人工知能(AI)をはじめ、技術が急速に発展する現在。「AIに職を奪われそう」「子どもが大きくなったら世界はどうなっているのだろう」などと、未来に不安を覚えることはありませんか。そんな不安を吹き飛ばす書籍『東大教授の超未来予測』(瀧口友里奈編著)から、AI時代に日本企業が学ぶべき急成長企業のヒミツについて抜粋してご紹介します。語り手は東京大学副学長の染谷隆夫氏、東京大学大学院工学系研究科教授の松尾豊氏、東京大学大学院理学系研究科教授の濡木理氏の3人です。経済キャスターの瀧口友里奈氏と東京大学大学院工学系研究科特任准教授でティアフォー代表取締役CEO(最高経営責任者)の加藤真平氏が聞き手でお届けします。
ビッグテックが最大限に発揮しているもの
瀧口友里奈氏(経済キャスター。以下、瀧口) 松尾先生には『 東大教授が語り合う10の未来予測 』(大和書房)で「r(利率)を高めるよりもt(時間)を早く回すべき」というお話をいただいて、すごく反響があったんですよ。「tを高める」というのはPDCAをどんどん回そうという話だと思いますが、そのご説明を今一度していただけますか。
松尾豊氏(東京大学大学院工学系研究科教授。以下、松尾) これは複利の効果です。複利の計算式に「a ×(1+r)のt乗」というものがあります。「a」は元本に相当して、「r」が利率、「t」が何年という運用期間を表しています。今までは利率のrを大きくする、要するに、良い金融商品を買うとか、利益をできるだけ上げて投資に回していました。それが今の時代に起こっているのは、tを大きくする現象ではないかと思います。
tは時間を表すので、普通は大きくできないんですね。そのためにどうするかというと、デジタル化してAIを使い、いろんな形でPDCAを早く回していく。そうすると、結果的に成長が加速されて、指数曲線がぐぐっと立ち上がって大きな成長になるんです。今のスタートアップや海外のビッグテックもそうですし、急激に成長しているところは企業活動を全部ハイサイクルにすることによって複利効果を最大限に発揮しているんだと思います。
そうすると、rを大きくする型の人や組織と、tを大きくする型の人や組織はだいぶ性質が違っています。tを大きくするには、とにかく試行錯誤をしてみて、良かったら踏み込むし、悪かったらやめるということをどんどんやっていきます。rを大きくしようとすると、失敗しちゃダメなので、問題を起こさないように慎重に行動するようになるんですね。
瀧口 たとえば、これまでの自動車は1回良いものをつくって、rを高めた状態で発売して終わりでした。テスラはソフトウエアが内蔵されているので、そこをアップデートしていくことで、tが高まっていることになるのでしょうか。
松尾 そうですね。テスラはガチャンとモジュールをはめ込んでハードウエアをつくって、とにかく売り出して、販売後にソフトウエアを修正していくアプローチです。そうするとスピードが速くて指数的に立ち上がってくる。たぶん中国のBYD(比亜迪汽車工業)もそういう感じだと思うんです。
東京大学大学院 工学系研究科 教授
[研究分野]人工知能
複利効果がもたらす格差
松尾 染谷先生も典型的にハイサイクルで、すごく試行錯誤をされている方だと思います。そうすると、だんだん良いやり方も分かってくるし、次の大きなことができるようになってくる。問題はこの知識が染谷先生にしかたまらないことです。
自分がいろんなトライアルをして、意思決定をして、うまくいくもの、いかないものがあって、そこから学ぶ。それで、ある種の世界モデルを更新して、次のアクションにつなげていくサイクルを回していきます。その中で、周囲にどう働きかけたらいいか、何が起こるかということがその個人にだけたまっていくんです。
瀧口 主にトップの方にたまるんですね。
松尾 トップだからというよりも、それを主体的にやっているから知識がたまるんです。そうすると、周りとの差が広がっていくわけです。
今、経営者の後継者問題がよく議論されますが、なかなか引き継げない問題の大きな要因の1つは、そういうことをやり続けてきた経営者は、自分の中で世界モデルができあがっていて、どんどんそのレベルが上がっている。そうなると周りの人たちとの差が非常に大きいので、その経営者がやっていることを表面上は引き継げても、どのように考えてそこに至ったのかというところまでは引き継げない。それで、意思決定を任すにはその後継者では物足りない、ということになってくるんだと思います。
瀧口 なるほど。
松尾 そうすると今、大企業の社長には、事業部長よりも子会社、孫会社の社長として成功した人が昇進したほうがいいという話も、たぶん同じような理由だと思うんです。個人にたまってしまう知識なり世界モデルなりをどうやって組織としてためることができるのか。それがハイサイクル時代の組織において大事じゃないかと最近では思っています。
瀧口 染谷先生はハイサイクルを意識していらっしゃるのでしょうか。
