大統領の発言を放送すると、多くの視聴者は「そうなんだ」と思ってしまう。他局では「トランプ大統領が一方的に主張した」と報じたところもありましたが、この「一方的」という言葉を加えるだけで十分なのか、という問題もあります。日々、そうしたジレンマを抱えています。

滝田 ニュース現場はいろいろ大変なことがよく分かりました。今年は昭和100年で、第2次世界大戦が終わって80年がたちました。いろんな制度や仕組みの金属疲労が起きています。今の時代が10年後にどういう評価になるかは分からない。金属疲労の一方で別のパラダイムが始まっているのかもしれない。私はその可能性のほうが高いと思っています。

(第5回に続く)

取材・文/三浦香代子 構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ『 古典に学ぶ現代世界
名著の中に問題解決の道を探す

AIと超高齢化、ポピュリズムと全体主義、権力の偏重とタテ社会、人情と情緒、外交と経済運営――。長きにわたって読み継がれてきた古典は、私たちが抱えている課題解決へのヒントになる。ジョージ・オーウェルから有吉佐和子まで、数々の名著を現代の視点から読み解く。「日経BOOKプラス」の好評連載を大幅加筆。

滝田洋一著/日本経済新聞出版/1210円(税込み)
テレビ東京「WBS(ワールドビジネスサテライト)」のメインキャスターである豊島晋作氏が、過去の失敗や苦い思いを通してたどり着いた「自分の考えや情報を分かりやすく人に伝える方法」、「より正確に、より多くの情報を人から聞き出す方法」について、基本的な部分から応用的な要素までを徹底解説。

豊島晋作著/日経BP/1980円(税込み)