東京ガスの笹山晋一社長にインタビューし、自身の「読書の軌跡」を伺いました。第2回はエネルギー事業の推進に欠かせない必読書や、新規事業の立ち上げ時に読むべき本、さらにマネジメントを学ぶために幹部にも薦めている参考書について語っていただきました。(聞き手は、日経BOOKプラス編集長 常陸佐矢佳)

エネルギー問題の世界的権威、ダニエル・ヤーギン氏の著書
当社がガス事業のみならず、電気事業も手掛けていることをご存じの方も多いことと思います。そのガスと電気を両輪に、日本で初めて環境負荷の低いLNG(液化天然ガス)を導入し、近年では再生可能エネルギーの開発など脱炭素化にも注力しています。このような既存のエネルギーの定義にとらわれない価値の提供に努めていくうえで、必読書として欠かさず読んでいるのがエネルギー問題の世界的権威であるダニエル・ヤーギン氏の著書です。
1992年にピュリツァー賞を受賞した『 石油の世紀:支配者たちの興亡 』(日高義樹、持田直武訳、NHK出版)をはじめ、『 市場対国家:世界を作り変える歴史的攻防 』(ジョゼフ・スタニスローとの共著、山岡洋一訳、日本経済新聞出版)や『 探求――エネルギーの世紀 』(伏見威蕃訳、日本経済新聞出版)などです。近著は2022年発売の『 新しい世界の資源地図 エネルギー・気候変動・国家の衝突 』(黒輪篤嗣訳、東洋経済新報社)で、地政学的視点からエネルギー革命や気候変動をめぐる国家間の対立について鋭く分析されています。
エネルギー問題と地政学は、切っても切れない関係にあります。本書では、過去のあの出来事が今の世界情勢にどう影響していて、今後どうなることが予測できるかという未来まで網羅しているので、体系的な知識とグローバルな視点を獲得するうえで非常に役に立ちます。ロシアのウクライナ侵略が始まる22年2月24日以前に書かれたものですが、侵攻が起こることを予言するようなくだりもあって驚かされます。
実は、ヤーギン氏ご本人にお会いしたことがあります。弊社には、彼が若い頃から付き合いのある社員がいて、『新しい世界の資源地図』が発売された1~2年後にご来社いただきました。本書の原題は『The New Map』で、ヤーギン氏から「東京ガスにとってのニューマップは何ですか?」と問われました。それに対して、私は、当社が「第3の創業」に向けた大きな転換期を迎えていることを話しました。すなわち、1885年に渋沢栄一が会社を創立した「第1の創業」と、1969年にLNGを導入して地域の環境問題改善に貢献した「第2の創業」を経て、第3の創業期の今、脱炭素化による持続可能な地球環境とエネルギーの安定供給の両立に挑戦している、と。また、ガス事業中心から、複数事業のポートフォリオ経営への変革についてもご説明したことを覚えています。

幹部にも薦めている、マネジメントが学べる経営書の名著
マネジメントの手法において、非常に実務的な内容で参考になったのが『 HIGH OUTPUT MANAGEMENT 人を育て、成果を最大にするマネジメント 』(アンドリュー・S・グローブ著、小林薫訳、日経BP)です。著者はインテルの元CEOで、タイムマネジメントのコツやミーティングのスムーズな進め方、ワン・オン・ワンですべき話題など、マネージャーなら誰しもが悩むことに答えてくれます。いずれも実践から導き出された経験則に基づく内容で、理論に終始していない点が特徴でしょう。
かつてメモリー事業で世界を席巻していたインテルが、時代の転換点でメモリーからCPUへと事業構造を大きく転換していくなか、構造改革の決断をなかなかできなかったこと、それをいかに決断してCPUへ移行したかについても語られ、不確実性が高く、市場が急速に変化する状況下での意思決定の参考にもなりました。初版の発売時には、シリコンバレーの起業家や経営者がこぞって読んで影響を受けたそうです。経営書の名著といわれる一冊で、私も多くの幹部に推奨しています。
また、当社ではチーム全体として向かうべき方向を明確にし、高い目標を掲げるために「OKR(Objectives and Key Results/目標と主要な結果)」という目標管理の仕組みを導入しています。OKRについては、『 Measure What Matters(メジャー・ホワット・マターズ) 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR 』(ジョン・ドーア著、土方奈美訳、日本経済新聞出版)からたくさんヒントを得ました。この本もよく社員に推奨しています。
会社の未来像を描くにあたっては、『 ビジョナリー・カンパニー 時代を超える生存の原則 』(ジム・コリンズ、ジェリー・ポラス著、山岡洋一訳、日経BP社)から多くの示唆を得ました。1995年発売のビジネス書の古典ですが、世界をリードするアメリカの主要企業を対象にした調査に基づく内容は、時代を超えて読む価値があるでしょう。
同様に、「マネジメントの父」といわれるピーター・ドラッカーの著書も、折に触れて読み返しています。テクニック論に陥ることなく、「われわれは本当は何をしたいのか、何を目指しているのか」という原点に立ち返らせてくれる点で、変化の激しい現代において重要な指針になると考えています。
新規事業を立ち上げる時は、その分野の本を20~30冊読む
新規の事業やプロジェクトに着手する際には、まず思考の基盤を整えるべく、『 HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか 』(ベン・ホロウィッツ著、滑川海彦、高橋信夫訳、日経BP)や『 パラノイアだけが生き残る 時代の転換点をきみはどう見極め、乗り切るのか 』(アンドリュー・S・グローブ著、佐々木かをり訳、日経BP)を読みました。前者は、ゼロから何かを生み出そうとする時の苦難と生き残るためのサバイバル術が書かれていて、後者は、時代が大きく変化する時に考えるべきことや、時代に合わせて事業をどう変えていくべきか、という問いに答えをくれます。
そして、新しい分野の知識を身に付けるためには、専門家の知見を取り入れるだけでなく、その分野の本を20冊から30冊は読むようにしています。入門書や教科書的なものから読み始めて基礎知識を固め、通史書があれば必ず読んで体系的な理解に努めます。
例えば、エネルギー営業の企画部門にいた時のことです。当社でコモディティのリスクマネジメントを導入することになり、デリバティブやヘッジ会計などの関連図書を多数読みました。その過程で、人類がいかにしてリスクに対処してきたかを知りたくて読んだのが、『リスク:神々への反逆』(ピーター・バーンスタイン著、青山護訳、日経ビジネス人文庫)です。残念ながら本書は絶版なのですが、賭博師やノーベル賞学者など、多様な人々のリスクへの向き合い方や克服法を俯瞰(ふかん)して理解できます。
余談ですが、社内で初めてデリバティブを用いたリスクヘッジを提案した時、「お前、そんな危ないことをやるのか」と反対に遭いました。それでも冷静に、本書を踏まえてデリバティブの歴史を説明し、決して危ないものではなく、有効性が高いことを話したこともありました。


文/茅島奈緒深 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