染谷隆夫氏(東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学執行役・副学長。以下、染谷) やってみないと分からないので、とりあえずやってみようというのが私のスタンスです。だから、非常に綿密に計画を立てて、納得してから始めるよりも、やるかやらないかだけを決めて、あとは走りながら修正していく感じです。
東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学執行役・副学長
[研究分野]半導体デバイス工学、有機エレクトロニクス
瀧口 加藤先生、スタートアップはまさに走りながらだと思います。ハイサイクル型組織については、どうなんでしょうか。
加藤真平氏(東京大学大学院工学系研究科特任准教授。以下、加藤) 残念ながらトレードオフがあって、何かを良くするとほかが絶対に下がるんです。tを高めようとすると、aとrが変わらなければ、本当は複利が大きくなるけれど、不思議なことに、組織の中で逆に差が開いたりする。いろいろな人間関係があるので、トップはいいけれど、下の人の理解が追いつかないというように。
松尾 加藤先生のおっしゃる通り、tを大きくするために、組織の側もそれに合わせて、ロバスト(丈夫)にしないといけない。どんどん方向が変わるかもしれないし。たとえば、人事制度もすごく重要です。インセンティブの設計として、たくさんやった中から1個でも当たればいいという最大値方式の評価をすると、構成員はとりあえず何かトライしようとするはずです。だけど、物事をかっちり固めないといけない部署でそれをやってしまうと、たぶん崩壊しやすくなる。そこのつくり方やバランスもすごく大事なんだと思います。
AIを社長にしたらすべてうまくいくのか
濡木理氏(東京大学大学院理学系研究科教授。以下、濡木) それこそ社長がそういう経験を積みながら、そのトライアルを全部AIに学習させて、AIが社長になればいいのでは?
東京大学大学院 理学系研究科 教授
[研究分野]構造生物化学、生物物理学
松尾 そうそう、そうなんですよ。人事とか組織のプロフェッショナルは今なかなか横展開ができなくて、経験値もあまり共有されていないんです。AIが本当にそこをカバーできるようになると、一大産業になると思いますね。
加藤 意外とAIのほうが人間よりもいいかもしれないですよね。さっき僕が言いたかったのは、トレードオフなので、tを早めようとするじゃないですか。つまり松尾先生とか染谷先生がアグレッシブにいろんな案を出せば出すほど、ブーブー言う奴がいるわけです。そうするとtは大きくなってもaとrが異常に低くなって、結果として進まないという話になります。「その案を出したのはAIです」と言ったほうが、ブーブー言われなくて、みんなも「ああ、そうなんだ」となる。
染谷 rがマイナスだとどんどん下がっちゃうことは問題ですが、1を超えてさえいれば、どんどんサイクルを早くしたほうが必ず勝つ。これはかなり重要なことだと思います。
瀧口 rがゼロやマイナスでさえなければいい。
染谷 そうです。だから、それがどんなに些細(ささい)なことであっても、早く改良していけば、上振れする。そういうことをもって「イノベーション」と言っているんだと思います。
加藤 東大総長が入学式でそれを説明したほうがいいんじゃないですか(笑)。
瀧口 これは、学生さんにも当てはまることですよね。ここから新しく何か始めようというときに、何からやったらいいか分からないし、自分にはそんなにすごいことできない、と悩んだりすると思いますが、そういう学生さんには、何でもいいからちょっとでもプラスがあれば、早くどんどんやってみてほしい。そうすることに価値があるということですね。
染谷 本当にそう思いますね。だから躊躇(ちゅうちょ)するな、と。
瀧口 先ほどAIが社長として人間に代わる話がありましたが、今の段階ではAIがサポートできるのはどのようなことですか。トップの方にずっと知見がたまり続ける背景には、ほかの方とコミュニケーションをとってシェアする時間的余裕がないこともあると思うんです。そういうところはAIの力でサポートできるのではないかと。
松尾 そうですね。トップがそういったPDCAを回しながらだんだん理解していくこと自体はたぶん難しいことなので、今のAIではちょっと難しい気がします。だけどコミュニケーションを支援するところでは何かできそうですね。最近コミュニケーション支援系のプロトタイプ(試作品)を学生とつくってみたら、すごくいい感じでした。
瀧口 それはどうやって支援するんですか。
松尾 会話が弾むようにするんです。
瀧口 モデレーター(進行役)みたいな感じですか。
松尾 まさにそうです。
瀧口 人間のモデレーターが必要なくなるかもしれない(笑)。
松尾 瀧口さん、失業のピンチですね(笑)。
瀧口 ちょっと、頑張らなきゃですね(笑)。
(第7回に続く)
瀧口友里奈編著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)


