東京ガスの笹山晋一社長にインタビューし、自身の「読書の軌跡」を伺いました。第3回は入社時から何度も読んでいる同社の創立者・渋沢栄一の著書や、イタリア旅行をきっかけに好きになった塩野七生の作品、日々の気分転換に読む推理小説について語っていただきました。(聞き手は、日経BOOKプラス編集長 常陸佐矢佳)

入社時から何度も読んでいる渋沢栄一の著書
新刊情報は、新聞や雑誌の書評、知人からの推薦に加え、実際に書店に足を運んで得ています。よくあるのは、外出先で次のアポイントメントまで30分ほど時間があるものの会社に戻るには中途半端な場合に、最寄りの書店に立ち寄っています。
「読書の流儀」というと少し大げさになりますが、私の本の読み方にはいくつか特徴があります。1つ目は「歴史を踏まえる」ことです。子どもの頃から歴史好きだからか、物事の体系的な理解に歴史は外せないからか、新規の事業やプロジェクトを進める際や、深掘りしたいテーマがあるときは通史書を読むようにしています。
入社時には、東京ガスの創立者である渋沢栄一の『論語と算盤』も読みました。初めは研修で習い、入社10年目ぐらいに改めて創立者の考えを知りたくなり、『 現代語訳 論語と算盤 』(守屋淳訳、ちくま新書)を買いました。「論語」と「算盤」という、公益性と経済性の2つを両立させる「道徳経済合一」という考えは、1885年の創業から140年が経ち、技術革新や創意工夫を重ねながらも、当社の経営理念に脈々と根付いています。
今現在の経営理念は「人によりそい、社会をささえ、未来をつむぐエネルギーになる」です。「人によりそい、社会をささえる」というのは「論語」的で、社会課題をきちんと解決していくことを意味します。「未来をつむぐエネルギーになる」は、お客さまに持続的にエネルギーを使っていただくためのソリューションを考えると同時に、われわれも収益を上げて好循環を築くという「算盤」的な意味合いになっています。経営理念を説明する際の表現は社長が交代するごとに微妙に変わりますが、どれも根底には『論語と算盤』があり、道徳経済合一の考えを重んじた内容になっています。
現代にも通じる教訓に満ちた塩野七生氏の作品
2つ目の私の読書の特徴として挙げられるのは、旅行に行った国の本を読むことです。旅行は趣味の1つで、これまで全都道府県に2回以上行っています。あいにく、ここしばらくは遠出する機会をつくれずにいますが、若い時分は海外旅行もよくしました。社会人になったばかりの頃にはヨーロッパ各国を旅して回り、イタリアには複数回行きました。それがきっかけで読んだのが、塩野七生さんの『 海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年 』(新潮文庫)です。
ヴェネツィアは小国で、特定の個人に権力を集中させることなく、合議制の共和国として運営されていたことや、千年以上の長きにわたって地中海を中心にした海洋国家として繁栄したことなど、日本と多くの構造的共通点を見いだせます。また、複式簿記や保険、情報ネットワークの重要性など、現代の経済活動の基礎になる考え方を発展させたことも特筆すべき点でしょう。その一方で、オスマン帝国の台頭やフランス皇帝ナポレオンの登場などによって、都市国家から大国の時代へ、地中海交易の時代から大航海の時代へ、という変化の流れに対応できず衰退した点は、他山の石となる貴重な教えに満ちていると思います。
そうした現代にも通じる教訓を読み取ることができる塩野さんの筆致が好きで、ほぼすべての著作を読んでいます。ファンの間で評価が高い『 チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 』や『 コンスタンティノープルの陥落 』の他、『 ローマ人の物語 』『 ローマ亡き後の地中海世界 』『 十字軍物語 』『 ギリシア人の物語 』(いずれも新潮文庫)のシリーズなどありますが、なかでも1番面白かったのは ――より正確に言うと、塩野さんの作品を読み始めた当初に読んで1番面白かったのが、『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年』です。
『ローマ人の物語』は就職後、若手の頃にローマ旅行をし、その後に読んだことを覚えています。本書は単行本で全15巻あり、完読するのに根気がいりました。実は読んだ後、一度もローマに行っていないので、タイミングを見つけて行きたいと思っています。ちなみに、単行本で一冊まるまるインフラの整備について書かれた巻があります。ローマ人は、ハードのインフラとして国道や橋、上下水道などを建設し、ソフトのインフラとしては郵便制度、通貨制度、医療・教育システムを構築しました。なぜ彼らは、目に見える豪華な神殿よりも、実用的なインフラにお金をかけて重視したのか。そこから読み取れるローマ人の哲学は、インフラ企業の当社に通じるものがあるように感じます。
推理小説は他の本との共通点を探しながら読む
前述したとおり、最近は旅行に行けていないので、日々の気分転換はもっぱら読書となります。私は、子どもの頃から推理小説やサスペンスが好きでした。特に、古典的ミステリーと称されるシャーロック・ホームズやアガサ・クリスティーなどのトリックや世界観が好きです。また、時には漫画『名探偵コナン』のようなエンターテインメント性が高いもので、リラックスして謎解きを楽しみます。
推理小説を読むとき、多くの人は随所にちりばめられた伏線に目を光らせて、真犯人は誰だろう?このトリックはどういう仕掛けだろう?と考えながらページをめくると思います。私の場合は全く違って、このトリックはホームズでも使われたな、とか、コナンにも似たようなものがあったぞ、というふうに共通点を探しながら読むわけです。
これはテレビドラマの話ですが、「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」の展開は、最初に犯人が分かっていて、刑事が犯人の嘘を暴いて追い詰めていきますよね。この形式のヒントになったのが、ドストエフスキーの『罪と罰』だといわれます。ご存じのとおり、『罪と罰』は、ある青年が殺人を犯した後、罪の重さに押しつぶされる地獄を味わい、そこから再生していく物語です。実存主義文学に分類される作品ですが、最初から犯人が分かっているところから始まるため、推理小説のヒントになり得たのだと思います。
作品の系譜をたどったり、共通点を探したりする読み方は一種の癖です。歴史小説を読むときも、「この戦法はあの作品でも印象的に描かれていたな」とか、「時代も国も異なるけれど普遍的な勝ち筋があるな」などと照らし合わせながら読みがちです。少し変わった読み方かもしれませんが、私にとっては読書の楽しみ方の一つになっています。


文/茅島奈緒深 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

