三菱UFJニコスの角田典彦社長にインタビューし、自身の「読書の軌跡」を伺いました。第1回は幼稚園や小学生の頃に読んだ本や、読書に引き込まれていった経緯、さらに大好きな漫画について語っていただきました。(聞き手は、日経BOOKプラス編集長 常陸佐矢佳)

幼少期、本が友達だった
「本のない世界なんて考えられない」
これは、著名なゲームクリエイターで実業家でもある小島秀夫さんの『 僕が愛したMEME(ミーム)たち 』(メディアファクトリー)の冒頭文です。この一文を読んだ時、自分と全く同じ人がいるんだ、と深く共感しました。私も、世の中にある本は全部読みたいと願っているほど、無類の本好きだからです。
私は和歌山市の出身で、両親は学校の先生でした。親の勤務先の関係で一時、自宅から離れた学校に通っていたため、幼稚園のころから小学校まではずっと近所に友達がいない環境で育ったのです。その結果、本が私の友達代わりになりました。兄はいますが、やや年齢が離れています。テレビも見ましたが、本の面白さのほうがはるかに上。多様な経験の追体験をはじめ、歴史の知恵、感情の機微、思考の組み立て方など、本から学んだことは無数にあります。
初めて読んだのは、司馬遼太郎の『 風神の門 』(新潮文庫)です。父親の本で、幼稚園の頃だったと記憶しています。もちろん読めない漢字がたくさんありましたが、本書は猿飛佐助と並ぶ活躍をした伊賀忍者の霧隠才蔵が主人公の娯楽作です。漢字を想像で読みながらでも面白く、ストーリーに引き込まれました。
以来、本の魅力にハマり、週末になると、宮井平安堂という当時、和歌山市で一番大きかった書店に連れて行ってもらうようになりました。買ってもらえるのは1冊だけ。何を買ってもらうか、それはそれは必死に探しました。書店さんには申し訳ない限りですが、朝から夕方までひたすら立ち読みをして選んでいました。
小学生の時に初めて読んだ『人を動かす』
まだ見ぬ面白い本がどこかに隠れているのではないか。まるで宝探しをするように書店をくまなく回っていると、ある時、D・カーネギーの『 人を動かす 』(創元社)に目が留まりました。ビジネス本か自己啓発本のコーナーにあったと思いますが、小学生のころだったのでコーナーごとの違いはよく分からず、純粋に「人を動かすってなんだろう?」と興味を引かれて手に取りました。
題名から、人心を掌握し操作するための本と勘違いされやすいですが、実際の中身は、原題である「How to Win Friends and Influence People(友達の作り方と、他人に影響を与える方法)」の通りで、人間関係を良好にするためのノウハウ本です。すなわち、相手を尊重し、相手の立場で考えることが、信頼関係を築く方法である、と。これを小学生で読んだというと早熟だと思われそうですが、事例が物語仕立てになっているので楽しく読め、かつ説得力もあるので、「ふむふむ、いつも笑顔でいると人に好かれて、チャンスにも恵まれるんだな」などと納得しながら読めました。
子どもが成人した時に贈ったカーネギー3部作
本によっては、若い頃に読んだ時はいまひとつでも、年を取ってから読み直したら面白いと感じる本もたくさんあります。しかし本書は小学生で読んだ時と変わらず、今も好きな一冊として心に残っていて、原書も読んでいます。本書の通りに逐一実行するのは難しいですが、今でも何かに行き詰まったり迷ったりすると必ず開いています。その意味で、この本は友達というより、頼りになる先生という存在です。
これまでに、ビジネス書の古典から新刊まで、あらゆるものを読んでいますが、どの本も書いてあることは『人を動かす』に集約されていると思います。初版は1936年で、実に90年近くにわたって読み継がれ、誰もが認める名著といえるでしょう。自分の子どもが成人した時には、本書をはじめ『 道は開ける 』と『 カーネギー話し方入門 』(いずれも創元社)の、いわゆるカーネギー3部作を贈りました。
漫画好きを公言。社員にも薦めている
私は、漫画好きであることを公言しています。努力するストーリーが好きで、努力と責任を描いた野球漫画の『キャプテン』(ちばあきお著、集英社)や、バスケットボールに全てを懸ける熱血青春漫画の『SLAM DUNK(スラムダンク)』(井上雄彦著、集英社)も大好きです。弊社の社内イントラネットでは、毎月、執行役員以上の1人が推薦図書を紹介する「夢の抄~私の推薦図書~」を連載していますが、そこでも私は漫画を取り上げています。最近では、異色ファンタジーの『葬送のフリーレン』(山田鐘人原作、アベツカサ作画、小学館)や、サッカー版バトルロイヤルといわれる『ブルーロック』(金城宗幸原作、ノ村優介作画、講談社)について書きました。
もし、「社長が漫画を推薦していいのか?」と聞かれたら、「いいんです」と即答します。努力が描かれている作品なら、読んで損になることはまずありません。また、漫画は日本文化のシンボルです。クールジャパンと言われて世界中で評価されていますから、なんら問題はないと考えています。
私が漫画にハマったきっかけは、日本の漫画の父である手塚治虫の代表作の1つ『ブラック・ジャック』(秋田書店)でした。初めて読んだのは中学生の時で、兄が買っていた週刊誌に掲載されていました。もはや説明の必要がないほど有名な作品ですが、ブラック・ジャックという無免許だけれどもすご腕の男性外科医が、毎回舞台を変えて人助けをするストーリーです。ブラック・ジャックは見た目や態度は冷たく、手術の対価として法外な報酬を請求することで知られていますが、患者によってはお金を請求しなかったり、危険を顧みずに治療に当たることもあります。アウトローでありながら、心根は優しく、彼を通じて本当の優しさや真心とは何か――患者に対し、目を背けたくなることでも、正面から向き合わなくてはいないことがあると説く彼の姿から、本当に優しい人は、甘い言葉で甘やかすだけではないことを学べます。
手塚治虫の教えがマネジメント人生に役立っている
私もかつて、尊敬する上司に厳しくも思いやりのあるアドバイスを受け、成長することができました。現在は指導する立場にありますが、本当に正しくて必要なことは何か、ということを念頭に置き、それを時代や相手に合わせて伝えることを心掛けています。手塚治虫が、『ブラック・ジャック』を通して教えてくれたことが、私のマネジメント人生にも役立っています。
余談ですが、『ブラック・ジャック』にハマった中学時代の私は、地元・和歌山市内の古本屋さんを回り、地道に買い集めてほぼ全巻そろえました。大人になってからは新しい単行本が出るたび買い、電子版も全て持っています。単行本ごとに収録されている話が微妙に違うので、ファンとしては全て買わずにはいられないわけです。厳密にいうと、「1話以外全て」です。本作は週刊誌に連載されたものが全て単行本化されずに、1話だけ週刊誌にしか掲載されなかった話があるのです。その週刊誌はネットオークションなどに出品されていますが、とても高額で手を出せず…。代わりに、全15巻の大全集を買って満足している次第です。

文/茅島奈緒深 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子



