AI、ロボット、サステナビリティ…東大教授たちの興味は尽きません。経済キャスターの瀧口友里奈氏が編著者を務めた『東大教授の超未来予測』の出版を記念したトークセッションから、教授たちが注目する最新トピックの第2弾を紹介します。今回は科学やテクノロジーの伸びしろ、そして人間の英知が再確認できる内容です。
AIが研究を手伝う「同僚」に?
瀧口友里奈(経済キャスター。以下、瀧口) 東京大学の先生方が注目する「超」最新トピックはまだまだ続きます。合田先生が注目されているのは「AIで科学そのものを生み出す“AI for Science”」ということですが、これは非常にホットなトピックですね。

合田圭介(東京大学大学院理学系研究科教授。以下、合田) そもそもサイエンスとは何かというと、現象を「観察」し、そこから「仮説」を立て、その仮説を「実験」的に「検証」するプロセスです。AIはこのScientificな手法に革新をもたらします。
まず「観察」ですが、AIやロボットを使うと、人間の限界をはるかに超えた観察が可能になります。例えば、非常に速いものと遅いもの、非常に小さいものと大きいものといった比較が可能になります。また、人間は「仮説」を結構作るのですが、言語化しやすいものを仮説化しているだけで、言語化しにくいものは仮説のフォームメーション(構築)ができていません。「実験」については、危険を伴う実験ですとか24時間連続して処理をするような実験をロボットが行います。そしてそこから得た大量のデータを総合的に判断して最終的に「検証」する。こういったものがAI for Scienceです。
東大でも今、AI for Scienceに非常に力を入れていますし、2024年のノーベル化学賞「プロテインデザイン」は、AIを使ってタンパク質の構造を予測するというものでした。これはまさにAI for Scienceの延長にあると思います。

瀧口 AI for Scienceが進むと、AIが研究を手伝ってくれる「同僚」になるという未来もあり得るということでしょうか。
合田 そうですね。つい先日も京都大学のiPS細胞研究所 CiRA(サイラ)がグーグルのAI「co-scientist」を使って一緒に発見、活動を行っていくと発表しました。
江崎浩(東京大学大学院情報理工学系研究科教授。以下、江崎) 反論するのが仕事ですから反論を試みますと(笑)、AIってとても正直な奴なんですよね。教えたことしか基本的に分からなくて、変なことは得意じゃない。例えば「病気」がなくなると、環境が変わった途端、人類が滅亡してしまうように、多様性は世界にとって非常に重要なものですが、AIは「多様性をなくす」ことを加速しているかもしれないと思います。全世界の知恵が入った辞書なんだけれど、しょせん、そこには人類の過去の知恵しか入っていない。アインシュタインがなぜ発明できたかというと、「変なおっさん」だったからだと思うんです。五十嵐先生に以前教えてもらった、「キノコが100年か200年サボったら、たまたま石油ができた」みたいな……。

五十嵐圭日子(東京大学大学院農学生命科学科研究科教授。以下、五十嵐) あ、一応訂正すると、石油じゃなくて石炭です(笑)。木を分解できる生き物は地球上でキノコしかないのですが、そのキノコがサボった。というか、キノコが分解できないような成分を植物が作った。その結果、何が起こったかというと「石炭紀」という紀ができるんですよ。その地層からは植物の化石である石炭がたくさん出てくるという。

瀧口 地球の歴史は「植物VS.キノコ」の歴史だった、という話を『東大教授の超未来予測』の中でもしていただいています。
五十嵐 私の専門にも関わるところで言うと、「錯視」という人間の目の錯覚で、止まっているのに動いて見えたり、実物と違って見えたりするアートがありますよね。「これ、AIが見たら動かないんだろうな」とふと思ったんです。人間は錯覚をするメカニズムになっているのがミスを起こすことにもつながるけど、一方で新しいものを生み出すという側面もあるのではと。
野村泰紀(カリフォルニア大学バークレー校教授、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員) AIでタンパク質の構造を予測するとか、私の研究分野で言うと宇宙を撮った写真の中からデータを読み込んでどういう物体があるのかが分かるようになることって、どうしてもまだ「ツール」の域を出ていない気がします。昔の計算機のスーパー高度版みたいにしか聞こえないので、正直なところ、私はAI for Scienceというものがまだしっくりきてない。

合田 しっくりこないという感じは、私も一部賛成します。AIはそもそもデータありきです。デジタル化できるデータをベースにしたAIしかAIとは呼べません。一方、現実社会の99.999%はデジタル化していなくて、むしろデジタル化できないこと、分かっていないことのほうが圧倒的に多い。だからそこに人間の英知が入り込む余地がたくさんある。それが、しっくりこないと感じる要因の一つで、AI for Scienceはこれからまだまだ伸びていく分野だと思います。
新藏礼子(東京大学定量生命科学研究所教授) AIの話が出たので、2025年のノーベル賞を獲得した坂口志文先生の「制御性T細胞(Treg)」と少しからめてお話ししたいと思います。
私が免疫学会に初めて出た大学院生の頃、「サプレッサーT細胞」はあるのかないのかという議論が大変盛り上がりました。その数年後には「ない」ということで落ち着いたのですが、坂口先生は、いやそうじゃない、サプレッサー的な役割をしているものがきっとあると信じて、研究を50年続けられて、「Regulatory」という違う言葉でT細胞の存在を証明されました。これが制御性T細胞です。
AIが進化した今、最初にAIに「サプレッサーT細胞があると思うか」と聞いたら、おそらく「ない」という答えが返ってくるでしょう。そうするともう、みんなそれ以上研究をしなくなって、今回の発見はなかったと思います。ですから、AIがいかにすごくても、最後は人間の英知が勝つと思いますし、自分が信じることを続けるべきだと思います。
水を消費する半導体が水を生み出す
瀧口 では内容をがらりと変えて、小熊先生が注目されるトピック「半導体資源と水資源の競合」についてお話を伺います。
小熊久美子(東京大学大学院工学系研究科教授) これは水処理や水供給の研究をしている身としては、非常に気になるテーマです。半導体産業は非常に勢いのある業界ですが、その製造には「超純水」と呼ばれるきれいな水をものすごく大量に必要とします。
その水をどこから持ってくるのかというと、たいていは半導体工場の周辺の地下水をくみ上げて使うようですが、地下水は当然、農業など他の用途にも使いますので、今後、水資源の奪い合いが起きるのではと危惧していました。実際に台湾の半導体大手TSMC(台湾積体電路製造)の熊本工場周辺で、住民から水資源を不安視する声があったというニュースを見て、いよいよ現実味を帯びてきたという気がしています。
瀧口 半導体がご専門の黒田先生、いかがでしょうか。
黒田忠広(東京大学特別教授) まず半導体がどうして水を大量に必要とするかを説明します。半導体は基本的にコピー機と洗濯機を使って作られると考えてください。コピー機で設計図を複写して加工した後のくずを洗濯して水で流す必要があるのですが、一度ではなくて何度も洗浄を繰り返さなければいけません。一方、超純水がどれだけ純度が高いかというと、東京ドームにいっぱい水をためたとして、そこに不純物が1ミリグラム混じっている状況が超純水です。
昔から「水の国」と呼ばれているように、熊本は地下に「地下水盆」という地層ができていて、たくさんの雨水が地下水として蓄えられています。この豊富な水資源を求めて半導体工場がやって来たのですが、地元住民からすると、地下水が減ってしまうのではないか、あるいは排水による汚染などで生活に影響が出るのではと心配なんですね。当然、工場では水の再利用も進めていて、すでに90%水をリサイクルしているようです。
一方で、半導体を使うと地球上の水が節約できるという話もあります。地球上で人間が飲める水、淡水の60%は農業に使われています。特にアメリカのような大規模な農場はスプリンクラーでビュンビュンまき散らしています。もし半導体を搭載したIoTデバイスを農場のいろいろなところに設置してそこから得たデータを解析すれば、必要な時に、必要な場所に、必要なだけ水を的確に運ぶことができるようになります。カリフォルニアの実証実験では、なんと従来の半分も節約できたという結果が出ました。
「半導体は大量の水を使って作られるかもしれないが、半導体を使うともっと多くの水を節約できる」という点にも注目したいと思います。
江崎 その話に反論して言えば(笑)、科学者がやるべきことは、水で洗浄するのとは別の方法で製造できないかを考えることじゃないかと思います。他の方法は絶対にあります。
似たような話をすると、AIは電気と水を大量に消費するので「ろくなやつじゃない」と言われています。ですが今、新しい技術によって水はほとんどいらなくなる可能性が出てきました。熱力学や超電導などの分野が結合すると、どうやら実現しそうだということが分かってきたのです。やはり科学は捨てたもんじゃない、ということですね。
(次回に続く)
文/橋口いずみ 写真/鈴木愛子
瀧口友里奈編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)
